五十話
なにをするかと思ったが、トロストライデは俺の手に自分の手を重ねて握ってきた。小さい、けれど温かかった。
「なんだよこれ」
「本来、私の力を使えるかどうかを判断するのが試練だ。しかしこの方法では試練は必要ない。となればお前に資格があるかどうかを判断することは不可能だ」
「じゃあなにか? お前の力を使ったとたんに俺が死ぬとかそういうこともあり得るのか?」
「さすがにそこまでじゃない。だが、そのままであればその可能性もゼロとは言えない。そのためにアップグレードする必要がある」
「俺の体をか?」
「お前の体と私の性質だ」
「よくわからないが」
「ようするに、私の能力に対する順応性をお前に与え、お前の体に対する適応力を私が持つということだ。こうやってお前のことを知ることで、私の方がお前に合わせるという方が正しいのかもしれないな」
「手を握ったくらいでそんなことができるのか?」
「普通の魔導書であればこんなことはできない。しかし私のような大魔導書にはそういった機能がある。魔導書が自分の中の記述を書き換えることで主人に合わせるという機能がな」
「大魔導書を書き換えるって、そんなことしたら大魔導書としての価値が下がりそうなもんだがな」
「書き換えることなどできるわけないだろう。だからこその写本、だからこその贋作だ。まあつまり大魔導書本体にその機能はないということだな」
「贋作を作る際に書き換えるってことか?」
「そういうことだ。大魔導書そのものを書き換えることはできなくても、贋作を作る際にその情報を魔導書に書き込むことはできるということだ。それにはお前という人間の情報が必要になる」
「それで両手にぎにぎってか。平和なもんだな」
「誰でもそうだが、基本的に魔導術を使うのは手の平からだ。魔導書を持つのも手だ。手というのは魔導師、魔操師のことを知るには非常にわかりやすい部分といってもいい」
言われてみればそうだ。なんだかんだと手を介して魔導術を使うことはかなり多い。九割は手を使うだろう。
「で、これはいつ終わるんだ?」
「なんだ、恥ずかしいのか? いい年して女の子に手を握られるのが恥ずかしいとは以外とシャイなんだな」
「いや、早く戻りたいんだが」
「中と外では時間の流れが異なる。急がなくても問題はない」
「わかっていても気が急くもんだ」
その瞬間、手の平にビリっと電気のようなものが走った。
「なんだよ今の」
「アップグレードするのは私だけじゃないと言ったろ。お前の方も私に適応できるようにした。なにせお前は黄の一族ではないんだからな」
「大魔導書の魔導術を使えるようにしてくれたのか?」
「100%ではないがな。よくて50%だが、スリエルを封印するのには50%もあれば十分だ」
「封印じゃダメだ。ここで終わらせる」
「あの化け物を殺そうっていうのか? どうかしてるぞ」
「どうかしてるのはお前の方だ。そう何度も繰り返してたまるか。面倒ごとはここで終わらせる」
「お前の言うことはよくわかる。しかしだ、過去の戦闘で封印しかできなかったんだぞ。魔女も弱くなった、大魔導書を扱う者も減った。確実に過去よりも戦力が低いんだ。完全消滅など不可能だぞ」
「本当に不可能か? 俺が考えるに、今のスリエルは全盛期よりも遥かに弱くなっている」
「どうしてそう思うんだ?」
「全盛期ほどの力があれば、俺たちなど今頃は塵芥になっていてもおかしくないからだ。スリエルが俺たちを殺さないのには理由がある。いや、殺せないという方が正しい。少しずつ戦力を削ぐような戦い方をし、かつクローンたちを殺して魔力を得ようとしている。俺の考えは間違いないと思っている」
「本気で勝てると思ってるのか?」
「勝てる勝てないはやってみなければわからない。それに、やってみなければそもそも可能性すらないからな」
トロストライデは俺の手を離した。そして腕を組み「うーん」としばらくの間唸っていた。
数分後、ため息をつきながら腕を解いた。
「もう一度手を出せ」
「今度はなにをする気だ?」
「無理矢理だが、リミッターを解除する力をくれてやる。しかし長時間は持たないし回数制限もある。おそらく二回が限度だろう」
「リミッターを解除すればどうなる?」
「概ね80%程度の能力を使えるようになる。であれば、封印ではなく討伐までいかれる可能性が高い。まあ、確実ではないがな」
トロストライデが再度俺の手を取った。
「だが覚悟しておけよ」
「死ぬ覚悟か?」
「首を切られて即死するのと、拷問によって死んでいくのでは死の質が異なる。大魔導書の暴走による死というのは後者に近い。だから覚悟しろ。同時に無理をするな」
「それは俺だけでどうにかなる問題じゃない。他のやつらが有能なら、俺は無理をしなくても済むわけだしな」
「まあ、こっちの覚悟はしなくてもいいか」
「こっち?」
次の瞬間、体中に暑さと寒さと痺れが流れ込んできた。頭の中心部ではゴリゴリとなにかが蠢き、耳の中では甲高い音が大音量で響いていた。
「あとはお前次第だ」
そんな言葉を最後に俺の意識が遮断された。もしも次に会った時は絶対に一発ぶん殴ってやろう。そんなことを思いながら目を閉じた。