二十話
「はぁ、イベルグはバカだから大丈夫だと思ったのに、なんでアンタみたいなのが転校してきちゃうのかな……」
「お前がヘリオードのレプリカなんか使うからだ。でもまあ、お前は俺が求めてたヤツとは違うみたいだ」
俺がウエストレギオンでヘリオードと戦った時期は、タルタロッサが持ち出されるよりも前だった。だからコイツは違う。ただ、どうしてヘリオードを使おうと思ったのか、くらいは参考にさせてもらおう。
「求めてたヤツ……?」
「ウエストレギオンでもヘリオードが出たんだよ。レプリカだがな。それを作ったヤツを追いかけてここまで来たんだよ。でもお前は違う。時期が合わないからな。それよりもお前はなんでヘリオードを模して襲撃しようと思ったんだ」
「言わなきゃいけない理由なんてある?」
そう言いながら、彼女はこちらに歩みを進めた。そして、ヘリオードのレプリカの横に立つ。背中に手を触れ、そっと撫でた。何度も、何度も撫でていた。
「私はね、ルーガント家が大っ嫌いなの。ルーガント家は様々な事業を展開して資産を増やしている。でもいろんな事業に手を出すということは、それまで細々とやってきていた事業家を潰すということでもある。私はそれが許せなかった」
「どっかの事業家の娘ってわけだ」
「ええ、概ね正解。でも事業家だったのは私の祖父よ。ルーガント家に仕事を取られて、事業が立ち行かなくなった。祖父母だけじゃない、両親もだいぶ苦しんだ。底辺の暮らしを強いられている時に、ルーガント家の会長であるギレットが現れた。両親を自分の会社に入れ、私をイベルグのメイドにしたの。その時に「これはチャンスだ」と思った。ルーガント家に入れたのだ、復讐しないでなにをするんだって」
「祖父母はどうしたんだ?」
「そんなの、会社が潰れて一ヶ月もしない内に首を吊ったわ。優しかった。温かかった。そんな祖父母を奪ったのはギレット=ルーガントなのよ」
「なるほど。私怨ってやつだな。んで孫であるイベルグを狙うなんて卑怯も卑怯だ」
「私怨でなにが悪いの? 卑怯でなにが悪いの? 私はルーガント家に復讐できればそれでいい。でもアナタが現れていろんなことが狂った。せっかく魔導書も盗んだのに……!」
「そりゃ悪かったな。個人的には肩透かしだが、魔女に借りを作っておくのも悪くはねーな。つっても本格的な捜査が始めればわかることだけどな」
「黙りなさい。もしも警察に追われたら逃げればいいだけの話よ」
「警察でダメなら魔女が出て来る」
「魔導書があればなんでもできる」
「できるわけねーだろ。魔女だって魔導書を持ってるんだ。それに魔女には俺みたいな子飼いもいるんだよ」
「子飼い? 式守ではなく?」
「式守にはなってない。が、西の魔女ツーヴェルは俺の師匠だ。だからこそ俺がここにいる。西の魔女が知り合いってことは、北の魔女とも知り合いなわけだ。なにか事件が起きた場合、最初から魔女が出向くことは少ない。まずは警察と魔女の式守が奔走する。それが魔女と警察の常識みたいなもんだ。俺は式守じゃないが、そういうこともさせられるんだな」
「じゃあアナタの他にも動いてる人間がいるのね」
「いる、でも言うつもりはない。っと、そろそろ時間だな」
「時間……?」
その直後、三人の人影が俺の前に降り立った。
「紹介しよう。俺の魔導書たちだ」
「アナタ、魔操師だったの?」
「お前よりも格は上だぞ。三冊だからな」
メーメに足を踏まれた。
「三人、よ」
「はいはい、三人三人。んじゃ、犯人確保といきますか」
お喋りな女で助かったよ。相手によっちゃ時間稼ぎも楽じゃないからな。
「やれるものならやってみなさいよ! タルタロッサ!」
レプリカが突っ込んでくるのとアネラが叫ぶのは同時だった。彼女はタルタロッサを出現させ、レプリカと同時に突っ込ませてくる。タルタロッサは非常に品のある顔立ちをしている。淡い紫色の髪の毛は少しだけウェーブがかかっている。面持ちは非常に優しく、目は細くて糸目と言っていいだろう。ふんわりとした印象を受けるが、今は主人の影響か怖い表情をしている。
「魔導書はメーメ! 他の二人はヘリオード!」
「「「了解!」」」
グラウンドに現れたヘリオードは、ナディアの魔導書によって屠られた。ナディアは「ヘリオードが溶けた蒸発した」と言ったが、正解であり間違いだ。溶けたわけじゃなく、最初から溶けていたのだ。だから蒸発がいようなほどに速かった。そう、おそらくヘリオードはあの魔導書が作り出した水の人形なのだ。
「それなら話は簡単だろ!」
ヘリオードのレプリカは俺を追ってくる。何度か鍔迫り合いにはなるが、その攻撃全てが繊細さを欠いている。力は強力だけれど、ただそれだけと言えばそれだけの話だ。
それに、俺の魔導書たちは優秀だ。
レプリカはすぐに追ってこなくなった。ルルとアンが相手をしてくれているんだろう。相手が水ならば風属性のアンが有利に立ち回れるだろう。
「おらよ!」
アネラへと駆け寄って下段から剣を振り上げる。
「動きが雑ね! 弟子のくせに!」
避けられて、左フックが腹に刺さった。肺の空気が少しだけ漏れる。
しかし、ここで退くほど俺もやわじゃない。痛いことは痛いが、まあ痛いだけだ。悶絶して倒れたり、激痛で腹を押さえるほどじゃない。
左手を伸ばして腕を掴もうとするが、これもまた簡単に回避されてしまった。才能がないのかと心配になる。
いやいや、俺はまだ本気を出していないだけだ。
懐に入られた。身体をねじ込み軽くタックル。それからサマーソルトキック。顔を逸らして避ける。が、今度は足を振り回されたために吹き飛ばされた。
「くそめんどくせーヤツだな……」
ヴェルはどっちかっつーと相手の攻撃を受けてぶちかますタイプだった。だから俺はこうやって避けてカウンターを決めてくる相手が苦手なんだ。もっとバランスよく教えて欲しかった。
それなら戦い方を変えよう。




