二十三話〈リターン:ロウファン〉
なんとか間に合ったみたいだな。
それにしても、魔導書に似た魔力を持ちながらも背格好は魔導書のそれとは違う。あの女は何者なんだ。
「レアとファスはシスターズの方を頼む」
「わ、わかりました!」
そう、それでいい。今いろいろと説明してる時間はないからな。
「メーメ! ルル!」
俺がそう呼べば、シスターズの方向から光の球が飛んできた。それは俺の目の前で止まり、人の形になっていく。
「遅いわ、従者のクセに」
「お前の従者じゃねーよ。それよりあれはどういうことだ。お前ら幼女とは違うみたいだが」
「魔導書は主人の力量によって姿を変える。というか変えられる、というのが正解ね。アナタはまだ魔操師としては貧弱だから、私たちは幼女の姿しかとれないのよ」
「なんか嫌味も混じってるが、つまるところアレはお前らより強いってことか」
「私たち四人が束になっても無理でしょうね。それくらいの格差がある。まあ、向こうには主人がいないようだからなんとかなるかもしれないけど」
「根拠は」
「彼女はシュクレリーナ。闇属性という部分は私と同じだけれど、彼女は戦闘よりも、見えないところで呪文を唱えている方が性に合っている呪術型。直接戦闘なら、なんとかなるかもしれない。それでも強いことには変わりないけど」
「んじゃやってみるか。というか、やるしかないんだがな」
「それじゃあさっさと指示を出しなさい。自分を主人と言い張るならね」
「口が減らない幼女だな」
剣を抜き、戦闘体勢に入った。
リーナは棒立ちのままだが、ここからでもわかるほどに隙きがない。やると言ってはみたものの、どう攻めたらいいのかが見えてこなかった。
「攻撃、してこないの?」
リーナが妖艶に微笑んだ。
「あの呪術を止めたいんでしょう? あれを止めるためには、私を止めないといけないわよ?」
「お前があれを拡大させてるわけじゃないんだろ?」
ふと、あることに思考がいきついた。
コイツが魔導書であるのであれば、コイツを操っている者がいるはずだ。
「私がやってるわけじゃないわ。私の主人がやってるの」
「お前の主人って誰だよ」
「言わなくてもわかっているんじゃないのかしら? 私の主人は、死罪の魔女、スリエルよ」
「馬鹿言うなよ、スリエルはもう死んでるはずだ」
「死んだ、というのは肉体のことを言ってるの? それならまあ、死んでるわね。正確には一度死んだ、という方が正しいけれどね」
「無駄話をしている時間があるのか、シャルフ」
男性の声がした。
リーナの影から湧いて出てきたそれは、俺が知っている人物だった。
ため息が漏れた。俺が知っているアイツはもういないのだと、現実を突きつけられてしまったからだ。
聖十字騎士団を率いていた司教、ヴォルフだったからだ。
「あら、スリエル様。こんなところまでいらっしゃらなくてもよかったのに」
「お前がいつまでも遊んでるからだろう」
ヴォルフが俺を見た。冷たく、今にも殺されるかと思うほどに強烈な眼光だった。
「スリエル……? どういうことなんだ。お前はヴォルフだろ」
「ヴォルフだった、だ。私はな、自分の肉体が消滅することを想定していたのだよ。だからこそ私はあの町に自分の魔力に意思を乗せて置いてきた。魔女スリエルの残滓、と言ったところか。その残滓のせいで死霊の町と化してしまったが、それを浄化しようなどという男が現れた。馬鹿な男だよ。私の呪術が私自身だと気付かぬまま身体に取り込み続けたわけだからな。そのおかげで、身体を乗っ取ることに成功した」
「じゃあ本当に魔女スリエルなのか……」
ヴェルでさえ「魔女四人が束になっても敵わない」と言ったスリエルが、再びこの地に現れてしまった。それはきっと、この世界の終わりを意味しているのだ。スリエルが作り出した呪術で蹂躙され、人々は根絶やしにされてしまう。賢ければ賢いほど、それがどれほど現実味を帯びているのかがわかるだろう。
それほどまでに、魔女スリエルとは強烈な厄災なのだ。魔女でも、人でも、魔操師でもない。スリエルとは、今となってはただの災害に等しい。
「ん? 貴様……そうか、そういうことなのか」
「なにがそういうことなんだよ。俺がどうかしたのか」
「いや、混じっているなと、そう思ったんだ。それならば早々に殺さねばならないだろう」
スリエルが俺に手のひらを向けた。
