四十一話
「俺はお前のことを信用してた」
「してた、ということは今は違うということですか?」
「俺がお前を信用していたのは、真に人を救おうとしているように見えたからだ。俺みたいに世間からあぶれたような人間から、酷い目にあって悲惨な人生を送るような人間まで。そんなお前を尊敬してた」
「私は今でも人を救おうとしていますよ?」
「そうだな、お前の中ではそうなのかもしれない」
ウィロウは首を横に振ってため息を吐いた。
「でもそれはお前の傲慢でしかない。他の人間が「それを救いだ」と思わなければ救ったことにはならない」
「それがアナタの答え、ということですか」
「ああそうだ。その救いの手が万人に共通するものじゃないってことを理解できなかった。俺は、そんなお前の背中を守ることなんてできないからな」
「残念ですね。非常に、残念だ」
そうは言っているがどうしてか笑顔を崩さなかった。
違和感と同時に恐怖さえ覚える。信頼されていた人間に拒絶されたのにも関わらずヴォルフは意に介さない。それはつまり、最初からウィロウを信頼していなかったということにはならないだろうか。きっと、ウィロウもそれを感じていたから拒絶したのだ。ウィロウはヴォルフにとってただの駒でしかなかったのだ。
「残念ではありますが問題はありません。ねえ、スリエル」
「ああ、まったく問題ない。というか上手く行き過ぎて興醒めだ」
「上手く行き過ぎてるってどういうことだよ」
口を挟まずにはいられなかった。
間違いなく、今スリエルは追い詰められる寸前のはずだ。魔女に大魔導書の契約者と対峙し、かつ側近たちはすでにヴォルフしかいないのだ。
「この城の上部には魔導砲を設置した。しかし魔女たちに天井が抜かれてしまった今、その砲台はどこにあるんだと思う?」
確かに、スリエルは落ちてきたが砲台はどこにもない。壁面に固定されていたとしても、上を見上げてまったく見当たらないというのは疑問がある。
「答えは簡単だ。その砲台を私が取り込んだからだ。お前たちが城の中で魔導術をたくさん使ってくれたからな」
「俺たちの魔導力を吸い取ってたっていうのか?」
「吸い取っていたという言い方は正しくない。お前たちが使った魔導術、その残滓を吸い上げただけだ。それに階下の方でたくさんの人間が死んだだろう? あれもまた魔導力に変換できた。人間というのはエネルギーに変換すれば人一人の命で街一つくらい消滅させられる。それがあれだけいたんだぞ? それは大層な魔導力になる」
であるならば、スリエルの信者をただ殺すだけで膨大なエネルギーにできるはずだ。砲台を自分の中に取り込むのだって、信者を殺したエネルギーで事足りた。
では、なぜ俺たちをここに呼んだのか。ヘリオードやオズワルドを使って俺たちをこの城に入れる意味がない。
「どうして、俺たちをここに入れたんだ? 必要がなかったように思える」
「ああ、そんなこともわからないのか。ちょうどお仲間も到着したようだし、ネタを明かしてやってもいいかもしれないな」
背後からいくつもの足音が聞こえてきた。振り返るとアルフィスやロックスたちが八十階に上がってくるところだった。
「待たせたな」
ロックスが疲れたような顔でそう言った。
「大丈夫か?」
「問題ない。ほら、緑の大魔導書だ」
ロックスから手渡された魔導書はずっしりと重かった。いや、重く感じただけなのはよくわかっている。それが命の重みであることも、だ。
「アルフィスは……誰だ、背中の幼女は」
「幼女じゃないわよ!」
やばい、うるさそうなのだ。
「クルーエルだ。一応紫の大魔導書を使える」
「一応じゃなくてちゃんとした契約者よ!」
「わかった。わかったからちょっと黙っててくれ」
という俺の制止など無視し、クルーエルはアルフィスの背中から降りてスリエルの方へと歩み寄っていった。
「ああ、愛しのクルーエル。敵に潜り込んで内情でも探っていたのか?」
クルーエルはグッと拳を握り込んだ。
「ママは、私を愛してた?」
「当然だ。私の愛はお前だけのものだ」
「なのに、ハーシュを私の中に入れたの?」
それを聞いたスリエルは目を閉じで鼻で笑った。それが妙に鼻につく。母からの愛を望んでいる子供を笑ったのだ。きっと不快に思ったのは俺だけじゃないはずだ。
クルーエルの肩は小さく震えていた。スリエルの笑みの意味をわかっているのだ。
「だって、お前は弱いもの」
「私のことはいらなかった?」
「いらないとは言ってない。必要に決まっているだろう? 貴重な、紫の一族なんだから」
クルーエルは今にも泣きそうだった。
きっと彼女はスリエルの本当の娘ではないだろう。本当の娘であれば強大な魔力があっておかしくはないし、自分の魂を入れる器としては最もふさわしい。そんなクルーエルを手放すようなことをするとは到底思えない。