十八話
降りてきた階段を登って屋上へ。ドアを開けると、正面の手すりに体重を預けたナディアがいた。
「どうしたの、こんなところに」
俺たちに気付いて振り向いた。
「アンタを探していた。事件の直後の話がしたい」
「直後?」
「アンタが屋上に上がってヘリオードを狙撃するまでの間のことだ。森の方でなにか変化はなかったか?」
ナディアは顎に指を当ててから俯いた。
「変化はあった。うちの学校を囲う魔法障壁は、一度割られると瞬時には再生できない。異常を感知して、発生装置である柱が障壁の発生を一時的に拒否するんだ。こっちに来い」
そう促され、俺とメーメが横に並ぶ。
「ここから柱が見えるだろう? 柱の最上部が今は緑色に光っている。あの状態が「障壁を張っている状態」だ。そして「発生を拒否している状態」はあそこが赤くなる。私がここに立った瞬間、電源自体が切れていたようにも見えた。つまり光がまったくついていない状態だな」
「一瞬だけ?」
「結局のところ、私は魔法障壁が割られた音を聞いてから屋上に上がった。もしかしたら私が屋上に上がるまでの間も電源が入っていなかったのかもしれない」
「重ねて訊きたいんだが、あれと同じ大きさでありながらもめちゃくちゃ強度が弱い障壁を作ろうとした場合、どれくらいの知識と魔力があればできると思う?」
「あれと同じ大きさでとなると、まあ真面目に勉強をしている学生であれば問題なくできるだろう。ただし、勉強しているかつ魔力はそこそこに必要だ。純粋に大きな物を作るわけだし、強度を弱くするために障壁を薄くするという技術が必要になる」
「そこまで薄くしようと思わなくてもいいのならば、学生でも難なくできそうだな。ようはヘリオードが力を使わずに割れればいい」
「お前はこう言いたいのか。障壁が、あの時だけ偽装されていたのだと」
「そうなれば状況が変わってくるだろ。猛スピードで突っ込んで来る必要も、障壁を破る必要もない。障壁近くに出現して、分厚い障壁を壊して侵入した、ように見せればいい」
「じゃあそんなことをした理由は?」
「理由、理由か。アイツは一直線に俺に向かってきたんだから、俺を狙ったんだと思うの、が……」
本当にそうだろうか。そうだとすればなぜ俺を狙うんだ。俺がヘリオードを追っているからか。逆に追っていると知っているのならばヘリオードを出現させない方がいいだろうし、出現させるにしても学校じゃなく町とかでもいいわけだ。
「俺じゃないんじゃねーか?」
「狙いが別にある、と」
俺の後ろにはなにがあった。俺に直接攻撃してくる理由はなんだ。
「もう一つ訊きたい。俺が来るまでの間にヘリオードが出現したことはあるか?」
「いやないな。ヘリオードどころか、盗まれた魔導書が使われた痕跡もない。非常に穏やか、のはずなんだがな」
「魔導書が使われた痕跡ってのは、例えば川が氾濫しただとか、水の球体が空気中に出現しただとかそういうことを言いたいんだよな?」
「ああ、タルタロッサは水の魔導書だからな」
「でもあれは水属性の魔導書というだけじゃなく、魔導書そのものを魔力のタンクとして使うこともできる。そうか、なんとなくわかったぞ」
メーメの手を取って塔屋に向かう。が、一度立ち止まって振り返った。
「最後に訊いておきたい。障壁の発生装置はあそこだが、あれは遠隔操作でオンオフを切り替えているんじゃないか?」
「ああそうだ。校舎と訓練場の間にある。だがその鍵を持っているのは職員だけだ」
「おーけー、ありがとう。それだけわかればいい」
後ろで「なにがわかったのだ!」とナディアが言っているがそれどころじゃない。
「ちょっと、どこに行くつもりなのよ」
「できるだけ早くした方がいい。手遅れになる前にな」
「説明してほしいのだけれど……」
階段を降りて教室へ。中を見渡すが目的の人物はいない。まだ残っている生徒に聞くと、数分前に帰ったとの話だ。
更に階段を降りて一階へ。下駄箱を開くと、その人物の靴はなかった。
「くそっ、遅かったか」
「話を聞きなさい。なにがわかったの?」
「ヘリオードが急に現れた理由と魔導書の盗難が繋がった。同時にヘリオードが本当は誰を狙っていたのかってのもわかった。話は移動中にしてやる」
校舎を離れて早足になった。そしてそれが駆け足になるまでに時間はかからなかった。
まだ不確実なことは多いし、考えなきゃいけないこともある。しかもこれといった証拠もない。が、この仮説が正しいのであれば見過ごすことはできない。別に容疑者を捕まえようってわけではない。容疑者が狙っているであろう人間を守るだけだ。
戦うことばかりをしてきた俺が人の命を守るだなんてな。苦手だが、やるしかなさそうだ。