五十八話
スリエルが口端を上げて妖艶に微笑んだ。
「お前、適応できてないな?」
気づかれても仕方がないし、気づかれたところでどうということもない。
「だからなんだ。というか適応できないのは仕方ないだろ」
「確かにお前には黒の一族の血しか流れていない。適応できないのは当たり前だ。しかしこれは異常だぞ。多少使っただけで出血とはな」
「無理をしなきゃいけない場面なんでな」
「そうかそうか、無理をしてるのか。それならばこのまま戦い続けたら私が勝つな」
「さあどうかな」
思わず笑みがこぼれてしまう。当然ではあるが、俺を見てスリエルは不機嫌そうに眉根を寄せた。
「お前、わかってないんだな」
「なんの話だ」
「俺は一対一でお前に勝てるとは最初から思っていない。しかしこうやって一対一を無理矢理作り出した」
「大魔導書の贋作を入手したから一対一になったわけではない、と」
「そんなことするわけないだろ。自分の力量くらいわかってる」
「じゃあなんでそんなこと……」
それを考えさせるほど俺は甘くない。
「アイリスプリズン」
紫色の電撃の檻でスリエルを囲んだ。
「ローズストライク」
赤の大魔導書を起動。右手を突き出して赤色のアンカーを打ち込んだ。
ここで不思議なことが起きた。
スリエルがアイリスプリズンを破って後退したのだ。後退したことはいい。だがアイリスプリズンを破ったことは納得できない。
「その顔が見たかった」
黒い衝撃波が放たれる。青の大魔導書で防ぐが、衝撃波の数が尋常ではない。
緑の大魔導書を発動させて素早く移動する。基本的に魔導術を発動させてから起動するまでが異常に早く、だからこそスリエルと戦えている部分がある。これが普通の魔導術であったのならば瞬殺だ。
「私だっていつまでも大魔導書が天敵というわけにはいかないんだよ」
黒い衝撃波は青の大魔導書で作り上げた障壁、結界、盾をぶち破って飛んでくる。一撃で破壊されないだけまだ良いが、基本的な魔導量が俺とは比にならず、手数で来られると対処のしようがない。
「大魔導書であっても強大な魔導力の前ではただの魔導術だ。大魔導書を上回るほどの魔導力となれば、私であれば可能になる」
「そんな馬鹿なこと……」
「そんな馬鹿なことが今起きている。目の前にある事象から目をそらすな。それは負けを認めたのと同意義だぞ」
巨大な氷の針、黒い衝撃波、高速の光線、炎の鞭。そんな攻撃を防御と回避で凌ぎ続ける。
「いつまで逃げ続けるつもりだ。お前は自分から死地に飛び込んできたんだぞ。私を倒すためにこういう状況を作り出した。いくら贋作とはいえ、大魔導書を手に入れた人間の傲慢だ」
「かもしれないな」
まだか。その気持ちがこみ上げてくる。このままでは俺の体が限界を迎えてしまう。魔女四人で相手にならない相手だ。俺になんとかできるわけがない。そもそもこのスリエルという元魔女は先代四人の魔女と大魔導書七つで封印に成功した。大魔導書の贋作しかもたない俺が相手になるわけがないのだ。
ある一定の条件が揃わない限りは、だが。
「妙に聞き分けがいいな」
一向に止む気配がない攻撃の雨。
だが少しずつだがスリエルの魔力が弱くなってきているのを感じる。少しずつ、少しずつ。まだ目には見えないが、きっとそれは、すぐに目に見える形で現れる。
そしてようやくその時がやってきた。
「なんだ……?」
今までこちらの障壁は黒い衝撃波三発で壊されていた。それが四発でないければ破壊されなくなった。これがどういうことかがわからないような女ではない。