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魔導書はかく語りき  作者: 絢野悠
《魔法少女と人喰い勇者》
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十七話

 廊下にいる生徒たちの間をすり抜けた。階段を登って屋上へ。


 ドアを開けて確認する。視界には誰もいない、魔力を探知しても人気はなさそうだ。


「私に話って、一体なんでしょうか」

 振り向くと、彼女は居心地悪そうにしている。俺と目を合わせようとはせず、スカートの裾をぎこちなく弄んでいた。まあ当然だろうな、いきなり友人でもないヤツに呼び出されたら。


「そうだな、いきなりだが本題に入ろう。お前がイベルグに渡したあの短剣、あれには何かしらの文様が刻まれていた。でも事件の後でみたらその文様がなくなっていたんだ。短剣に刻まれていたあれはなんだ? お前がやったのか?」

「ええ、そうですが……」

「ここに呼んだのはあの文様の意味が知りたかったからだ。もしかして答えられない理由でもあるか?」

「と、特に隠すようなことはありません。あれはルーガント家に仕える者ならば誰でも扱える代物です。ルーガント家に仕える時に教わるので」

「ルーガント家? どこの家だよ、それ」

「ええっと、イベルグ様のことなのですが……」

「アイツ、イベルグ=ルーガントって言うのか」

「たぶん最初に自己紹介していたと思いますよ? 覚えていませんか?」

「いやまったく。で、あの文様の意味は?」

「イベルグ様の件についてはスルーしてもいいんでしょうか……」

「いいから次の質問いってみよう。はい、回答は?」

「あの文様は、持ち主の皮膚の上に膜を張ります。免疫力の上昇、呪いの類を緩和、小さなキズから身を守ったり、少しだけ身体強化をしてくれます。これはルーガント家の人間が息災であるようにと、メイド長から教わったものです」

「複合魔法を紋章術に書き起こしたものか。他にもあるのか?」

「いいえ、教わった紋章術はあれだけです」

「なるほど、な」


 紋章術。それは魔法を文字の中に閉じ込めたものである。自動発動であったり、その文様を読み上げた場合に発動したりと様々だ。だが物質に魔法を付与して維持するのにはそれなりの修練が必要とされる。ちゃんと扱うにはたくさんの時間が必要なのだが、強力な魔力を紋章術に転換するのには魔女クラスの魔力と技術を要する。つまり長い時間を修練に費やしても得られる恩恵が少ないため、今となっては使う者がかなり少ない。メリットがあるとすれば、本人でなくてもその魔法を行使できるようになることだろう。


「あの複合魔法、私たちは加護と呼んでいますが、あれはルーガント家が長い月日をかけて編み出したものなので、ルーガント家に従事している者でなければ知り得ません。ロウファン様が知らないのも仕方ないと思いますよ」

「よくわかった。だがロウファン様はやめろ。「さん」とか「くん」にしてくれ」

「でもイベルグ様のご学友なので粗相はできません」

「友人じゃねーから……と言ってもきかなそうだな。もうロウファン様でいいわ」

「ありがとうございます。要件はそれだけでしょうか?」

「ああ、ありがとうな。教室に戻るか」

「はい、お供します」

「そういうのいいから、ホント」


 まだメーメの方がましだ。そう思ってしまうくらいにはこういう対応が苦手である。性格もあるんだろうが、行儀よくされると対処の方法がわからない。ドレスコードで食事に行くとかそういうのはいい。個人同士の会話でやられるのが嫌なのだ。


 教室に戻るとちょうどチャイムが鳴った。俺もアネラも席につく。前の方からこちらに振り返り、なぜか涙目になっているイベルグは無視しておいた。あの二人組はどっちも苦手だ。


 授業中もずっとヘリオードのことを考えていた。昼飯を食っていてもそれは変わらず、午後の授業も耳には入らなかった。まあ、聞いてなくても問題はないからいいだろう。


 剣に刻まれた文様がなにかの鍵になるかと思ったが、思ったより大した紋章術でもなかった。いや違うな、聞く前からわかっていた。確かに最初はアネラがなにかをしたのでは、と考えたこともあった。だが数日生徒としてアネラと接し、魔力を隠していたり身分を偽っているような素振りはまったくなかった。俺だって魔女の弟子だ、そう簡単に謀られてなるものか。


 他になにかあるとすれば、やはりあの理事長ってジジイだな。でもそっちは俺よりもナディアに任せた方がいいだろう。


 じゃあなにができるのかと聞かれると少々困る。ヘリオードを操っているやつを追いかけて学生になった。それなのにできることがない。つまりここにいる価値がないのと一緒だ。力ずくで解決しようにも犯人がわからないんじゃ行動が起こせない。


「さて、どうしたもんかな」


 頬杖をついて窓の外を見た。


「なにしてるの? 授業は終わったわよ?」


 突如としてメーメが現れる。俺の頬に鼻先が当たるくらいの至近距離。顔を黒板に向けたら唇同士が触れ合うような距離でもある。


「そこをどけ」

「まずこっちを向きなさい」

「向いたらチッスしてしまうだろ」

「私はいいけど? 許嫁なんだし」

「設定な。早くどけ」

「わかったわ、ワガママな子ね」


 ため息が頬にかかる。耳元で聞こえたため息は妙に艶めかしかった。


「なんで黄昏てたの?」


 俺が正面を向くと、メーメが不思議そうにそう言った。


「黄昏れてたわけじゃない。事件のことを考えてただけだ。授業は終わったんだろ? だったら帰るぞ」

「急に動き出したわね。早く帰ってなにするつもり? ベッドに入るにはまだ早い時間よ?」

「余計なこと言わんでいい」


 カバンを持って立ち上がる。生徒たちが雑談に興じている中で、俺一人だけが帰りを急ぐ。メーメのことは大丈夫だろう。俺が普通に歩いていれば勝手についてくる。


 彼女がすぐに俺に追いつき、二人揃って階段を降りた。一回に足をつけた時、ふとある考えが浮かんできた。


「なあ、メーメ」

「なぁに?」

「あの時、ナディアは校舎の屋上にいたよな」

「ヘリオードが襲来した時ね。ええ、その通りよ」

「アイツは土煙の中で的確にヘリオードを撃ち抜いた。それはたぶん、俺たちから見ると高い土煙も、屋上にいたアイツにとっては背が低い。なら、屋上から校舎の向こうの森も見えたんじゃないか?」

「見えたかもしれないわね」

「でもそれについてはなにも言わなかった。ちょっと話を聞いてみた方がいいな」

「それなら職員室にでも行ってみましょうか」


 一度職員室に顔を出すとナディアは外出していると言われた。どこに行ったのかと聞くと屋上だ、とも言われた。

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