十三話
デザートまで出してもらい、腹が膨れたところで立ち上がった。
「おや、どうしたんですか?」
「飯も食い終わったし、そろそろ帰ろうかなと思ってな」
「もう少しだけお喋りに付き合ってくださいよ。駄目ですか?」
「ダメではないが、特に話すこともないんだが」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「どうぞ」と言わんばかりに右手を胸のあたりまで上げた。もう一度座れということなんだろう。
仕方ないとため息をついてから腰を降ろした。
「で、なにか訊きたいことでもあるのか?」
「そうですね。貴方たちは旅人、なんですよね?」
「そうだが」
「旅の目的なんかはあるんですか?」
「目的……か」
正直に答えることはできない。ややこしい上に、なにがどうやって琴線に触れるかわからないからだ。伏せられる部分は伏せ、問題なさそうな部分だけを使ってなんとか話を作る。
「――そうだな、それを話すにはまず身の上話が必要になる」
「時間はたくさんあります。よろしければ、お願いできますか?」
「ああ、わかった。俺には両親がいない。正確には、ヘリオードに殺された。孤児となった俺を拾ったヤツがウエストレギオンの山奥に住んでるんだ。俺たちはノースレギオンから来たんだが、まあ簡単に言うとノースレギオンで修行をしていたわけだ。そこから帰るところ、というのが正しい」
「修行、ですか?」
「こう見えても魔導師なんでな。俺を拾ったヤツがそこそこ強い魔導師なんだ。それで修行してこいって言われたんだ。育ての親であり、師匠でもありって感じだな」
「なるほど。では娯楽という意味でも職業という意味でもないわけですね。それで、成果は得られましたか?」
「まあな。前よりはずっと魔導師らしくなったと思う」
「そこでちょっと疑問なのですが、貴方の師はなぜ貴方に修行を促したのですか?」
「なぜって、強くなるためにだろ」
「強くなる理由は? なにか、目的があるのでしょう?」
値踏みするような瞳が、俺の瞳を直視してきた。思考をかき乱すかのような眼光。このままいくとボロを出してしまうかもしれない。
「自分の身を守るためだ。言ったろ、俺の両親はヘリオードに殺されたんだ。今もどこかで彷徨っている勇者の亡霊にな」
「その亡霊に殺されないために強くなる、と」
「町や村をいくつも滅ぼしてるようなヤツだ、そう簡単には身を守ることはできないだろう。だが強くなれば数秒でやられるということはない。なによりも誰かを守れるからな」
ヴォルフは笑顔で「ふんふん」と頷いていた。
「貴方も貴方の師も優しいのですね」
「そういうわけじゃない。それに元々は自分の身を守るために力をつけたかっただけだ。とまあ、別段面白い話ってわけじゃない。これ以上話すこともないし、俺たちは帰らせてもらうぞ」
「ええ、ありがとうございました」
「こちらこそ。夕食、ありがとうな」
俺が立ち上がると、アンとタルトも立ち上がった。目配せしたわけではないが、俺の心境を察したのだろう。当然と言えば当然だ。こんな「ホラ」を吹いたのだ。極力情報を出したくない、という意思は汲み取ってもらえただろう。
「気が向いたらいつでもいらしてください。お話相手くらいにならなりますよ」
「ああ、そん時は頼むよ」
そう言ってから、二人を連れて部屋を出た。その時、一瞬だけウィロウと目が合った。鋭く冷たい、刃のような印象を受けた。
兵士に案内されて教会を出た。案内とは少し違う。他の部屋に入ってもらいたくないというのが本音だろう。
静まり返った町の中を歩く。人がいないわけではないが妙に物静かだった。
酒場や民家からは明かりが漏れている。けれど、音がまったくしないのだ。
部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。と、何故かタルトが覆いかぶさってきた。
「重いが」
「女の子にそれは酷いと思いますよ?」
「重いものは重いんだって」
タルトを横にどける。
「アンは上品に座ってるじゃねーか。つーかどっちかというとお前もあっち側だろ。こういうことするのはメーメだけで充分だ」
