七話
結局、アンとは特に喋らなかった。
「菓子あるぞ」と俺が言えば「食べる」と返ってくる。
「ほい」と渡せば「ありがと」と言いながら菓子を取る。まあそんな感じだ。
だが、俺たちはここで安堵してはいけなかったのかもしれない。
そう思った原因は、列車の外から強力な魔力を感じたからだ。
ブワッと大きくなっていく魔力。ドス黒く、確実にこちらに敵意を持っている。
通路に出て、魔力の方向に向かって構えた。進行方向から見て右側。木々の陰になって見えないが、絶対になにかがいる。
「ヤバイぞ。アン、準備しろ」
「ええ、わかってる」
「いやダメよ。もう間に合わない」
メーメが俺の前に出てきた。
「自分の身は自分で守りなさい」
「わかってる!」
手を前に向けて障壁を展開。いやダメだ。列車を全部守るほどの障壁を練るには時間がかかりすぎる。じゃあどうする。どうすれば確実だ。
「ええい面倒くさい。ワシとタルタロッサで攻撃をこの車両に集める。メームルファーズはすでに別の車両を保護しているな、よし。アンクレスカはロウファンの保護。ルルインカーシュは乗客」
ファスが前に出た。
「わ、私は!?」
「主もロウファンに魔力を分け与えてやれ。コイツ一人の魔力ではどうにもできんだろうからな」
「は、はい!」
「クソっ、勝手に仕切りやがって」
けれどもうやるしかない。タルトとファスがこの車両に攻撃を集める。それを俺がどうにかして無効化するなり攻撃の方向を変えるなりしろっていうことだ。
「やってやるさ。どうなるかは、わからんけどな」
ルルが俺の腰に捕まる。そうやって俺の周囲に結界を張った。レアが後ろから抱きしめてくれた。こうやって魔力を供給し続けてくれる。どうやら他のシスターズも俺に魔力を供給してくれているみたいだ。
森の奥に強烈な光が見えた。そして迷うこともなく列車の方へと向かって飛んでくる。攻撃自体は直線で、タルトたちが攻撃を集中するまでもないくらい。
「完全にこの車両狙いじゃねーか!」
「いくぞタルタロッサ! 魔力操作の真髄、見せてやろうぞ!」
「ええ、任せてください!」
光が小さくなっていく。列車を飲み込むほどの大きさが、徐々にその大きさを縮めていく。それでもまだ車両の三分の一は削ってしまう。それに魔力自体が弱くなったわけではない。魔力の凝縮。つまり、威力自体は高くなっているのだ。
これだけの魔力を打ち消すのは俺には不可能だ。コイツらから魔力をもらっても、おそらく魔女クラスのアウトプット能力がなければ意味がない。今の俺は魔力だけはあるが、それを表に出すための出口が小さいのだ。
「打ち消すのも無理。逸らすのも威力が強すぎる。それなら道は一つしかない」
更に魔力を縮め、攻撃の狙いを確実に絞っていく。
「縦に伸ばせ!」
俺の声を聞き、タルトとファスが方向性を変えた。光の弾は縦に伸び、剣のような形になった。
「ルル、今すぐ結界を解いてレアを抱えて逃げろ」
「で、でもそれでは……」
「いいから!」
ルルの体が跳ねた。大声に驚いたのかもしれないが、涙目ながらにレアの体を抱えてその場を離脱。俺の意図を察したメーメとアンがシスターズを車両の端っこへと追いやった。メーメは影の手で、アンは風の勢いで。
直後、光の刃が列車を襲う。そう、俺がいる場所に向かって。
「最初から俺が狙いなんだろ?」
俺はそれを甘んじて受けることにした。これだけ小さく、長細くなったのだ。列車を破壊するというよりも、列車を切り裂くという表現の方が正しい。そうなれば必然的に狙いがわかってくる。狙いがわかっているのならば、あとはそう難しくないはずだ。
「来い!」
剣を抜いて全力で強化。列車を切り裂く光刃を、その剣で無理矢理受け止めた。
いや、受け止めきれなかった。
俺は列車の壁まで押され、光刃がそのまま列車を切り裂いた。
当然のように、俺の体は列車の外へと放り出されてしまう。宙を舞っている間は、時間がスローモーションのように流れていた。
折れた剣の破片が飛び散っていた。俺の血が球体となって空中に点在する。列車が真っ二つになっていて、みんなの視線が俺へと注がれていた。レアが俺へと手を伸ばしていて、それをファスが止めていた。
徐々に距離が離れていく。勢いが強すぎて、俺ままだ地面に降りられないらしい。
魔力で強化した剣が折れた。同時に、俺の体も切り刻まれた。でも不思議なことにまだ体は人間の形を保っている。体は血まみれ。肩口から脇腹へと抜けていく傷口は、この状態でもズキズキと痛む。
「どう、なっちまうんだろうな」
遠くなる列車を見て呟いた。
ああ、また一人になっちまうな。そんなことを考えていた。
速度が落ちてきたかと思えば視界から木々が消えた。しばらくして、俺の体がようやく高度を失った。
しかし、俺が落ちた先は地面ではなかった。
水だ。しかも海水。傷口にしみるので、この状況での塩水は最悪だ。
目を閉じた。少しずつ意識が薄れていく。
一体誰がこんなことをしたんだ。こんなことをしたヤツと戦っても勝ち目はないんだろうな。単調な攻撃一発でこんなんだ。一騎打ちなんて考えたくもない。
落ちていく意識の中で、俺の手になにかが触れた。右手と左手。柔らかく温かく、細く靭やかで、まるでそれは手のようだ。
俺は正体を確かめることもなく、黒い黒い泥の中に落ちていくようだった。体が重い。苦しい。もう寝かせてくれ。そんな気持ちでいっぱいだった。




