十話
確かに、この町は漁業と農業で生計を立ているようだった。町の右手には大きな畑が並んでいた。全部見たわけではないが、平地であるためよく見渡せた。相当な広さがあるようだった。
町の左手には海へと続く道が整備されていた。ここから魔導車で海へと向かうのだろう。吹き込む風は非常に潮臭い。道の土は塩水に濡れて黒くなっていた。
そして、気になったのは町の正面にある道だった。その道だけは、壁がレンガで作られていたのだ。地面もコンクリートが張られている。仰々しく、空気感が違っていた。
「もう見るからに空気が違うわね、ここ」
「しかし行くしかないだろう」
道の先には大きな建物が見えた。白い壁、白い屋根、屋根の上には青い十字のオブジェ。あまり気は進まないが、胸の傷に手を当ててから一歩踏み出した。
建物の入り口の前には兵士が二人いた。厚めの生地の外套、白地に青い十字の刺繍。これは列車の中にいた聖十字騎士団か。手には大きな槍を持っている。
「おい、貴様何者だ」
兵士に声を掛けられた。
「旅人、とでも言えばいいか。諸事情により海に流されてな、ここにたどり着いた」
「怪しいヤツだな」
「今の会話で怪しい部分なんてあったか……?」
「少女二人を連れていて、海に流されて、胸には傷を負っている。充分怪しいだろうが」
「言われてみればおかしいかもしれないな」
「そうだろう? で、本当は何者なんだ?」
「割りとマジで旅人だ。エルクストに行く途中で、諸事情で海に流された」
「諸事情とは?」
「諸事情は諸事情だ」
ガシャンという音がして、二本の槍が俺の方を向いた。
「ちょっと待てよ。それを言う義務はねーだろ」
「怪しいヤツを野放しにしておくわけにはいかない」
ジリジリとにじり寄ってくる兵士二人。どう切り抜ける。どうしたら逃してくれる。ここで戦うのは得策じゃないぞ。
「待ちなさい」
建物の左の方から声が聞こえた。視線を向けると、聖職者の装いをした男性がいた。長く茶色い髪の毛、キリッとした顔立ち。まだ若い。二十代後半、といったところか。白と青の祭服。手には聖書らしき本。大きな十字の首飾りをぶら下げていた。
「祭司さま! この者は非常に怪しい! このまま返すわけには行きません!」
「いえ、大丈夫です。旅のお方、いつまで滞在の予定ですか?」
「明日には発つ。バスがないから一泊するしかなくなっただけだからな」
「貴様! 祭司さまに対して失礼だぞ!」
「いいのです。それと旅のお方は私と話をしているのですよ?」
「も、申し訳ありません!」
「わかればいいのです。申し訳ございません、旅のお方」
「問題ない。この町独特の風習があるんだろ? だったら俺が口出しすることじゃないからな」
「そう言ってもらえるとありがたい。もしよろしければ、今晩夕餉でも一緒にどうですか? 食事はこちらで用意しますよ」
「ふむそうか。なら好意に甘えさせてもらおうか」
ドンドンっと、左右から肘で小突かれた。アンとタルトの同時攻撃だった。
「それでは七時にお越し下さい。ここに来ていただければ、教会の中に案内させてもらいます」
「わかった。それじゃあまた七時に」
「ええ、楽しみにしております」
祭司に挨拶をしてその場を離れた。
コンクリートの道から土色の道へと戻ってきた。その瞬間、また両サイドから肘鉄を食らった。
「ちょ、なんなんだよ」
「アンタね! なに軽率な行動とってんのよ!」
「本当です! 自分から危険に飛び込んでいくなんて、なにを考えてるんですか!」
「だって飯代浮くし」
「どう考えたって怪しいでしょうが! あの大きな建物が教会? んなわけないでしょうが! なんで教会の聖職者があんなわけわかんない兵士に守られてるわけ? おかしいでしょうが!」
「こらこら、こんなとこで大声出すな。とりあえず宿戻るぞ」
今にも暴れだしそうなアンを引きずりながら、俺たちは宿に戻ってきた。
俺がベッドに座ると、アンとタルトは備え付けのイスに腰掛けた。
「で、なんで食事の誘いを受けたの?」
「あの状況で断れなかった。なによりもちょっと気になることがあった」
「気になることって、あの聖書のこと?」
「気付いてたんなら問い詰める必要ねーだろ」
「それにしても軽率すぎるから、つい」
アンがそっぽ向いてしまった。怒られたわけでもないのに納得できないような顔をしている。
「気にしないでください。ちょっと拗ねてるだけですから」
「タルト!」
「はいはい、アンはちょっと黙っててね。それとねロウ、あの聖書が気になっても、いろいろ他にやり方はあったでしょう? まだあの教会がどんな場所かわからないのに、自分の身を危険に晒す必要はないんです」
「それもそうだな。しかし約束をしてしまったからな。俺は七時に教会に行くぞ」
「約束は約束ですからね、仕方がありません。ですが、危険は犯さぬように」
「ああ、約束だ」
「はい、約束です。それであの聖書なのですが、やはりあれは聖書ではないでしょう」
「お前もそう思うか」
「聖書は聖書なのですが、正確には魔導書だと思います」
「魔導書が聖書になることは珍しくない。現にルルだって聖書として崇められていたわけだしな。なにより気になったのはあの司祭だ。魔操師で間違いない」
「魔操師が司祭をしている。それが気がかりなのですか?」
「それもあるが、もっと気になることがあるんだ」
立ち上がり、窓際へと向かった。窓から外を見た。その異質さがここからでもわかる。
「どの家にも青い十字の旗が立っている。そして教会周辺だけは空気が違う。それだけ見ても、この町は聖十字騎士団が仕切ってるんだとわかる。それと、漁業と農業だけでここまで栄えたとは思えない。やけに上品で、やけに活気がある。あの教会が綺麗過ぎるのも疑問が残る」
「だから内部から調べようとしたのね」
「そういうことだ。なにもなければそれでいい。最近はいろんなことがあり過ぎてな、多少過敏になっているところはあるけどな」
ただどうやってもこの疑問から目を背けることができない。過敏になっているだけじゃない。なにかあるのだと、俺の本能がそう告げている。
「でも自分から首を突っ込む必要はないでしょう? 災いが降り掛かってきてるわけでもないし」
「ちげーよ。これから降りかかる可能性があるんなら、事前に用意しといた方がいいだろうが。そういうことだ」
「これからなにか起きるって言いたいの?」
「そういう可能性もある、ってことだ。なにもなければそれでいい。だが、なにかあれば火の粉は自分で振り払わなきゃならん」
「お願いだから暴走だけはしないでよね」
「約束はできない。だから俺を抑制するのはお前たちだ。任せたぞ」
「他人事じゃないんだけどね……」
なんだかんだ言いながら、アンもタルトも笑ってるじゃないか。俺のことがようやくわかってきた、って感じだろう。




