十六話
朝起きると、当然のように幼女たちが俺の身体にまとわりついていた。
「だーもう、勘弁してくれよ……」
一人、二人、三人と引き剥がして床に足をつける。
「うう……おはようございますぅ……」
腕に足に身体に頭にといろいろ動かしたのに起きたのはルルだけだった。しかも毎回同じ起き方というのがなんとも。
「おはようルル。よく眠れたか?」
「はい、もうばっちりです。今日も一日がんばりましょう」
胸の前で両手を丸めた。そして太陽のような笑顔を向けてくる。起き上がってからテンションが平常に戻るまでが早い。が、この姿を見ると割りとどうでもよくなってくる。
「おはようじょ」
幼女が一人、背中に抱きついてきた。俺の顔の横から自分の顔を出し、ちょうど肩に腕を乗せている状態だ。腕はまっすぐに伸びて、二つのグーにした手が視界に入っている。
まったくと言っていいほど凹凸がない。口には出さないけど。
「おう、おはよう」
「今、失礼なことを考えたわね」
「バカな。俺がそんなこと考えるはずがないだろう?」
「私の胸についてどう思う?」
「鉄板」
「ふんっ」
グーが一瞬にして眼前に来て、避ける暇もなく殴られた。肘を曲げて勢いをつけたのだ。
「いてーなおい! つか離れろよ!」
身を捩らせてメーメを振り落とす。「きゃっ」なんて可愛らしい声を出すが、正直なところ殴られたあとだからあまり可愛いとは思えなかった。
いや、殴られなくても可愛いとは思えないな。
「もう、乱暴な人ね。もっと優しくしてもらえない?」
「イヤな言い方だな。お前が優しくしたら優しくしてやるよ」
「じゃあいいわ」
「そういうところは嫌いじゃないぞ。会話が一瞬で終わる」
「コミュニケーションをとれない男はモテないわよ?」
「別にいいさ。困ったらルルと結婚するから」
「アナタが良くてもルルが嫌がるわ。節度を弁えなさい」
「お前にとって魔導書かどうかとかは関係ないのかよ」
「私たちにだって自我があるし、人権はあるし、生殖機能もある。本気なら別にいいわ」
「諦めなのか。祝福なのか」
「考え方次第、これも美点よ」
「言ってろ」
そんなやりとりとしている最中に着替えたのか、制服姿のアンとルルがベッドから降りた。うん、初等部用の制服は可愛いな。腰に胸にと大きなリボンがついていて本当に可愛い。特にルルが可愛い。
「お前も着替えろ。さっさと飯食って登校だ」
「言われなくてもそうするわよ」
ほぼ同時にパジャマを脱ぎ、素早く制服に着替えた。
「アンタたち、下着姿見られてもなんとも思わないのね」
呆れながらアンが言う。
「コイツと半同棲みたいな生活を続けてそこそこ経つからな。それにコイツは下着姿を見られても、裸を見られても恥ずかしがらない。それならこっちが恥ずかしがる理由もない」
「仲のいいことで」
「なぜちょっと諦め気味なのか」
「つくづくロリコンは面倒くさいな、と思って」
「違います」
コイツはちょいちょい人を蔑むようなセリフを挟んでくるな。そういう部分がアンの味でもあるんだろうが、これは長く付き合っていかないと慣れないだろうな。メーメ以上に辛辣な時があり、どうやって対処すればいいのかを考えないと。
「そういえば、メーメとアンはあんまり仲がいいようには見えないが、アンと契約した時に知り合いみたいな会話してたな」
「あー、あれね。私とメームルファーズは作者が一緒なのよ。作者というか魔導師ね」
「だから面識があったわけか」
「そういうことよ。と言ってもね、いっつもいっつもメームルファーズは私の上に乗っかってくるのよ。イヤになっちゃう」
「魔導書状態の話でしょう? 私じゃなくて作者に言いいなさい」
「その作者って、アルブレヒト=ダールマイアーか」
「そうよ、もういいでしょう? アルブレヒトの話はまた今度してあげるわ」
「何回もそれ言われて一回も説明されてないけどな」
まあいい、メーメが喋らないならアンに聞けばいいか。
制服に着替えた俺たちは食堂で朝食を済ませた。トーストと目玉焼きにコーヒー。うん、簡素でよろしい。
幼女たちに囲まれて登校、アンとルルとは学校の前で別れて俺とメーメは高等部へ。
「へい! 元気してるかいマイフレンド!」
教室に入ってすぐに進路を塞がれた。言わずもがな、クソぼんぼんのイベルグだ。
「元気だが邪魔だ」
有無を言わさず押しのけた。特に話すこともないので自分の席に一直線に向かった。机の横にカバンをかけると、なぜか慌てた様子のイベルグが身振り手振りを交えながら会話を放ってくる。
正直あまり喋りたくはない。というかそもそも学生と仲良くなるつもりもない。余計なことを話してしまう可能性もあれば、こちらの素性がバレる可能性もあるのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! もっと仲良くしようよ!」
「しねーよ。ああ、そうだ、一応用事はあるか」
「本当に?! なんだい? なんだい!」
「いや、お前にじゃねーよ。アネラ=レキッド、お前の話を訊きたい」
イベルグの後ろに控えていた彼女を指差した。
「私……ですか?」
彼女は人差し指と中指で唇を触る。
「そう、お前だ。ちょっと来い」
「ボクは?!」
「お前はいい。頼むからそこにいてくれ。逆についてきたら一生話さない。いいか?」
俺がそういうと、ものすごく悲しそうな顔で泣きそうになっていた。
そんなヤツを置いて、俺とアネラは廊下にでた。ホームルームまではあと二十分ある。話をするには十分だろう。