十六話〈リターン:ロウファン〉
目が覚めた。いくつもの気配が宿の外で密集していたからだ。殺気とも敵意とも違う、なにか、もっと別の意思を持っているような感じだった。
「う、ん……どうしたのですか、ロウ」
「もうなんなのよ。まだ暗いじゃない……」
俺が起き上がったことで二人を起こしてしまった。が、仕方ない。どうしてコイツらは寝ている間に俺を抱きしめたがるのか。寒い土地ならばいいが、これから暑い地方に行く可能性を考えるとなんとかしたいところだ。
ベッドから出て忍び足で窓の方へ。少し顔を出して下を見下ろした。
町の中はモヤがかかっていて、その中を住人が徘徊していた。腕をだらりと垂らし、背中は丸まっていた。ここからでは表情までは見えない。しかし、普通でないことは容易に想像できた。
「何事もなく終われ、と思っていた矢先にこれだ」
「なに、あれ」
「俺にもわからん。だが生気が感じられない。ここから見てこれだけ人がいるってことは、町の住民すべてが外に出ていると考えて間違いないだろう」
「どうなさいますか? 今出ていってもいいことはないとは思いますが」
「教会に乗り込むとか言い出さないでよね」
「言い出したらどうするつもりだ?」
「ぶん殴ってでも止めるわよ。騎士団っていうくらいだから人数も多い。たった三人でなんとかなるとも思えない」
「なによりもこの状況の分析が足りていません。でもロウはそこまでバカではありませんよ? アンはもっとロウのことを評価した方がいいと思います」
「べ、別に評価してないわけじゃないわよ……ただ、その、上手く……ないから……」
後半はごにょごにょ言っててよく聞き取れなかった。
「上手くない? なにが上手くないんだ?」
「だから、上手く……ない……」
「聞こえねーんだよ」
「上手くしゃべれないの! 言わせないでよ!」
大声を上げたと思ったら一人でベッドに飛び込んでいってしまった。
「あまりイジメないでくださいね。うちの子、繊細なんです」
「お前のガキじゃねーだろうに」
「子供でもあり妹でもあり」
「ナニモンなんだよお前は……」
と、こんな茶番をしている暇はない。
森の中に佇む町。聖十字騎士団。町を覆う濃霧。徘徊する住民。この中で最も関わりに遠く、逆にその全てに手を伸ばしている者。間違いなくヴォルフはなにかを知っている。
「教会に行けば情報は揃いそうなもんだが、外に出たらなにされるかわからんな」
カーテンを閉めてベッドへ向かおうとした時、ドアが四回ノックされた。
知らないヤツも多いが、ノックというのは四回が基本になる。それを丁寧に、この時間に行うということ。それはこの状況も意に介さないということでもあり、この状況を受け入れているということでもあった。
剣を手に取り、腰を屈めた。
「誰だ」
静まり返る部屋の中。数秒間の後、男の声が聞こえた。
「ウィロウだ」
夕食の時に出会ったあの男か。
「どうしてお前がここにいるんだ。ここに来た理由はなんだ」
「お前が起きたという連絡を受けて来た」
「監視されてたってわけか」
まったく気づかなかった、と言えば嘘になる。なんとなくだが視線を感じていた。
「気付いてなかったとは言わせないぞ」
「薄々は気付いてたぞ。ただそれとこれとは話が違う。なぜ俺を監視していたのかはいい。問題はなぜお前が来たのか、だ。まだその返答を聞いてない」
「この町の真実を話せと、ヴォルフから言われている」
「――いいぜ、入ってこい」
剣を握る手に力が入る。そして、ドアが開かれた。
「剣を納めろ。お前に危害を加えることはない」
「口でならなんとでも言える。それに、その二人を連れていることを言わなかったな」
「必要ないと思ったから言わなかった」
「その必要性を決めるのはお前なのかよ」
「そんなことを言ったら、お前だって黙っていただろう?」
「なにをだ」
「そこの二人が魔法少女であることを、だ」
「なんだ。バレてたのか」
「気付かないはずがない。俺もまた、魔操師だからな」
「やっぱり、お前が連れている二人も魔法少女だったのか」
「そういうことだ」
三人が部屋に入り、幼女の一人がドアを閉めた。シュリア、だったか。
「改めて紹介する。カレッティリアとシュリアロンドだ」
「自己紹介はいい。で、この町の真実ってなんだよ」
「そうだな。言ってしまえば、この町は元々魔女が住んでいた場所なんだ」
「魔女が住んでたからってなんなんだよ」
「その魔女の名はスリエル。死罪の魔女スリエルだ」
聞いたことがある。人間を使って様々な物を作り上げ、人々から恐れられた魔女の名前だ。そのせいで他の三人の魔女によって駆逐された黒歴史の一旦。故に、魔女たちから死罪を宣告された異質の魔女だ。
「スリエルが施した魔導術はあまりにも強力だった。その魔導術のせいで、ここの住人はこの場所に縛られている。住人は皆、数百年前にスリエルによって殺された犠牲者たちなんだ」
「そんな場所に騎士団を作ったのか? いや、騎士団も犠牲者なのか?」
「それは違う。ヴォルフは住人を開放するために騎士団を作った。ここでスリエルの魔導術を少しずつ解除しているんだ。ここに来た当初はな、住人たちはただの死霊でしかなかった。それも人を呪い殺す死霊だ。数年でここまでやってのけた。俺たちはそんなヴォルフを守るためにここにいる」
「今外に出たらどうなる?」
「どうにもならない。もう人を襲うようなことはしないだろう。ただ、魂そのものを浄化するにはまだ時間がかかる。俺がここに来たのはそれを伝えるためと、このことを黙秘するようにと言伝を頼まれた」
「この町のことを黙ってろってことだな」
「話が早くて助かる」
「まあ、その程度なら問題ない。黙ってればいいだけだろ? 雑談に取り入れるような話題でもないしな」
「そういうことで頼む。住人たちが襲ってくることはないから、もう一度寝て、朝起きてから出ていくと良い」
「ああ、そうさせてもらう」
「じゃあ、良い夢を」
言いたいことだけ言って出ていきやがった。カレットとシュリアと最後に目が合った。含みがある眼差しだった。なにかを呪っているような、殺気が篭っていた目だ。
「一難は去ったな。とりあえず寝るか」
「いいの? なんか含みがありそうだったけど」
「いい。ただ警戒だけは怠るな。なにがあるかわからんからな」
タルトを抱きかかえてベッドに放り投げた。
「もう、強引なんですから……」
「変な言い方するな。寝るぞ」
「はい、仰せのままに」
「さっさと寝るわよ。眠くて仕方ないんだから」
ベッドに入ると二人が抱きついてきた。だからなんで抱きつくんだよ。
ため息を一つついてから目を閉じた。
あの二人の魔法少女、欲しくないと言えば嘘になる。しかしアイツは悪人ではない。悪人だったらかっぱらってやるところだったんだがな。
スーッと眠気がやってきた。今は安心できる。そういう時は、抗うことをしないで眠るのが得策だ。休める時に休むのも戦士の勤め。まあ、戦士ではないのだが。




