最終話
「アネラにヘリオードのことを教えたのはアンタか」
「そうだ。人喰い英雄ヘリオードはどこにでも現れる。その都市伝説めいた話を使わせてもらった。別の事象との兼ね合いであれば、俺やアネラが犯人だと疑われることもない。と、思ったんだがな」
「俺が来て計画が崩れたか」
「まあそうだな。でも問題はない。この辺一体は催眠魔法を使ったから、俺より弱い魔導師は入ってこない。イベルグもその執事も寝てる。はっきり言うが、この辺で俺より強い魔導師はいない。教師でもな。お前と繋がっていたナディアでさえ俺よりも格下だ。わかったか? お前がどれだけ自分本位で、お前がどれだけ驕り高ぶっていて、お前がどれだけ脆弱なのか」
ナイフが引っ込められた。
「死ね、クソガキ」
一直線に俺の顔面へ。
目を閉じそうになった。でもここで目を閉じてしまってもいいのかなんて考えてしまった。
命のやり取りなんて結局は最後の一瞬で決まるもの。でも最後で諦めるのは弱者のやることだ。俺は師匠にそう教えられた。
魔女を信仰するつもりはない。が、あの人は俺の師匠だ。だから目は逸らさないし、目蓋を閉じることもしない。最後の最後で一筋の光が見える。かもしれないからだ。
時間がゆっくり流れているような、そんな気がした。
遮るものがない空間を、鋭いナイフが空を切って直進してくる。怖くないと言えば嘘だし、なんとかできるならなんとかしたい。
迫ってくる、迫ってくる。先程のように鼻先にではない、首に迫っていた。
ヤツの腕が俺の顎を上に押し上げているため、ナイフの切っ先が見えなくなった。
ああ、終わりだ。とは思わなかった。終わりだなんて思うよりもずっと前に、俺はこう思ったんだ。
(誰か助けてくれ)
その時だった。
横から強烈な衝撃波がやってきてボッシュの身体をふっ飛ばした。
唖然とした俺の横に立っていたのは一人の老人だった。
「あ、アンタ……!」
「だから、勝てないと言っただろうに」
ハッとして首元を押さえる。手を離すと薄っすらと血が出ている。本当に間一髪だったのか。
「ぐっ……なぜ、なぜこの中に入って来られた!」
高く上がった土煙の中からボッシュが姿を現す。左手で腹を抑え、右手にはなにも持っていない。ナイフも同時に吹っ飛んだか。
「なぜって、そりゃワシがお前よりも強いからだろ? というか、今まで魔力を隠蔽してたことに気が付かないとは、お前もまだまだ修行が足りないみたいだな」
じいさんがニヤリと笑った。
「なにが隠蔽だ……もう七十を過ぎた老人が、たった一撃勝った気になるなよ!」
ボッシュの突進。目で追えなかった。俺がボッシュの姿を見たのは、ヤツが地面にめり込んだ時だった。
「青いなあ、青い」
地面が割れ、震えた。
頭を地面に叩きつけただけ。なのに、ヤツは起きてくる様子がない。
「警察には通報しておいた。そのうち来るだろう。立てるか?」
「あ、ああ」
立ち上がり、手を見た。グーパーグーパーと繰り返し、これが夢でないことや身体が動くことを確認した。
「睡魔の霧はもう晴らしておいた。ナディアもじきにくるだろう」
「ナディアと俺が繋がっていることも知ってたのか……」
「彼女から聞いたと思うが、ワシは理事長だ。お前がツーヴェル様の知り合いだと知らないわけがないだろう。フォーリア様からも言われている。死なぬよう影から見守って欲しいとな」
「アンタ、何者なんだよ」
「そうだな、簡単に言えば〈元・式守〉と言ったところだな」
式守。それは魔女の傍にいて、時に守り、時に守られる存在。魔女が認めた人間でなければ式守にはなれない。フォーリアとの仲が深いところを見た感じ、今のナディアの立ち位置でもある。でも俺の立ち位置とは違う。
「話は後だ。今はここを離れるぞ」
そう言ってじいさんが背を向けた。
「――わかった」
俺はその時、そんなことしか言えなかった。式守の強さに圧倒されたこともそうだが、俺がここまで強くなれるのかという疑問が大きくなっていったからだ。
魔法少女たちを魔導書に戻し、俺はじいさんの後に付いて歩く。そうするしか選択しがなかった。




