十一話
あまりにもアンがうるさいので、今日はアンを連れて図書館にやってきた。おそらく、ここに来るのも今日で最後になるだろう。
調べてみてわかったことがいくつかある。
まず一つはスルヴァン王国の成り立ち。スルヴァン王国ができる前は小さな集落の集まりだった。けれどそこにスルヴァンという一人の男が現れた。その男は強大な魔法力を持ち、力で民をねじ伏せた。つまり急に現れて統治し始めたということだ。
スルヴァン王家は一人の例外なく、強力な魔法力を持って生まれてくる。おそらくはエメローラも同じだったのだろう。
二つ目はスルヴァン王国の大きさ。領土として物理的なことを言ってしまうと、スルヴァンが統治していた土地は広くない。スルヴァン城、城と繋がる城下町、近隣にある三つの町、少し離れた貿易都市。国としてはかなり小さい。
ここで問題になるのは「力で民をねじ伏せたヤツが領土の拡大を謀らなかった」という点だ。なにか思うところでもあったのだろうかというくらい、王国を設立してからは領土を広げていなかった。
そして最後。湖の存在だ。
あの湖が出来たのは、スルヴァン王国が建国されたあとにできたもの。しかも建国から一年あまりで出来た。出来たというか、作られたという方が正しいような気がする。どの書物にもその記載がないので正確なことはわからない。しかし、タイミングが良すぎるのは事実だ。
初代国王はなにをしたかったのか。なにがしたくて王国を作り、なにをしようとしていたのか。どうやっても理解はできないが、どこかきな臭いのは事実だ。
「ねえ、調べ物終わった?」
対面に座るアンがそう言った。机に両肘を立てて、つまらなそうに頬杖をついている。一応本を読んでいたらしいが、それも飽きてしまったらしい。メーメとアンは犬猿の仲に見えて、実は同族嫌悪的なものが大きいような気がしてきた。
「もうちょっと待ってろ。飽き性かよ」
「飽き性っていうか、本なんてちょっと目を通せば覚えられるじゃない。じっくり観察する必要なんてないわ。必要な情報だけなんだからそんなに時間もいらないでしょ」
「ああ、そういう」
「魔導書、舐めないで欲しいわね。他の連中は言わないけど、魔導書は書物において最上級。本を統べ、本の頂点に立つ。魔力がこもっていない文字なら見ただけで覚えられる」
「そういうのはもっと早く言えよ。なんでこのタイミングなんだよ」
「訊かれなかったから? それにメーメと同じ扱いをされたような気がしたから?」
「的確すぎて怖いわ。でもまあ、お前が覚えててくれるならいいか。帰るぞ」
「人をメモ帳みたいに言わないでよ」
そっぽ向いて膨れているように見えるが、なんだか少しだけ頬が赤くなっていた。なにを考えているのか俺にはさっぱりだ。
本を返してから図書館を出た。外は晴天。今日は屋台も出ている。
ここ数日間晴天続きなので雪が少しずつ溶け始めていた。と言っても地面が見えるなんてことはあり得なさそうだ。
「あ、あれ食べたい! ロウ! あれ買って!」
屋台の看板には「カンパル」と書いてある。この地方の食べ物だろうか。
近寄ってみるとすごくいい匂いがする。豆から作ったショーヤソースで肉を漬け込み、中まで火を通してから一気に強火でカリッと焼き上げる。そしてもう一度別のソースにサッと晒してから薄めのパンに挟む。パンは三枚あって、一番下にパン、次に野菜、真ん中にパン、次に野菜、パン、最後に肉となっている。肉と一緒に野菜を挟むのがポイント高い。特にレタッシュはどんな料理にも合う。
「いい感じに腹も減ってきたし、昼飯はこれにするか」
「やった!」
かなり空腹だったのだろう。目が輝いてる。甘いものが欲しいと言わないところがアンらしいな。
カンパルを二つ買って、近くのベンチに座った。街の中心部ではあるが、雪国だけあってさっぱりとしている。そうでなくては雪かきができないからなんだろう。
ベンチに座って足をパタパタさせているアン。嬉しそうにしているがまだ口はつけていない。
「まだ食べないのか?」
「いただきます、してないでしょ? 肉も野菜も自然の恵よ。ちゃんと感謝をしなさい」
「そういうとこは律儀なんだな。わかったよ。いただいきます」
「いただきます」
そう言ってからカンパルにかぶりついた。
香ばしい匂い、パリッとした食感。肌寒さのせいもあるだろうが、一時の安息のような優しさがある。
「お前はもっと上品な食べ物が好きなのかと思ってた」
「私? 美味しいものはなんでも好きよ。特に濃い味が好きね」
「甘いものは?」
「当然好き。私は魔導書だし排泄する必要もないけれど味はわかる。この味という感覚はとっても尊く思ってる」
「排泄の必要がないってのは羨ましいな。じゃあ穴もねーのか」
「食事中に汚いわよクソ野郎」
「言ってるそばからクソって言うなよ。で、ないのか?」
「あるわよ! さっさと食べなさい!」
爆発するんじゃないかと思うくらいに真っ赤になってしまった。さすがにやりすぎたと個人的にも反省している。
そこから食べ終わるまで会話はなかった。
もぐもぐ、ごっくん。もぐもぐ、ごっくん。
顔を上げれば青い空が広がっている。雲一つない澄んだ空が俺たちを見下ろしていた。人に見下されるのは癪だが、空相手となるとどうってことないな。
なるほど。誰かに見下された時はこういうふうに思えばいいのか。
「食べ終わった? それなら戻る?」
「そうだな、アイツらの分も買ってってやるか」
「メームルファーズ以外の分ね」
「メーメの分も買ってくから。アイツだけ除け者にしたらただのイジメじゃねーか」
ギャーギャー喚くアンを窘め、メーメ、ルル、タルトの分のカンパルを買った。飲み物も一緒に買ったので両手が塞がってしまった。が、アンに持たせるとメーメの分だけ捨てられるので預けるわけにもいかない。
紙袋を抱えて宿に向かう。が、内心心穏やかではなかった。
「ねえ、この視線ってなに?」
歩きながら、囁くように、俺にだけ聞こえるように言った。
「王族の信者と考えるのが普通だろうな。ただし殺気はない。襲われるような心配はなさそうだが、俺たちを監視している理由がわからんな。正確には殺気もなく監視している理由が、だが」
「信者でありながも殺意がない相手か。どういう立ち位置の人間なのか……」
「襲って来ないんならそれはそれでいい。とりあえず帰るぞ」
「容姿は覚えた?」
「チラッとだが見えた。が、マントを深く被っててわからなかった」
「そう、じゃあイチニのサンで振り向きなさい」
アンがスーッと息を吸った。
「イチ、ニのサン」
その瞬間突風が吹いた。頬に刺さるような冷風だった。
アンは風属性の魔導書。こうなることを予期していたのか、はたまたアンが生み出したものなのか。
振り向くとまではいかないが、横目で監視者の方を見た。
「どう?」
「覚えた。行こう」
男。目は鋭く細い。鼻は高く、口は小さい。マントまでは取れなかったので髪型はわからなかった。
これだけ情報があれば今はいいだろう。
宿に帰って、魔法少女三人にカンパルを渡した。全員美味しそうに食べていたので、買ってきて正解だったな。




