六話
強烈な横揺れで意識が浮上してくる。
「起きろ!」
「ぶふっ」
横っ面に衝撃が打ち込まれた。目を開けると、振り抜いたであろう手のひらを掲げているアンがいた。
「まずは普通に起こしてからにしろよ。いきなり殴んなよ」
結構な力でビンタされたので顎が外れるかと思った。ジンジンと痛み、きっと真っ赤になってるんだろうと容易に想像できる。
「そんな悠長なこと言ってられなかったの! 外見なさいよ外!」
「なにをそんなに慌ててんだよ」
窓の方へと身を乗り出して外を見た。
「あれが横揺れの原因か」
列車と並走しているのはドラゴンの群れだった。小型のドラゴンであるが、見るからに五十匹くらいはいるだろう。その群れが宙を飛び、列車に対して威嚇行動をとっている。ギャーギャーという鳴き声がその証拠だろう。
現在列車は橋の上を走行している。ニキロにも及ぶ大きな川、というかほぼ海を渡る橋だ。橋が終わればトンネルに入るのでドラゴンも追っては来られない。しかしまだ橋に到達したばかりなのだろう。窓から見える景色には、向こう側が遠く見えていた。
「うーむ、これは一大事だ」
「言ってる場合か! 早くそこどきなさいよ!」
横を見ると、顔を真っ赤にしたアンがいた。身を反らして俺から逃げているようだ。俺が窓の方に身を乗り出したせいでアンと密着するような姿勢になった。左手はアンの太ももの間にあり、若干だが触れている。左手がちょっとあったかいのはそのためだろう。
「そこまで嫌がるなよ」
「嫌がってない! 嫌がってないから早く離れてよー!」
「嫌がってないくせになんで離れたがるんだ? なあ、なんでだ?」
「後でちゃんと教えてあげるから!」
「仕方ねぇな」
俺が元の位置に戻ると、アンは胸に手を当てて深呼吸を繰り返していた。まだ顔は赤いままだが、コイツをからかうのは本当に楽しいな。
「今クソみたいなこと考えたでしょ」
ジト目で見つめられ「気のせいだ」としか言えなかった。
「さて、茶番も終わったことだし行くぞロウファン」
右側に座っていたファスが静かに立ち上がった。
「行くってどこにだよ」
「外にだ」
「なに言ってんのキミ」
「アレをどうにかしないとマズイだろう? だから行くんだ」
「ドラゴンのことか? いや、うん、まあ言いたいことはわかる。たぶんこの列車にはドラゴンの群れを倒せるようなヤツらは乗ってないだろうしな」
「だから行くんだ。さあ立て」
「いやいいよ、お前は座ってろよ。俺だけで行くから」
「自信があると?」
「お前が行くってことはレアも行かなきゃならないだろ。ふっ飛ばされたらどうすんだよ」
「ロウが私の心配をしてくださるなんて……!」
会話を聞いていたであろうレアが通路の向こう側で目を輝かせていた。
「話がややこしくなるから出てくんなって。まあいいや、あれくらいのドラゴンならアンがいればどうにかなるだろ」
「私に行かせようっていうの?」
「お前風属性だろうが。列車の上で戦うなんてお前くらいじゃないとできないんだよ」
「ま、まあ、私にしかできないってアンタが言うなら、その、やってあげないこともないけど?」
「はいはいわかったわかった」
ひょいっと持ち上げて通路に出た。
「やるならお姫様だっこにしなさいよー!」
って言うアンのことは無視した。
が、そこで列車のドアが大きく開け放たれた。豪快な足音と共に五人の兵士らしき人物が入ってきた。身にまとうのは甲冑ではない。青い十字の刺繍を施した、かなり厚めの外套を羽織っていた。男が四人、女が一人。軍隊というわけではないだろう。こんな服装の軍人は見たことがない。
「安心してください! 我々聖十字騎士団があのドラゴンを退治してみせます! ご心配のこともあるでしょうが、どうか座席に座ってお待ち下さい!」
大声でそう言ったあと、五人の内四人が来た道を戻っていった。一人だけ残ったのは女だ。列車の中を監視しているのだろう。右に左にと顔を動かしていた。
「そこの男」
と、指を差された。さっき言っていた聖十字騎士団という集団の女だ。顔立ちは綺麗だが、なんというか厳格そうな雰囲気がして苦手なタイプだ。
「俺か?」
「そうだ。そこの幼女はお前の妹か?」
「まあそんなところだ」
幼女とはアンのことだろう。小脇に抱えているから相当怪しくはある。火事場泥棒のように見えても仕方がない。火事場泥棒で幼女を攫うっていうのは相当クレイジーだとは思うが。
「我々聖十字騎士団がドラゴンを倒すまでの間、キミたちは大人しく座っていて欲しい。その幼女と一緒に大人しくしていてくれ」
視線が交わる。一点の曇もない、そんな瞳だった。黄色に近い茶色い瞳を見て、俺は余計なことを言わない方がいいだろうという結論に至った。
「わかった。悪いな。お前もちょっとの間、トイレ我慢してくれよ」
「だ、だだだだ誰がトイレに行き――」
「申し訳ありません、この子には言い聞かせますから」
アンの口を塞ぎながら、ペコリとお辞儀をしたレア。ナイスアシストではあるのだが、コイツの魔法少女たちの扱いが俺に近づいてきているのを感じた。
アンを席に座らせると「もう口も利かないぞ」というオーラが全身から吹き出ていた。
なので俺もしゃべらないことにした。
窓の外を見ながらファスとレアとおしゃべりをした。聖十字騎士団は風属性の魔導術を上手く扱いながら空を飛び、あれよあれよという間にドラゴンを撃墜していった。大きめの剣を振り下ろせばドラゴンの首が落ちる。炎も氷も、打ち出した魔導術は全てドラゴンに命中した。十匹くらいになるとドラゴンが逃げていく。それを追うこともなく、彼らは列車へと戻ってきた。
「すごいですね、あの人たち」
「騎士団、っていうのも嘘じゃないらしいな」
「ロウもあれくらいできますよね?」
「なんで期待の眼差しを向けてくるの? 無理でしょ普通に」
「無理、なんですか? ロウならできそうな気がするのですが……」
「倒すだけならたぶん俺の方が早い。でもあそこまで綺麗には戦えない。俺がやったらがむしゃらになるからな。最悪は列車も下にドボンだ」
「あー、なんかわかる気がします」
「そこは突っ込めよ。まあ、事実ではあるのだが」
そう、彼らの戦い方は非常に綺麗だった。流れるように連携し、列車には一切被害を出さない。それでいて攻撃を外さず、的確にドラゴンを倒していった。この戦い方は俺にはできない。
聖十字騎士団もこの車両から引き上げていった。災難は去った、と言っていいだろう。
「さて、これで安心して睡眠に戻れるな。着いたら起こしてくれよ」
列車がトンネルに入った。その時、左側から小突かれた。
「なんだよお前は。俺と喋りたくないんだろ? だったらいいじゃねーか」
「そんなこと、言ってないもん」
「なんなんだよホントに……」
ここまで面倒な魔法少女がこの世にいるのだろうか。いや、ここにいる。
短いトンネルを抜けて、列車は森の中へと入っていった。




