十話
その日から三日間、俺たちは交代で外に出ることになった。エメローラは当然留守番だが、彼女だけでなく、魔法少女は一人しか外に連れていかないようにしたのだ。
初日はメーメを連れて警察へ。魔導書の詳細を訊きに行った。新しい情報として、安置されていた場所で撮られた写真や昔の所有者などを教えてもらった。けれどそれだけでは有益な情報とは言えないだろう。薄汚れた水色の表紙、ルノレアンファスという書名、ヴァーレリー=ラングハイムという作者。こんな写真だけではなにもわからない。
次の日はタルトを連れて図書館へ。ヴァーレリー=ラングハイムという作者のこととルノレアンファスという魔導書のこと、地域柄のことなども調べたか。ヴァーレリーは女性らしく、細やかなで綺麗な装丁の本を作ることで有名だったみたいだ。強力な魔力を扱うことよりも、繊細な魔導操作を重視した魔導術を多く書き記しただとか。けれどその程度のことしかわからない。というかそんなことを知ってどうするというのか。
最後の日はルルを連れて湖へ。氷の特性を調べるために向かった。魔法少女を武器にする魔導書形態であり、かつかなり時間をかければ氷を溶かしたり削ったりはできる。一番の問題は、その溶かした水に臭いがないということだった。無味無臭、溶かしてしまえばただの水のようで魔力さえも感じなくなった。おそらくは「水」という物質に対して魔導術を使ったのではなく「凝固」という手段に魔導術を使ったのだろう。だから、溶かしさえしてしまえば普通の水なのだ。
「で! どうして私が毎回留守番なのよ!」
帰ってきてそうそう、アンが泣きながら突っかかってきた。まだ昼なのだが、早起きをしたせいで俺は眠い。そんな眠気の中で大声を出されると頭に響く。
「いや、申し訳ない。でもお前寝てたじゃん」
「なにも言われてないのに朝五時になんて起きられるか! 私だって外に出たいのよ!」
「じゃ、どっかで遊んで来いよ。許可する」
「私一人でなんて……ああああああああああああ! なんてこと言わせようとしてんのよおおおおおおお!」
非常に面白い。コイツはメーメともやりあえるし、ルルやタルトとも相性がいい。しかもこいうプレイも好きらしいからなおいい。俺のストレス発散がコイツの喜びに繋がるのだ、ウィンウィンというやつだな。
「どうどう、また今度連れてってやるからな。今回はこれで終わりだ」
「これで終わりってどういうことよ」
「警察に行ったことも、図書館に行ったことも、湖に行ったことも無駄じゃなかったってことだよ」
ドカッとイスに座り込んだ。すかさずエメローラが隣にイスを持ってきて座り、嬉しそうに腕を絡めてきた。魔法少女たちのせいでもう慣れたからいいや。
俺が机の上に肩肘をつくと、魔法少女たちもなにかを察したように大人しくなった。ベッドに寝転がっていたメーメも、いつの間にか女の子座りになっていた。
「まずなにから話すかな。そうだな、結論から言うと湖の水は普通の水だった。たぶんだけど、あれは魔法力を強烈に結び付けられた水だ。だから、凍らせるのも魔導術が必要だし、逆も同じこと。でも溶けてしまえば普通の水。凍らせた状態の氷は魔導物質と言ってもいい。で、たぶんあれを凍らせたのは魔導書ルノレアンファスだ」
「ちょっと待ってよロウ。ルノレアンファスは王族の持ち物だったんでしょ? それならロウが教えてくれた仮説がひっくり返るんじゃ? 王族の持ち物であるのなら、反王家派の人間が湖を凍らせることもないだろうし」
こういうのはメーメが突っ込んでくるところなのだが、予想外にもエメローラが突っ込んできた。好奇心と野心だけで動いてるように見えて、実は結構いろんなことを考えているというのがここ三日ほどでよくわかった。記憶力もめちゃくちゃいい。
それは置いといて。
