二十二話
汗を拭った頃、周囲に騎士がいないと初めて気付きました。まだまだいたと思ったのですが、ミレーユの腕も相当なものなのでしょう。おそらくは私の二倍以上は倒したのでしょう。
「協力に感謝する」
「いいえ、こちらこそ。アナタがおかしくなっていなくて幸いです」
差し出された手を握り、固く握手を交わしました。
「っと、こっちも終わったぞ。民間人は列車の中に押し込んでおいた」
「ありがとうございます、ファス。えっと、こちらはミレーユさんです」
「ワシはファス、よろしくな」
「ああ、よろしく頼む。ファスも強いのだな」
「これでも一応魔導書だからな、当然だ」
「魔導書……? ということはレアは魔操師なのか」
驚いた様子のミレーユさん。魔操師とは珍しいものなのでしょう。
「そういうことになりますね。それでミレーユさん、この状況のことは説明してもらえるんですよね?」
「ああ、それなんだが、私にも確実なことはわかっていない。だが一つ、ウィロウから言われていたことがある。ウィロウというのは同僚なのだが、そろそろヴォルフ様も限界だと言われていた。あー、ヴォルフ様というのは聖十字騎士団の生みの親なのだが……いろいろと話すのが面倒くさくなってきたな」
気品と矜持に溢れた人かと思いましたが、根は相当面倒くさがりなのでしょう。清楚なのは見た目だけ、ということでしょうか。
「そのヴォルフ様が限界とはどういう意味なのでしょうか」
「ヴォルフ様はな、この近くにある呪詛を浄化しようとしていたんだ。史上最悪の魔女スリエルの置き土産だ。だが、その浄化に失敗した。浄化できず、身体が限界を迎えたということだ」
「もしかしてあの黒い物体は……」
「魔女スリエルの呪詛だ。ウィロウが策を練っているだろうが、魔女クラスであってもあれを止めることはできないと言われている」
「でも魔女が作り上げたものなのでしょう? 同じ魔女であればなんとかなるのでは?」
「お前、魔女スリエルを知らないのか? 当時、魔女三人でも完全に抑え込めなかった魔女だぞ? たくさんの犠牲が出て、ようやくスリエルを殺すことができたんだ。今の魔女では、四人でかかってもスリエルを倒せないだろう。まあ今回の対象はスリエルの呪詛のみだから、四人の魔女が揃えばなんとかなる、かもしれない」
ミレーユさんはあまりいい顔をしていませんでした。本人もどうしたものかと考えているのでしょう。
「ミレーユさんはこれからどうするおつもりですか? あの物体についての情報があまりにも少ないような気もしますが」
「ウィロウと合流する必要があるな。どこにいるかまではわからないのが問題だが。とりあえず近くの町にいってみるか」
「えっと、この町はどうなってるんでしょうか。私たちはまだ駅から出てすらいないんですよ?」
「この町はもうダメだ。私が助太刀に遅れたのも、町を見てきたからだ。町は全滅、皆屍人だ。しかし町が屍人で溢れているのは、スリエルの呪詛のせいじゃない。別の人間が手引きしているとしか思えないが」
「鋭い嬢ちゃんだ」
女の人の声が聞こえました。
眼の前で風が巻き怒り、粉塵が寄り集まって人の形になっていきます。徐々に顔の形がわかるようになって、洋服まで完全に再現されました。それはロングスカートのドレスのようです。
非常に美しい顔立ちですが、左目が黒い眼帯で覆われています。黒く長い髪の毛は、毛先にいくに従って緩やかなウェーブがかかっています。スタイルも非常に素晴らしい。身体の凹凸を強調するドレスがそれを際立たせていました。
「何者!」
ミレーユさんが剣の切っ先を女性に向けます。
「リーナ、とだけ言っておこうかしら。私の可愛い奴隷たちがどんどんいなくなるから、なにが起きているのかと見に来たのだけれど、まだ生き残りがいたとは驚きだわ」
「可愛い奴隷……? この屍人たちのことか」
「そういうこと。騎士のほとんどは先に殺しておいたし、町民も殺しておいたのだけれど、殺さないことには奴隷にはできないものね」
チラリと列車の方を見た。
「あの人たちには手を出させません!」
短剣を構え、一歩前に出ました。これ以上被害を拡大させるわけにもいきません。
「なにか、勘違いをしているようね」
ふふっと、シャルフが笑いました。
「貴女たちが無事だったのは、一般人よりも魔力が高いからよ。この呪術は広範囲に展開できるけど、魔力が高い人には通じないから。つまり、あの列車内の人間はもう人間ではないわ」
列車の中には私の姉妹がいる。それに気がつくと、血の気が引くようでした。
しかし、それが杞憂なのだと理解するのに時間はかかりませんでした。
列車内から強烈な魔力を感じたかと思えば、列車が爆発したのです。そしてそれを誰がやったのか、考えるまでもありません。
「どういうことなの? 私の呪術に耐える人間があんなにいるなんて……」
列車の残骸から、姉妹たちが姿を現しました。
私たちはエメローラのクローン体。個人差は多少ありますが、エメローラが本来持っていた高い魔力は引き継がれています。私が心配することなど、最初からなかったのです。
彼女たちは戦える。彼女たちは、この状況下でも生き残れる。
「イレギュラー、と言ったところかしら。思った以上に面倒な人間が紛れ込んでいるようね。人間、いや、人間とはまた違う。ホムンクルス、クローン、いずれにせよ普通の人間ではないようね」
リーナがぶつぶつとつぶやいていました。
好機とみなしたのか、ミレーユさんが姿を消しました。いえ、一瞬でリーナに駆けていったのです。
それを見た残っていた騎士二人も、リーナの背後から剣を振るいます。
しかし、リーナが腕を薙ぐと、騎士二人は胴体を真っ二つにされてしまいました。一瞬の出来事すぎて、なにが起きているのかさえもわかりませんでした。
「このっ……! お喋りな口を塞いでやる!」
同胞を殺された怒りがこちらにも伝わってくるようでした。
「あらっぽいのね」
閃光のような素早い突き。ですが、リーナは右手でそれを捕まえてしまいました。
彼女はおそらく、普通の人間ではないのでしょう。この感じ、見た目は女性ですが魔導書の物と酷似しているように思えます。
「まずいぞレア」
と、ファスが言いました。
「なにがまずいのですか? 確かに強力な魔力は感じますが」
「あれはシュクレリーナ、魔導書の一つだ」
「でも見た目が、なんというか大人なのですが……」
「魔導書にはいろいろとあるんだ。後で説明してやるが、その前に生きて帰してもらえるかが危うい。あの形態になった魔導書は、私では勝ち目がないのだ」
ミレーユさんの攻撃を簡単にいなし、ついにはミレーユさんの身体を蹴り飛ばしてしまいました。水平に飛んでいく彼女の身体は、森の中へと吸い込まれてしまいました。
「さて、あとは嬢ちゃんと、ルノレアンファスだけね。他の子たちは私の敵じゃない」
気がつけば、私は後退していました。リーナが歩み寄る度に、ジリジリと、後退させられているのです。
少しずつ、けれど確実に大きくなる魔力。あの形態とファスは言いました。他の魔導書からは感じたことがない大きな魔力に、私は為す術がありません。
「ロウ……」
そうつぶやいた瞬間、私の前に影が落ちました。
「呼んだか」
トスっと、軽い足音で着地した男の子が一人。待ち焦がれていた男性、ロウファンがそこに現れたのです。