「死ね、忌まわしき末裔よ」
この魔力、間違いない。列車を襲った攻撃と一緒だ。
傷が疼く。こんな時に傷が開くなんて、あまりにも運が悪すぎる。
放たれる黒い魔導術。単純な魔力を塊にして放っただけ。普通の魔導師であるのならそこまでの威力はない。しかし魔女となれば話は別だ。
「こんなところで、死ぬわけにはいかないんだよ!」
俺はまだヘリオードを殺していない。そうだ、俺が魔操師になったのは人助けのためでも、野心のためでも、強くなるためでもない。俺は自分の復讐を果たすために魔操師になったのだ。それを果たさず、命が果てるなどあってなるものか。
「よく言ったぞ少年!」
俺の目の前に誰かが割り込んできた。シルエットは女性のもの、しかし声に聞き覚えはない。
そんなことを考えているうちに魔導弾が女性にぶつかる。が、女性はその魔導弾を一瞬でかきけした。
爆発音に似た大きな音、巻き起こる砂煙、吹き荒れる風。
「タイミングがいいな、魔女か」
俺の目の前に立つ女性が腕を振るうと、土煙がどこかに消え去ってしまった。
「南の魔女、オクトリア=マインランド! ツーヴェルの呼びかけに応えて参上した!」
南の魔女か。一応ヴェルから聞いてはいたが、こんなにアツい性格だったのか。
「まあ、その程度ならばこれからいくらでも殺す機会はあるだろう。今日のところは引き上げだ」
そう言ったスリエルだったが、いきなり膝を付いて苦しみ始めた。
「今だ……!」
「やめておきな。今寄ったら、間違いなく殺される」
オクトリアが周囲を見渡していた。その視線を追って俺も周囲を見渡してみる。町の奥の方、森の中、列車の陰。三人の「誰か」がこちらを見ていた。
スリエルはなおも苦しんでいる。すると、バキバキと骨が砕けるような音をさせながら、身体が変形し始める。
「なにが起きてるんだ……」
「魂が完全に身体を乗っ取ったんだ。自身の平常化、最適化だ」
黒い魔力がスリエルを包み込み、その魔力がスリエルの身体に溶けていく。そこにはもう、ヴォルフという男の影はなかった。
スリエルが立ち上がる。服は弾け飛び全裸だ。身長は縮み、身体の凹凸がはっきりとしていた。完全に女性の身体になっていた。
「私もまだ本調子じゃないからな、ここは退かせてもらうか」
「逃げるなんて、死罪の魔女らしくないな」
「お前らも、私が逃げた方が好都合だろ? なにせそこのひよっこが足を引っ張るからな」
「にべもないな」
「そう言うな。これでも愛想よくしているつもりだぞ? それではな、現代の魔女よ。行くぞ、お前ら」
スリエルの合図によって、俺たちを監視していた三人が飛び出してきた。
女性が一人、男性が二人。スリエルの前に姿を現したそれらは、彼女の従者と言ったところだろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「ヘリ、オード……!」
全身包帯まみれで、包帯の上から甲冑を着ているヘリオードがいた。魔剣グラムを背中に背負っているその姿は、俺が追い求めたそれ以外のなにものでもない。
「あの呪術、止められるかどうかが見ものだな」
スリエルが背中を向けると、従者の面々も背を向けた。足から徐々に地面に沈んでいく。
「待て!」
ヘリオードに向かって手を伸ばした。が、オクトリアによって手を掴まれてしまった。
「やめなよ。今のお前じゃあ戦闘にもならない」
「離せ! 俺はアイツを追ってきたんだ! 俺のすべてだ! ここで殺さなきゃ、俺が生きてきた意味がなくなるんだよ!」
「それで死んでも意味がないだろ! 今生き残って、次のチャンスを作るのも大事なんじゃないのか!」
ヤツらの身体が完全に消えた。同時に、俺の身体からも力が抜けていた。
「クソっ……!」
「お前のことはツーヴェルから聞いてるよ。だから、任されたんだ。無謀にも向かって行こうとするだろうから、その時は止めてくれって」
「ヴェルは俺のことを話したのか」
「ああ、だから私が来たんだ。他の魔女たちは呪術を止めるために奮闘してる。魔女の中じゃ、呪術に対して私が一番役立たずだから命を受けたって感じかな」
「……ヴェルのところに、連れていってくれ」
「もとよりそのつもりだよ」
そして、俺たちはもといた町まで戻ることになった。
変える途中で騎士の女を一人回収、オクトリアはその女を肩に担いだまま走っていた。




