三十七話
ウィロウが動き出せばスライム状の腕が行く手を阻もうとする。しかしこの腕の戦闘力はそこまで高くない。動きは見切った。
問題は本体の攻撃だ。だが策はある。
一気に詰め寄り間合いに入る。当然のようにディーンの拳が飛んでくる。そこに向けて剣を持った右手を突き出した。
それをディーンに両手で掴まれた。
「魔女の腕輪、でしょ?」
バレている。
だが、バレていいのだ。
「だからどうした」
左手で魔導書を取り、ディーンの背後に思い切り投げた。
この状況で魔導書をどうにかしようと思えばウィロウが持つ腕輪の力を抑えきれなくなる。ウィロウをなんとかしようと思えば魔導書を追うことはできない。
「走れ!」
魔導書は魔法少女となり、ディーンの背中からどんどんと離れていく。二手に分かれ、カレティリアは右へ、シュリアロンドは左へ。
「キミというヤツは……!」
「こうされるのが嫌だったんじゃないのか?」
遠距離で攻撃して来なかったのは、自分から後ろに行かせなければいいからだと考えた。ディーンはなにかを守っているはずだ。同時に、そもそも「このディーンが本物であるかどうか」が証明されていないのだ。
核は間違いなく奥にある。そして核を守っているのは魔法少女たち。そう考えれば、ここに魔法少女がいないことも納得できるし、ディーンがここで立ちはだかった理由も説明がつく。
「こうすれば必ず出てくるんだろ」
ウィロウがそう言うと、ディーンはハッとしたように大きく口を開ける。
「出てくるな!」
その言葉よりも前に、三人の魔法少女が奥の出入り口に現れた。
ウィロウの目論見は上手くいった。問題はここからだということもわかっているが、ここまできたのならばあとは自分を信じるしかなかった。
シュリアロンドが強烈な光を放ち、その場にいる者すべての目を眩ました。だがそれを知っているカレッティリアだけは腕で光を遮って目くらましをやり過ごす。
カレッティリアが敵の魔法少女三人へと突撃するのをシュリアロンドがサポートする。
「キミの魔法少女が俺の魔法少女に勝てると思ってのことか?」
こちらはこちらで攻撃を捌かなければいけない。自分が死んでしまっては元も子もないのだ。
「俺は信じてるからな」
口端を上げて言葉を続けた。
「三人の魔法少女をな」
カレッティリアが敵へと突っ込む。当然、シュリアロンドよりも先にカレッティリアを処理しようと動くが、そもそもそれが間違いであることに気がついていない。
視線がカレッティリアに向いた瞬間、シュリアロンドが一冊の魔導書を投げた。大魔導書、レインノーティスであった。
カレッティリア、シュリアロンドという二人の魔法少女を倒すことにしか意識がいっていない。だからこそ、レインノーティスが敵の魔法少女の上空を通過するのに障害はほぼないと言ってよかった。
魔導書から魔法少女へと変わり、出入り口からレインノーティスが出ていった。そして、すぐに顔を出す。
「これ、だよね」
右手には拳大の水晶玉のようなものだった。
「破壊しろ!」
「やめろおおおおおおおおおおおお!」
ディーンがウィロウを無視して魔法少女たちの方へと向かおうとする。だがウィロウがそれを許すはずもない。
二回、三回と剣を横に薙いでディーンの体をバラバラにする。
「俺の勝ちだ」
レインノーティスがディーンの核を上空へと放り、落ちてきたところを回し蹴りで核を砕いた。
敵の魔法少女三人は宿主を失って魔導書へと戻っていく。ディーンは自分の体を元に戻せず、スライム状のままべちゃりと地面に落ちた。
「まだ生きてるのか」
わずかであるが、ピクピクと痙攣しているようだ。
「どう、して……」
喋れることには関心したが、先程の言葉通り説明してやることにした。
「お前は確かに分身よりも強かったよ。でも分身の何十倍も強いかと言われるとそれも違う。間違いなく、分身を作ったことで弱体化してるのはわかった。それに魔女の腕輪のことも知ってる。俺が右腕を出せば魔女の腕輪の力だと思って過剰に反応するだろう。そこで考えた。その隙さえ作れれば、お前の背後に魔導書を投げ込むこともできるだろうなって」
「そんな、確証も、なく」
「確証はない。だが確証がないから動かないのは違う。あのままじゃ消耗戦になるからな。それだけは避けなきゃならなかった。それならば俺が取れる行動なんて多くない。可能性を試す。ただそれだけだ。それにお前なら核をどっかに隠してるだろうなとも思ってたからな。魔法少女がおらず核を隠しているとなれば、魔法少女に核を守らせている可能性が高い。あとは魔法少女の場所がわかればいい」
そのため、この賭けに出るしかなかった。ウィロウ本人が背後に回ろうとすればディーンが追ってくるからだ。
「若い、な」
「どうでもいい。さっさとくたばれ」
ディーンに背を向けて上階へと歩き出した。魔法少女三人が駆け寄ってくる。
最後にもう一度横目でディーンを見た。
「借りは返したぞ」
そういって階段を上った。
前回は酷い負け方をした。しかし今、勝ち方はどうあれ敵を倒したのだ。それは間違いなくウィロウの自信になっていた。
ただ負けたわけではない。勝つために、倒すための負けだったのだ。そう言い聞かせながら三人の魔法少女と共に八十階を目指した。