四十七話
それからは完全に真似ることはやめた。必要な部分だけを真似、自分の動きに取り入れるようにしたのだ。
何度も繰り返される断続的な攻撃の数々。固まっていても始まらないが、無理に攻めても勝機はない。それでも、諦めなければ相手の攻撃に穴を空けることはできるはずだ。それこそが、ヴォルフに最も教えられたことだ。
そして、その時がやってきた。
勝ちを確信するようなヴォルフの笑み。それこそが反撃の狼煙であった。
強烈で素早い突きを剣の腹で受け止める。今までであればその勢いを横に逃してカウンターを狙っていた。
ヴォルフはウィロウのことをよく見ている。よく見てきた。よく教え、よく面倒を見てきた。だからこそウィロウがどうしたいのかは、ウィロウよりもむしろヴォルフの方が理解している。
だが、今は違う。
ウィロウは今でもヴォルフを追いかけている。それは彼を追いかけたい気持ちがあるからだ。だから、受け止めた剣はその場で受け止める。
右足を後ろにしてその場に踏みとどまった。肩にグッと力を込め、そのまま相手の剣を上に打ち上げた。
「こうだろう!」
一瞬、剣が舞い上がる際にヴォルフの顔が隠れた。しかし、隠れる前も後も、ヴォルフの顔は「信じられない物を見た」顔をしていた。
この勝負は誰がどう見てもヴォルフの方が勝っている。それでも彼は驚いた顔のままバックステップで後退した。
ウィロウにもこの意味がよくわかっていた。
「逃げるのか!」
前へ。
上から下へと剣を振るう。
ヴォルフはその剣撃をいなす体勢に入った。腰を落とすよりも膝を曲げるというのに近い動作。柔らかな回避動作には「腰を据える」よりも「柔軟な対応する」力が必要とされるからだ。
剣はヴォルフに避けられた。だがそんなことははなからわかっていたことだ。この男に直感的、直情的な行動は通用しない。
だからこそ振るった剣を地面に叩きつけ、その勢いで前に出た。
「そんなことだろうと思っていましたよ」
読まれていた。
それでもいい。本命は、他にある。
「わかっていても止められないさ」
ヴォルフの剣が前に突き出される。このままいけば串刺しであることはウィロウにもわかっている。
わかっているから、向かうのだ。
なんのために剣を振るったのか。
なんのために勢いをつけたのか。
なんのために前進を続けたのか。
なんのために、この体はヴォルフよりも大きく強靭なのか。
「これが答えだ!」
甘んじて受け入れよう。その刃こそが、自分と相手を分かつ刃だ。自ら縁を切ることなどない。相手が勝手に、この縁を断ち切ってくれる。
ヴォルフの剣はウィロウの腹へと吸い込まれていく。肌を切り、肉を裂き、骨を掠め、背中へと抜けていった。
痛みは一瞬で全身を駆け抜けていった。そうでなくてはこの策は上手くいかなかっただろう。
「グフッ……」
ヴォルフが大きく咳き込んで血を吐き出した。
ウィロウの剣もまた、ヴォルフの体に深く突き刺さっていたからだ。ウィロウの剣の方が太く長い。そう、最初から二人は同じ戦い方などできなかったのだ。
ウィロウもまた血を吐き出した。
だが、剣を抜く気はなかった。
今すぐにでも気を失ってしまいたくなる。膝を折り、眠ってしまいたい。痛みと吐き気と息苦しさが脳内を侵食していく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
強く踏み込み、剣を、勢いよく、振り下ろした。
ヴォルフの体がほぼ半分に分断された。かろうじて胸の一部で繋がっているような、そんな状態だった。
ぐちゃりと、ヴォルフの体が地面に落ちた。
「強く、なりましたね」
ヴォルフはなぜか笑っていた。
「お前が思うよりも強くなったろ」
「ええ、とても、強くなりました。そこまで強くなれば、もう迷うことはなさそうですね」
「迷う?」
「ええ、ボクを殺した。それこそがアナタが生きる道だ。アナタがアナタのために使う「法律」である」
「なんだよ法律って、意味が――」
ガクッと、体が崩れ落ちた。目の前が霞んでくる。限界が近いのだと悟った。
「ボクはもう自分を再生する力はない。その剣、なにか細工がされてますね」
ここに来るまでの間にロウファンが剣に魔導術を施していた。大魔導書が持つ、異常を正常に戻す魔導術だとロウファンは言っていた。
「だから、ボクはボクを治すことをやめましょう。アナタに、幸あれ」
目を閉じたヴォルフは、ウィロウに手を向けた。
体の芯から温かくなってくる。傷口の痛みも徐々に薄れていく。
「お前ってやつは……」
目頭が熱くなってくる。それでも涙するのは少し違うのだ。目の前の師は敵になり、自分の目の前に現れたのだ。
だから泣くのは今ではない。すべてが終わったその時だ。そう、決めた。