「俺はルノレアンファスの契約者リストを見てきた。が、そこに王族の名前はなかった。王家に仕えていた契約者の記述もなかった。だから俺は考えた。あの魔導書は元々外部から持ち込まれたものであり、反王家派の人間がいなくなった後で、信仰派の人間が王族の持ち物にしたんじゃないか、ってね。そうなると繋がるだろ。となれば、信仰派の者たちは魔導書で氷が溶けるのを知っていた。でも使えなかったんだ。そしてようやく使える者が現れた」
「エメローラを氷ごと持ち去り城に運んだと。でも結局それじゃあ魔導書の在り処はわからないってことじゃない? ロウはやっぱり役立たずなのね」
「そうそう、この辛辣なツッコミがっていらんわ。お前は黙ってろメーメ。やっぱり城しかないと思う。どうしてかっつーと、氷を作ったのも魔導書、氷を溶かしたのも魔導書、エメローラは城にいた。そうなれば城で解凍作業が行われたと考えるのが普通だ。問題は、解凍作業をしたヤツが魔導書を持ち歩いていた場合だ。それだと城に行っても意味がない」
「はんっ」
「鼻で笑うんじゃねーよ。意味がないと思うじゃん? 実はそうでもねーんだな。魔導書の場所はわからないかもしれないけど、魔導書に通じる証拠が得られるかもしれない」
「どうしてそう言い切れるの?」
「これだ」
そう言って、俺は透明なビニールを取り出した。ポケットの中に入るサイズで、入り口をキュッと閉じて密閉できるタイプだ。
「なに、それ? 中の白いのは?」
「タオルだよ、タオルの切れ端。これはじいさんに預けてたものが帰ってきたんだ。まあ細切れになっちまったけど」
「そう言えばあの時、ギュンタークの部屋に行く時にタオル持ってったわね」
「そ。あのタオルはエメローラの身体を拭いたものだ。それをじいさんに預けて、ちょっといろいろと調べてもらったんだ。っておーい、汚い物を見る目をしてちょっと後ずさるのやめなさーい。俺もじいさんもそういう趣味はないから」
エメローラでさえ距離を取った。言いたいことはわかる。婦女子が身体を拭いたタオルを持ち出し、あまつさえそれを老人に渡すなど破廉恥極まりない。俺がというかじいさんが最大の被害者だろうけど。
「で、まあ、その、なんだ。その調査結果が今日出た」
「私のタオルってことは私についての調査よね? いったいなんの調査だったの?」
「お前の身体は濡れていた。その水滴がなんなのか、それを調べてもらったんだ」
「水滴って、私が氷漬けされてて、湖から持ち出されて、解凍されたのだとしたら湖の水って考えるのが普通じゃない?」
「いや、違うな。あのタオルに触ったのは俺だけだ。その時に少しだけなにかの薬品らしき臭いがした。でも湖の水は普通の水だった。つまり、お前の身体についていた水滴は湖の水じゃない。そして調べてもらった水の成分からして、お前の本当の姿がわかった」
「私の、本当の姿……?」
「それは明日の夜明らかになるだろうよ。じいさんがいろいろと動いてくれてるみたいだしな。だから今日は食って、遊んで、風呂に入って、食って寝ろ。今のお前にはそれくらいしかできない。それともなにか、俺と魔導術の訓練でもするか?」
「魔導術? 私にできる?」
「ああ、問題ない。というか、どうやらお前には魔導術の才能があるらしい。感情が高ぶった時に、若干だが魔力が漏れている。訓練すればお前も魔導師になれるだろうさ」
「現役の魔導師に言われた! やる! それならやるわ! 私!」
「わかった、わかったから頬に頬ずりすんのはやめろ」
こうして、俺はエメローラに魔導術を教えることになった。けれど、ここで妙な心配事を抱え込ませるよりはずっといい。気が逸らせたことに成功し、俺は思わず安堵の息を漏らしてしまったくらいだ。
エメローラは少なからず現実と向き合わなければいけない。それまでは、幸せな日常を送って欲しいと思った。それがとてつもなく偽善的な行為であったとしても、俺は「俺が正しいと思ったこと」に忠実でありたかったから。そんな自分のエゴに付き合わせてしまったという部分に、俺は少なからず負い目を感じていた。




