一話
じいさんに連れられて、俺とレアはサイバール山脈へとやってきた。山の中腹までは森林が生い茂っているが、山頂にいくに従って岩石が露骨に増えていく。大きめの魔獣が大き生息するため、木の数がどうしても減ってしまうらしい。
ということをじいさんに聞いたのだが、本当にどうでもいい。修行するなら早くしてくれ。山に登るということしか教えてくれなかった。
日が高く、天気がいい。なにもしていなくても汗が出てくる。正直曇りの日にして欲しかった。
「それじゃあ、このまま山頂に向かうぞ」
「山頂にって、強い魔獣が多いんじゃねーのかよ」
「だから行くんだろうが。まあ魔獣と戦うのがメインではないがな」
額の汗を拭いながら山道を進む。俺もレアも荷物が多く、身体の横幅の三倍はあるリュックを背負っている。俺はまだしも、レアはかなりキツそうだ。このリュックもじいさんが用意したので、中になにが入っているかはわからない。
山林の中を歩いていく。レアの速度が落ちたらそれに合わせ、少しずつ山を上っていった。
「で、じいさんは俺たちになにを教えてくれるんだよ」
「ワシが教えることはそこまで多くない。教えたところでお前が強くなるわけではないからな。ただ、お前には才能がある」
「そんなこと今まで言わなかったじゃねーか。それに、才能があれば式守にだってなれるだろ。でもヴェルは俺を式守にしなかった。それが、現実だろ」
「才能と強さは直結しない。直結させるために、その才能を使いこなすための修練が必要になる。お前はその修練をする」
「俺の才能ってなんなんだ?」
「そうだな……お前は今まで、魔導書をいくつも持つ魔操師を知ってるか?」
「魔女は一人で何冊も扱うだろ」
「魔女を抜かして、だ」
「今までは、ないな。それがなにか関係があるのか?」
「ツーヴェル様はなにも教えてくれなかったか。まあいい、大いに関係あるぞ。普通ならば、いくつもの魔導書を持つことなどできないからだ。魔導書との契約というのは魂の共有だ。魔導書が滅びた場合、契約者が死亡するのはそのためだ。しかし魔導書には魂がない。だから契約者が死んだところで、魔導書が滅びることはない」
「つまり俺は普通とは違うのか」
「ツーヴェル様からなにか言われなかったのか?」
「魔導書は魂との契約。複数の魔導書と契約すれば、その分契約が分割されるから、魔導書が破壊されても死ぬことはない。ってくらいだな」
「うん、正しいな。その複数契約自体が難しいんだがな。魔女が複数契約できるのは高い魔力があるからできること。魔力が高い故、魔力を使って魂を分割することが無意識でできる。だが、普通の魔操師はそれができない。稀にいるが、それでも三冊程度が限界だ。三冊でも才能があると言えるほど、複数契約は難しいことだ」
「でも俺はできる」
「それが才能だ。いくつまで契約できるかはわからないがな。そしてその才能が、お前の成長を止めてしまった」
「意味がわからない。才能があるのになんで成長が止まるんだよ」
「今言った通り、普通の魔操師は基本的に一冊しかもたない。だからこそ、その一冊を使い続け、使い込む。だからこそ魔操師としてどんどんと力をつける。しかしお前はたくさんの魔導書と契約し、それらを満遍なく使おうとしている。そうすると、使う魔力も分散される上に、一冊一冊に対しての使い込みも足りなくなる。今回、お前はその使い込みという部分をカバーするような修行をしてもらう」
「契約数を減らせってことではないんだな?」
「それは自由だ。これから新しく契約することもあるだろうしな。だが、たくさんの魔導書と契約すればするほどに負担が大きくなるのは言うまでもない」
「ほどほどにしとけって言われてるような気がする」
「察しが良いな。そういうことだ。もしも魔操師として強くなりたいというのであれば、今持っている魔導書を大切に扱え」
「ちなみにじいさんは何冊持ってるんだ?」
「一冊だ。それで充分だからだ」
「出さないのか?」
「基本的にはな。必要な時以外は出さないようにしている。魔導書の状態であっても、魔導書からの力は供給されるからな」
「それだ。魔導書から魔力の供給。もしも今持っている魔導書全てから魔力の供給があれば、俺はもっと強くなれる」
「確かにそうだが、やりすぎには気を付けた方がいい。お前は確かに、魔導書から力を引き出すことに成功した。だがな、お前の身体が耐えられなくなる可能性が高い。例えば強靭な筋肉を持っていても、身体がそれに耐えきれなければ骨折もするし、筋も痛めるのだ」
「なんとなく想像はできる。じゃあそうだな、この修業で魔導書を第二段階まで強化することは可能か?」
「それはお前次第だ。魔導書の魔導書としての能力も、魔操師としての能力も、結局は契約者であるお前の成長が重要なんだ。そのために任された。しっかりやってくれよ?」
「言われるまでもない。俺がやるんだ。ヘリオードを倒すのは、俺だ」
歩きながら喋り続けたせいか、さすがに俺も息が上がってきた。
「もう辛いか? 若いのぅ」
「まだ、だ。くそっ、なんでじいさんはそんなに元気なんだよ」
「魔導書から魔力を供給しているからだな」
「卑怯だぞ」
「じゃあお前もやってみたらいいだろう? できるとは思えないが」
そう言われると窮してしまう。瞬間的に強力な力を発揮できても、持続的に少しの力を扱うことはできない。それがどれだけ難しいか、やったことがあるヤツじゃないとわからないだろう。
実際、あのドラゴンを倒した後で何度か試した。でも、できなかった。最初にじいさんが俺を助けた時のような、持続的な力の供給ができないのだ。
「絶対見返してやる……」
「そういう根性が大事なんだ。そら行くぞ」
歩く速度を緩めないじいさん。かたやレアは少しずつ離れていく。もうすでに目測十米は離れてしまっただろう。
「おい、大丈夫か」
足を止めて声を掛けた。
「だ、大丈夫です」
疲れた顔、目蓋は下がり、口は開きっぱなしだ。声も小さいし肩で息をしている。魔力は高いが体力はない。生まれて間もないからそれも仕方ないのかもしれないが。
「急がなくていいぞ」
「そういうわけにも、いきません」
そう言いながら横に並んだレア。身体は前傾姿勢。いつ立ち止まってもおかしくない。それでも前に進もうとする姿を見ると、俺も立ち止まってはいられない。
じいさんの後を追って、俺とレアは足を動かし続けた。




