十八話
地面に倒れた警官は起き上がってくる気配がなかった。
あとはルノレアンファスを拘束して強制契約でもすればいい。これもまたあまりいい方法とは言えない。
「仕上げだエメローラ!」
そう言って振り向いた直後、敵のエメローラが氷の鞭を振るっているところが見えた。標的はこちらエメローラだった。
アンもタルトも少し遠い。どれだけ全力で走っても間に合わない。
エメローラの肩口に深く沈んだ氷の鞭。鞭というよりは、よくしなる刃物のように見えた。
鮮血が飛び散る。致命傷なのはここから見ても明らかだった。
けれど予想外だったのはエメローラの行動だった。
食い込んだ鞭を掴み、氷始めている手で鞭を思い切り引き寄せていた。空中で体勢を崩したところに掌底を叩き込み、ルノレアンファスを見事に地面に沈めたではないか。
警官に続いてルノレアンファスも動かなくなった。今の一撃は魔力を込めた一撃だ。きっとルノレアンファスは「近接戦闘はないだろう」と踏んでいた。そこで予想外の掌底である。防御する暇もなかっただろう。
地面に落ちたルノレアンファスは魔導書へと姿を変えた。
エメローラの体もまた地面に倒れ込んだ。
駆け寄って上半身を抱きかかえる。タルトも駆け寄ってきて、傷口に治癒の魔導術をかけ始めた。
「おい、大丈夫か」
「うん、なんとか」
「嘘つけ。いいか、これ以上喋るなよ。今なんとかしてやる」
俺がそう言うと、彼女は首を横に振った。
「もういいわ。ダメそうだなって、自分でもわかるから」
「喋るな!」
「ありがとうロウ。私、嬉しかったわ。いろんなことを教えてくれた、生かそうとしてくれたことも嬉しかった。魔法少女たちとも一緒にいて楽しかった」
「お前……」
「ごめんなさい、もう、眠いわ」
ゆっくりと目蓋が閉じられていく。
どうする、どうしたらいい。エメローラはまだ生きてる。このままだとまずいかもしれないが、あと数分ならば命を繋いでいられる。
「アン、ルノレアンファスの魔導書をよこせ」
「あ、うん」
「ちゃんと拾ってきてあったのか、偉いぞ」
勢いに任せて頭を撫でた。
「タルトはそのまま治癒を続けろ。メーメとルルも戻ってきたな。早速で悪いが、二人はそのまま住人たちの相手に戻れ。アンは俺の指示に従え」
「指示って、なにするの……?」
「強制解除だ」
「ルノレアンファスを自分の物にするの?」
「違う。ルノレアンファスの主人は」
俺は人差し指を下に向けた。
「コイツだ」
俺が指差したのはエメローラだった。
「エメローラに強制解除させるの? それはさすがに……」
「ホムンクルスは魔力の塊だ。もしこれが人間なら、タルトの治癒だけでもそこそこ回復する。でもエメローラにはそれだけじゃダメだ。傷口から魔力が漏れ出しているからだ。俺が魔導術を使わせたのも一因かもしれないが、エメローラを助けるには内側から魔力を供給するしかない。でも気を失ったエメローラは魔法力を魔力に変換できない。それならば道は一つしかない」
「アナタ、自分でなに言ってるかわかってるわよね? 失敗したらそれこそエメローラの命はないわ」
「このままでも命がねーんだよ!」
一喝すると、アンは一瞬だけ怯んだようだった。
「はぁ、わかったわよ。あとはこの子の精神力とギャンブル運に賭けましょう。いくわよ、強制解除」
「ああ、頼む」
エメローラの手を取り、その上にアンの手を乗せさせた。気を失ってるヤツが強制解除の主人になれるかはわからない。が、死んでいないのならば意識は深層に残っているはずだ。
「我が名はロウファン。従属の試練を賜りたい」
そう言うと、魔導書から光の粒が現れ、空気に散っていく。光の粒がルノレアンファスの姿を形成した。
「我が名はルノレアンファス、従属の試験はオーダーアンドナンバーなり。生死を賭する覚悟はあるか?」
「承服した。主従の試験を始めてくれ」
「しかし、契約の相手はお主ではないな?」
「ああ、この少女だ。やっぱりできないか?」
「いいや、まだその少女は生きている、問題はない。だがその少女の意志はきかなくてもいいのかの?」
「聞いてる暇はない。できるのならばやってくれ。もう時間がないんだ」
「了解した。其方の心、其方の体を持って誓約の証とする。武運を祈るぞ、未来の守護者よ」
ルノレアンファスが少しだけ笑ったような気がした。イジワルで、楽しんでいるかのような笑顔だった。
エメローラとルノレアンファスの身体が光り、ルノレアンファスが魔導書へと戻っていく。人が契約するところなんて初めて見たが、こんなふうになっていたのか。
光が収まった。おそらく、契約が終わるまではこのままなんだろう。
「アン、契約が終わればもう一度身体が光るのか?」
「ええ、身体が光って、エメローラの意識が浮上してくる。ルノレアンファスも魔導書としての機能を取り戻す。逆にそれまでは魔導書としての機能はない。ただの本よ」
「そうか、なら護衛を頼む」
魔導書をエメローラの腹に乗せた。
「アナタはどうするの?」
「どうやら黒幕さんのお出ましだ。俺はアイツの相手をする」
「その傷で?」
「戦う前にちょっと治すさ。あとは頼んだぞ」
「ふう、わかったわ。死なない程度に頑張りなさい」
「ありがとうよ」
立ち上がり、剣を抜いた。
「お前がこの騒動の黒幕だったんだな」
少しずつ、人影が近づいてくる。
「そういうことに、なりますかな」
「なりますかな、じゃねーよ。この落とし前はしっかりつけさせてやるからよ。覚悟しろよ、クソ野郎」
人影が歩みを止めた。
松明で照らされた人影。それは、宿屋の主人だった。優しい顔した初老の主人。
「私に戦闘能力はない。いきなさい、アナタたちの出番ですよ」
住民たちが上体を落とす。なるほど、そういうふうに訓練されてるってことか。
「宿屋の主人になれば、この町に来たヤツのことはわかるってか。宿が一つしかないってのはそういう理由か」
「憶測は結構。さあ、自らの行いを悔いなさい」
老人が手を前に振る。それを合図にして住民たちが襲いかかってきた。
肩の傷を少しだけ治した。人間相手はやり辛くて仕方ない。生かさず殺さずというのはかなり難しいからだ。
「早く起きてこいよ、エメローラ」
ルノレアンファスさえこっちの手に入れば戦況は逆転する。それまでは耐えるのみ。
エメローラが試練を乗り越えるかどうかはわからない。俺たちは信じて待つしかないのだから。




