二話
メーメはそれを拾い上げ、何度か優しく叩いて埃を落とした。
「はいこれ。契約するんでしょ?」
そして俺に手渡してくる。
左手の平を上にして魔導書を乗せる。その上から右手をかぶせ、少しだけ魔力を注ぎ込んだ。
「我が名はロウファン。従属の試練を賜りたい」
俺がそういえば、本が光ってアンクレスカが現れた。が、彼女は半透明で質量はない。
「我が名はアンクレスカ。従属の試練はファイブトゥワンなり。生死を賭す覚悟はあるか?」
先ほどとは違う口調で彼女が言う。
「承服した。主従の試練を始めてくれ」
「其方の心、其方の体を持って誓約の証とする。武運を祈るぞ、未来の守護者よ」
一層強く光を放ち、俺はぎゅっと目を閉じた。その瞬間、時は止まる。
目を開けると真っ白な空間が広がっていた。ここには何度も来たことがある、驚くことなどあるものか。
白い空間、その中央にはアンクレスカが立っていた。
「まさか、契約を切った瞬間に再度契約を仕掛けてくるなんて。アナタ一体なにがしたいの?」
「呆れ顔で言うなよ。まあ、なにがしたいのかはそのうちわかるさ。さっさと済ませよう」
「慣れてるのね。いいわ、受けて立ちましょう。ファイブトゥワンのルールはわかるわね?」
「ああ、何度かやったことがある」
地面から五枚のカードが出現した。ポピュラーなカードゲームで使うカードと遜色ない大きさで、手のひらを天に向ければ重なって収まる。
このゲームは非常に単純。1から5までの数字が書いてあるカードがお互いに配られる。1は2以上のカードに負け、2は3以上のカードに負ける。つまりはその数字よりも大きな数字が強い。
しかし、5は1にだけ負けるという特性がある。そのため、1をどこで使うかがキモになる。
もう一つルールがあり、一度だけ相手が出すカードを見てからカードを差し替えることが可能。相手のカードを見たターンに勝たないと後がなくなる。
「コール」
五枚のカードを開き、彼女の声を合図に二人はカードを出した。出したカードは宙に漂い、現実との差を感じさせた。魔導術で物を浮かせることはできるが、どんな小さな物であっても魔力の消費が激しいのだ。
「ジャッジ」
同時にカードをめくる。
俺が3、アンクレスカが2だ。
「まあ最初はこんなところね」
「最初は完全な運だからな。これからが勝負だ」
「コール」
また一枚カードを出す。ここで読み間違えると、どんどんとドツボにハマってしまう。
「ジャッジ」
俺が2、彼女が4だ。
これは負けだがただの負けではない。非常に面倒なことになった、と心からそう思う。
ここで5を出す勇気はない。結局は5で他のカードをねじ伏せる風を装い、1で最強の5を刺すのが勝ちへの近道だ。俺が5を出すことをためらっているとわかっているから、4を出して他のカードを牽制しに来たのだ。
「コール」
勝負を動かすならここしかない。アンクレスカの4が俺の2を刺してくれたので、試合自体は俺の方に分があるか。俺の残りが145、アンクレスカが135。3は4と5で牽制できるが、俺も彼女もまだ1を使っていない。1は5にしか勝てないため、相手の思考を読む必要がある。
一枚のカードを伏せ、手を引っ込めた。
「チェンジを使うわ。カードを開いて」
三戦目でチェンジを使うのは非常に正しい判断と言える。一勝一敗のため、二勝目が上げられればかなり有利に展開できるだろう。
彼女は俺が出した5のカードを見てから自分の手札を入れ替えた。
チェンジのあと、もう一度カードが伏せられる。
「ジャッジ」
俺が5で彼女が1。当たり前の結果だ。
俺の残りは14、彼女が35。この時点で俺の勝ちだ。俺がチェンジを使い、相手が3の場合は4を、5の場合は1を出せばいい。
だがなんだ、彼女の自信満々の顔は。
「コール」
二枚のカードを手で隠し、丁寧にシャッフルしてから場に出した。それはアンクレスカも一緒だった。
「チェンジだ」
彼女が自分のカードをめくった。カードは3、俺は手札を入れ替えなかった。その必要がなかったからだ。
彼女のカードが伏せられた。
「ジャッジ」
めくられたカードは、こちらが1、相手が5だった。
「な……! そんな馬鹿な!」
「俺の勝ちだ」
カードを持っていた左手の平を相手に向けた。そこには、一枚のカードも残っていない。
「このゲームは知ってるって言ったよな? 魔導書と契約するための試練、というかゲーム。二枚のカードを伏せて置いたとき、チェンジ対象は下のカード。下のカードを相手に見せ、もう一度伏せるときに下のカード、つまり見せたカードを抜き取ることができる。お前はそれを知っているから、3のカードを見せ、俺が4を出すとふんで3のカードを抜き取ったんだ。逆に俺はそのイカサマを知ってたから逆手に取らせてもらった。残念だったな」
彼女の手から一枚のカードが落ちた。表になったカードには3の数字が書かれていた。
「ほら、4だ。見るまでもないけどな」
悔しそうに下唇を噛むアンクレスカ。だが、そんなんだからゲレンにも負けたんだろう。ゲレンとの試練がファイブトゥワンかどうかは知らないが。
魔導書との試練はその都度違うため、前の魔操師とどんな勝負をしたかはわからない。まあ、あとでアンクレスカに聞けばいいだけだが。
地面から、白い光の粒が浮かんでくる。粒というよりも大きな泡か。
「よろしく頼むぞ、アン」
涙をこらえる彼女に右手を差し出す。
「な、なによ! 馴れ馴れしくしないで!」
「これから俺が主人なんだ。仲良くやろうぜ。ゲレンよりは有意義な生活をさせてやれると思うぞ」
「ふ、ふん!」
バシッと、右手が握られた。はたき落とされるかと思ったが意外に律儀なヤツなのかもしれない。
白い泡に包まれて、俺は元の世界に帰っていく。目の前にいるアンは心なしか笑顔だった。




