十九話
町を抜け、やたらと長い街道をとにかく走った。途中でメーメは置いてきた。アンとルルを回収してもらうためだ。
町の中でミスリル製の剣を一本、ミスリル製のガントレットとグリーブを一対、ミスリル製の小さな盾を一つ。結構な額だったが、こういう時のために現金を多めに持ち歩いているのだ。消費した分はナディアにでも請求すればいい。
買って即座に装着。また走り出した。左手に盾をくくりつけ、剣は左の腰に携えた。
大きな屋敷が見えてきた。そろそろ町からも遠ざかったことだ、魔導術を使っても大丈夫だろう。人が多いところで使ったら、後でヴェルからなに言われるかわかったもんじゃない。デカイ騒ぎにもなっていないし、一応後先考えながら行動するべきだと思う。
身体強化、風属性付与。地面を強く踏み込み、ただひたすらに足を動かし続けた。
屋敷に到着してドアを叩く。すぐに執事のオッサンが出てきた。
「はいはい、なんの御用でしょうか。その制服、イベルグ様のご学友ですかな?」
「話が早くて助かる。ロウファン=ブラックが来たと伝えてくれ」
「わかりました、それでは――」
「我が友ロウファンではないかー!」
突然大声がしたと思ったら、執事を押しのけてイベルグが俺の目の前に走り込んできた。どんだけ嬉しいんだよ。それだけ友人がいなかったんだと思うが、俺も別に友人になったわけじゃない。そこだけは注意が必要だ。
「お前の共になった覚えはない。それよりもアネラはどこだ。アイツはお前専属のメイドだったよな。ならこの屋敷にいるんだろ?」
「アネラは教師に呼ばれたと言って学校に残っている。もうすぐ帰ってくると思うのだが、よかったら中で茶などどうだ?」
「んなことをしてる時間はない。お前、魔導術はどれだけ使える?」
「基本も応用も一通り、中級までなら使えるが」
「いざとなったら一発くらいは耐えられるな」
そこで、大きな魔導力が近付いてくるのを感知した。
「来たぞ。いや、いいタイミングだ。むしろ狙ってたのかってくらいだな。身体を強化して身を守れ」
「一体なんだというんだ、ちゃんと説明してくれ」
「説明してる時間はない。だが、お前の命が狙われることは間違いない。だから今すぐに身体を強化して障壁を張れ。属性は火属性以外だ」
「よくわからないけど、わかった」
そう言いながら、ヤツは懐から一枚の札を取り出した。その札には、あの時の剣に刻まれていたものと同じような文様が書かれていた。
「おまっ! やめろ! それを使うな!」
暴力的なまでの魔力がこちらに向かってくる。魔力の塊、ヘリオード=エイクス。の、レプリカ。
「くそっ!」
最初に言っておくべきだった。
イベルグから札を奪い取ってその場で燃やした。紙自体は普通の紙らしいので、炎属性でちょっと炙れば簡単に黒くなった。
屋敷の入り口から離れる。すぐに目視できるようになり、気がつけば数メートル先まで接近していた。
ヘリオードが剣を振りかぶり、そして振り下ろした。こちらも剣を抜いて応戦する。ギチギチと耳障りな金属音が数秒。後にヤツを追い払う。
ヤツは空中で二度三度と回転してから着地した。野生動物のように四つん這いになってこちらを伺っている。
「どうしたよ、こないのか。それともターゲットを見失ったか? 主人の命令がないから動かないのか? そうだよな、お前には意思がない。人喰い勇者という現象を模して造られた物。殺人をさせるために造られただけのただの人形なんだからな。そうだろ、アネラ=レキッド!」
周囲の空気が一瞬にして変わった。濃い魔法力に包まれているような感覚。これに似た感覚を何度か体験したことがある。そうこれは、魔導書と契約する時の空気と似ている。
屋敷をぐるりと囲う木の一本から、一人の少女が姿を現した。
「なぜ、私だと?」
「いろいろ言いたいことはある。だがまずは事実関係をはっきりさせておきたい。魔導書を盗んだのはお前だな」
「さあ、どうでしょう」
「ヘリオードを操っているのもお前だ」
「なんのことかわかりませんね」
「学校の障壁はヘリオードによって壊されたわけじゃない。障壁は最初からなかったんだ。偽装した別の障壁が誰かによって造られていた。水の、障壁が」
「別の誰か?」
「魔導書を持っているなら当然魔法少女だ。だからあそこだけ地面の色が違ったんだ。ここ数日雨は降っていない。じゃあなんで土が濡れて色が違うんだ。それはあそこに水に関係したなにかがあったって証拠だろ。それと、お前がイベルグに渡した短剣、そして文様を書いた札。あれはルーガント家に伝わる物だと言ったが、あれは本当だな。文様だけなら、な」
「それはどういう意味?」
「結局、同じ文字ではあるが内容、つまり効果が違うんだよ。イベルグから短剣を奪った時に違和感があった。身体の強化とか皮膚の保護だとか、そういうんならあんな違和感はないはずなんだ。あれは完全に異物だ。身体を守る術ではない」
「じゃあなんだと言うの? アナタの話は仮説ばかり、物的証拠が何一つとしてない」
「まあ聞けよ。あの文様は主人の魔力を少しずつ搾取するものだ。本当に少しだけ。ではなぜ搾取するのか。それは魔力を放出するためだ。ここに目標があるんだぞと、それをヘリオードに教えるための魔導術なんだ」
「言いたいことはよーくわかった。で、証拠は?」
「おいイベルグ、それと執事のじーさんはいるか?」
「あ、ああ、一応ここにいるぞ」
「ワタクシもここに」
「さっきの札はまだあるか?」
「ここにまだ三枚あるぞ」
「それはアネラが?」
「そうだが」
「わかった。次はじーさんだ、アンタもルーガント家の加護を使えるのか?」
「はい使えますよ」
「じゃあその札が本物の加護なのかの見極めも?」
「できますよ。坊ちゃま、札を」
「あ、ああ」
イベルグから執事に札が手渡される。札に視線を落として、その札を両手で包んだ執事。そしてすぐに顔を上げた。
「これは、この札には加護がありません。誰かを守る力など存在しませんよ。あるのは魔力を吸い上げるタイプの呪詛です。とても弱いので学生ではわからないでしょう」
「じーさん博識だな」
「これでもルーガント家で魔導学を教えていますので、これくらいの解析なら瞬時に可能です」
「なるほど、アンタがいてくれて助かったよ」
もう一度アネラの方に身体を向ける。
「これが物的証拠以外のなんだって? お前がルーガント家に忠誠を誓っていない証拠で、ヘリオードを操っていた証拠でもある」
物的証拠云々はここに来てから考えたんだがそれは言わないでおこう。台無しになる。まあここにくればなにかあるとは思っていたのでチャラだな。うん。