最終話
「そんな身勝手が許されてたまるもんかよ!」
ああ、そうだ。俺は確かに怒っている。誰にたいして、なにに対してなのかはわかっている。あのファーブニルを蘇らせたやつだ。町の住人には協力させたはずなのに、いざ不要になったら簡単に切り捨てる。その精神が信じられないし、理解をしようとも思わない。
俺に気付いたのか、こちらを向いた。そして大口を開けて炎を吐いた。左へと方向転換して炎を避ける。そしてまた前進。そしてまた炎を吐かれる。その繰り返しを何度かしてから、ようやくファーブニルへとたどり着く。
「エアニードル!」
アンが風属性の魔法、風の針をファーブニルに打ち付ける。その針が消える前に、俺は針を踏んで上へと向かう。
メーメとルルは気を逸らすため、やや後方で援護を続けてくれている。
「バブルシールド!」
今度はタルトが泡の膜を張ってくれる。足、胴体、首と一気に駆け上がった。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
上空へと飛び出し、風の魔法で自分の身体を制御。剣の切っ先をファーブニルの右目に向かって突き立てた。
ズブリと剣がめり込む。これで戦況はガラッと変わる。
その、はずだった。
痛みのせいかファーブニルが暴れて振り落とされてしまった。それどころかファーブニルの攻撃が強烈になって、炎を吐く頻度も、その威力も増している。
なによりも、住人は誰一人として残っていなかった。
俺はコイツを倒すことが全てだと思っていた。でも違ったんだ。俺が最初にやらなきゃいけなかったのは住人の避難だ。説得して、避難してもらうのが最優先だった。それなのに強大な敵だと立ち向かった。
「俺は、なにをしてるんだよ……」
俺の目的はヘリオードを殺すこと。そのために強くならなきゃいけないんだ。でもそれが全てじゃないんだ。
「俺は、人を殺したいわけじゃない……!」
「それならばなおさら、今立ち上がらなければいつ立ち上がるのですか?」
その声に顔を上げた。
「エメローラ……? 大丈夫だったのか?」
「ええ、アナタのお陰でこの通りです。試練にも勝ちましたよ。でも今はそうじゃないでしょう? アナタはアナタのできることをするしかない。人々が死んでしまったのは悲しく思いますよ。でも、過ぎたことを言っているのはアナタらしくない。後悔も反省も必要ですが、それで足を止めるのはダメです。さあ、アナタの選択を教えてください」
エメローラが手を差し出してくれた。
「そう、かもな」
その手を取り、立ち上がった。
「いくぞ。俺はまだ、死んでない」
あの時とは違う。剣を突きつけられて諦め、じいさんに助けてもらったあの時とは。
じいさんは言っていた。「魔導書から力を借りるのだ」と。
メーメ、ルル、アン、タルト。俺は四冊の魔導書と契約している。そして契約している以上、その繋がりがどこかにあるはずなんだ。
一度目を閉じて、何度か深呼吸をした。感じろ、流れを、繋がりを、その手に、掴むんだ。
「見つけたぞ。これが魔導書との繋がり……!」
朧げではあるが、一本の線のようなものを見つけた。この線が繋がりだとするのであれば、この糸を使って力を引き出す。
四人の魔法少女から魔力が流れ込んでくる。これが魔操師、これが魔導書。
「行きなさいロウ! 私たちが全力でサポートしてあげる!」
メーメが俺の背中を押した。
足を踏み込むと地面が割れた。それだけの魔力が、今俺の中に流れているということだ。
ファーブニルと目が合った。何度目になるかもわからない炎。それを剣で切り裂いた。
一瞬でファーブニルの胸元へ。胸元に十字の切り傷をつけてから右へと移動。左後足を一刀両断。体勢が崩れたところで、左の翼を半分に、左前足をぶった切る。
「これで最後だ……!」
ヤツの左側から駆け上がり、飛んだ。風を纏い、回転する。
「その首、もらった!」
回転の勢いを利用してそのまま首へと剣を向けた。少しだけ抵抗があって、すぐにそれがなくなった。
剣を振り抜けば、ファーブニルの首が胴体から分離した。
着地したあとで背後で衝撃があった。首が地面に落ちたのだ。
「これが、魔導書を使うってことか」
刹那、膝から力が抜けた。急いで手をつくが立ち上がれない。剣を握る力も残っていなかった。
「大丈夫?」
と、メーメが顔を覗き込んできた。
「大丈夫、と言いたいところだけど全然大丈夫じゃないっぽいな。若干吐き気もある」
「無理しないで。休んでなさい」
メーメが俺の頭を抱いた。とても温かく、気持ちが和らいでいく。
「いやー、見事だったね。ハラハラドキドキからの最高の展開だったよ」
今度はブルックが歩いてきた。
「これからどうするよ。俺は動けない。クローンたちを使役して、まだやるか?」
「そのつもりはないよ。それに話は済んでる」
「話? なんの話だ? 誰と――」
ブルックの後ろから、ゆっくりとじいさんが出てきた。
「このブルックという男、それにエメローラのクローンはワシが引き受けよう。彼はまだ研究をしたいらしいからな。ただしクローンとはまた違う研究だ。クローンたちは延命と共にワシの手伝いをしてもらうことにしたよ」
「したよって、いつからいたんだよ」
「ちょっと前だ。お前がドラゴンの首を切るちょっと前だな」
「アンタがいればこんなことにはならなかった。なんで、なんでいなかったんだよ……」
「ワシはいつでもお前の近くにいるわけじゃない。乗り越えろ、すべてを。自分の力だけで切り抜けられるように。そのために強くなれ。ワシはそのためにお前を連れてきた」
「わかってる。わかってるよ。でも――」
やるせない。
俺がここに来なければ、ここの住人は死ななかったのかもしれないんだから。
もっと上手く立ち回れていたら、もっといい未来があったかもしれないんだから。
しかしこんなことを考えていても意味はない。先には進めない。
「しばらくすれば軍部も動く。それまでは休むといい」
そう言って、じいさんはどこかに行ってしまった。
エメローラが俺の前にしゃがみ込んだ。
「私を助けてくれて、ありがとうございました」
そうやって笑うものだから、俺はなにも言えなくなってしまった。
「生きていてくれて、ありがとう」
俺は彼女の頬に触れた。彼女はくすぐったそうに、けれど笑顔のままでそれを受け入れていた。
今は、今だけはこの笑顔だけを大切にしていこう。そう思った。