「メーメがいないからこうしてるんです」
「いつもはネコ被ってるって?」
「いえ、ロウが寂しいかな、と思いまして」
「寂しくないからやめてくれ」
天井を見上げた。今頃、メーメとルルはどうしてるだろうか。列車が動かなくても、あのまま線路を進んでいけばかなり距離が離れているはずだ。そろそろ俺との繋がりが切れてもおかしくない。まあ、魔操師としての技量が低いからなんだが。じいさんならもっと遠く離れていても魔導書と繋がっていられるはずだが、俺はじいさんよりも技量が低い。
魔導書は主人が近くにいればいるほどに強くなる。離れれば離れるほど魔力も弱くなり、繋がりが切れれば魔法少女状態も維持できなくなる。魔導書状態でも会話くらいならできるが、結局その程度のことしかできなくなってしまうのだ。
つまるところ、レアたちの護衛を任せることができなくなるのだ。
と、こんなことを考えている間にもタルトが俺の上に乗ってくる。毎回毎回柔らかいのが押し付けられることが非常に面倒だ。ぽいんぽいんとまるで別の生き物じゃないか。
「で、これからどうするの?」
アンが窓の外を見つめながら言う。
「どうするって、風呂に入って寝る。明日になったら出立する」
「疑問をこのままにしておいて?」
「教会、騎士団、この町。疑問はたくさんある。しかし火の粉が降り掛かったわけじゃないし、自分から厄介事を引き寄せる必要もない。俺は現状維持でいいと思っている」
「アンタがそれでいいならいいけどね」
「もちろん、騎士団が刃を向けてきたら抵抗するがな」
ベッドから降りてクローゼットへ。そこからタオルを取り出して出口へと向かう。
「どこへ行かれるんですか?」
「風呂だよ」
「それじゃあ私も行きます。アンは?」
「バラバラになるのもあれだし、私も行くわ」
二人がタオルを持ってついてきた。
風呂は男湯と女湯で分かれていた。普通はこうあるべきだ。混浴なんて普通はあるわけないんだしな。
風呂には誰一人いなかった。大きめの浴場を独り占めできる、というのはとてもいい。
風呂の天井が女湯と繋がっているので、アンとタルトの会話が聞こえてきた。どうやらタルトがアンにちょっかいを出しているみたいだ。時折無駄にいろっぽい声が聞こえてくるが、俺は平常心のまま頭と身体を洗った。そして平常心のまま風呂で温まってから出てきた。
平常心だ。そう、アイツらは魔導書なのだ。俺が魔導書に欲情することはあり得ない。そう、例えばそれが浴場であったとしても。
熱にやられたのか、俺の頭がどうにかしてしまったようだ。
一人で部屋に戻った。ロビーで三人分のお茶を買った。こんな辺鄙な町にもボトル入りのお茶が売っているんだな。
窓から町を見下ろした。やはり町を歩いている人はいなかった。
時刻は十時。出歩いている人が一人もいないというのは疑問が残る。
お茶に一口飲んでから窓を開け放つ。顔を出して左右に顔を向けてみるが、やっぱり誰もいなかった。
「いい湯でしたね」
タルトとアンが戻ってきた。
窓を閉めてお茶を差し出す。受け取る時に、ふわっとシャンプーの香りがした。髪の毛は乾いているが、やはり風呂上がりはいい匂いがする。
「さ、早く寝るぞ。今日はいろいろありすぎて眠いんだ」
「そうですね。さっと寝ちゃいましょうか、ささっと」
二人共、お茶を三分の一くらい飲んでからベッドに入った。
「ささ、こちらへ」
「なんかお前妙に積極的だな」
「ロウが寂しいかな、と思って」
「二回目だなそれ。まあいいか」
アンとタルトの間に入った。アンは普通に横になっているが、タルトはどうしても抱きつきたいらしい。
「ホントはお前、自分でこうしたくてしてるだろ」
「そりゃもう。いつも特等席はメーメのものですから。こういう時くらいは甘えないと」
「甘えたいのか」
「ええ、目一杯甘えさせてください」
「あー、甘やかし方とか知らんのだが」
と言いながら髪を撫でた。
タルトは目を細め、嬉しそうに笑っていた。
今日は本当に疲れた。明日のことはあまり考えたくはないが、できれば何事もなく町を離れたいなと、心からそう思ってしまった。




