二十話〈クロスオーバー:レア〉
ドーム状の黒い物体が出現しました。距離はまだわからないけれど、きっと、そこまで遠くはないのでしょう。
騎士の方々が口々に「極大呪詛」と言っていました。同時に「すぐにここまで来る」とも。つまりあの黒い物体は成長しているということでしょう。
いつになるかははわかりませんが、私たちがあれに飲み込まれるのも時間の問題だとわかります。
それでもなお、騎士の方々は入り口を封鎖しています。駅から出ようとする人たちがいれば捕まえ、ロープで縛り上げるというような行為も見受けられました。
私にはそれがよくわかりませんでした。
黒い物体が忌むべき物であるならば、民間の人々をいち早く逃がすべきではないのでしょうか。それともなにか別の考えがあるのか。
姉妹たちも不安そうな顔をしていて、姉たちが妹たちをなだめるようにしています。姉が妹の前でどれだけ平静を保っていられるのか。これも時間の問題かと思いました。
列車の中でイスに座り「ふう」とため息をついてしまいました。
「あまり深く考えるな」
と、ファスが呟きました。呟きではありませんね、私に対しての、明確な言葉なのですから。
「気のせいですよ」
「気のせいではないだろう? ヌシはこの状況を不安がっている。同時に、どうしたらいいのかと考えあぐねいているようだ」
「私が一人で考えたところでどうにかなるような状況だとは思えませんけれど」
「それでも考えてしまうのがヌシだ。良いところであり、悪いところでもある。余計なことに思考を割くといざという時に思考が鈍る」
「そう言われましても……」
「いいか、ここからはどうやっても抜け出せない。無理をすれば逃げることもできようが、姉妹全員でとなると難しい。となればここで休んでいるしかできないだろう? どうにもならないのであれば一旦考えることをやめた方がいい」
「でもこのままだとあの黒い物体に飲まれてしまうんですよ?」
「そうだが、なにか?」
「なにかって、あれがどんなものかもわからないのに悠長になんてしていられません」
「だからといってなにかができるわけでもない。そのなにかができるようになる時まで、頭と身体を休めておけと言っているんだ。反論は代替案を提出してからしてくれよ。より効率的に生きた方が良い。ワシと違って、お前たちの命には限りがあるんだからな」
代替案などあるはずがありません。そんなものがあればすでに実行しているのですから。
「わかりました。今は言うことを聞くことにします。でも、あの物体が目の前まで迫ったら、私は騎士の方々を殺してでも逃げようと思っています」
「その時はワシも手伝う。ただし、民間人は助けられない。もとより助けようとなどと思ってはいないがね。例え今逃げられたとしても、ワシは民間人に手は貸さない」
「それで構いません。その時は、お願いします」
「わざわざ頭をさげんでもいい。あーもう、調子が狂うな」
「頭を乱暴に掻くのはやめてください。女の子らしくありませんよ」
「女の子なんていう年じゃない。ったく、勝負事ならば気は合うかもしれんが、徹底的に性格が合わん」
「性格が合わないというのは同調しますね。私もファスとはソリが合わないと思っていました」
「こういう時のヌシは強いな。嫌な言葉をズケズケと使って来る」
「強い女にならなければ、ロウの隣には立てませんからね」
「おっと、おヌシ、ヤツに惚れているのか?」
「そう、ですね。好きだと思います」
「ヌシは本当に、なんというか、実直だな。素直すぎて怖くなる」
「素直は美点になりませんか?」
「ロウにとっては美点になりうるかもしれんな。その素直さで猛アタックすればすぐ落ちる」
「お嫁さんになれますかね」
「うんなれるなれる」
「子供も五人くらい生んで」
「あーそうだな」
「死ぬまで手を繋いで歩く関係になりたいです」
「いいんじゃないか、うん」
「どんどんテキトーになってきますね」
「余計なことは考えるなとは言ったが、クソどうでもいい妄想をしろとは言ってないからな、ワシは」
「こうでもしないと気が紛れないんですよ……」
「ワシの気が疲れるわ。少し寝る、ヌシも寝ておけ」
「そう、ですね。少しだけ寝ましょうか」
ふと横を見れば、エルトナ姉さまがニコリと笑ってくれました。寝てもいいわよと、そ言われているような気がしました。
言葉は交わしていませんが、そんな気がしたのです。
目を閉じれば身体がふわりと軽くなったような感じがします。そんな浮遊感に誘われて、私の意識はスーッとどこかにいってしまいました。




