十七話
セラフラテッドが指を鳴らすと、私の意識は急速に浮上し、気がつけば部屋に寝そべっていました。
「帰ってきたのか」
声がした方に顔を向けると、ファスがイスに座ってお菓子を食べていました。ポリポリ、ポリポリという音が妙にアンニュイに感じられます。
「随分と悠長な……」
身体をお越し、ベッドに腰を下ろしました。時間はそこまで経っていないので、身体が痛くなることもありません。
「ワシは待ってることしかできんからな。なにをしていても変わらんだろう? 例えばヌシが試練に失敗したとしても、命を落とすのはヌシだけだからな」
「言い方、ひどくありませんか?」
「なによりもヌシが失敗するとも思えんからな」
「信じていてくれたのですか?」
「どうせヌシが失敗したらこの世界はそれこそ終わりだ。だったらそわそわしても無駄だからな」
「言い方がひどい……」
それもファスの良さであるとわかっているのですが、こういう時くらいはやはりねぎらって欲しいというが本音です。
「だが、よくやったと言っておこう。生きて帰ってこられたこと、嬉しく思うぞ」
「ありがとう、ファス」
「礼などよい。それよりも、思ったよりずっと展開が早そうだぞ」
「展開?」
ファスが指差した先、窓の外へと視線を向けました。
「あれ、なんですか?」
異質な形をした巨大な城が遠くに見えました。黒と紫が混じり合った禍々しい、城とも塔とも言えないような建造物でした。
「スリエルの城だな。魔力が周囲に広がっているようだ。世界各地に強力な魔獣が出現するのも時間の問題だぞ」
「ゆっくりしてる時間はありませんね」
「そういうことだ。まだ準備は足りないが、行動を起こさねば魔獣に世界を蹂躙されかねない」
「まずはロウたちを探しましょう」
ベッドから立ち上がって準備を済ませます。剣を携え、魔導書をホルダーに収めて部屋を出ました。
階段を降りたところで、魔女四人が屋敷に入ってくるところが見えました。
「試練には合格したみたいだな」
私が出迎えると、ツーヴェル様が声をかけてくださいます。
「お陰様で、これで私も大魔導書の所持者となりました」
「無事でなにより、ロウたちは野暮用で森の方に向かったが、すぐに戻ってくるだろう。私たちはこれから作戦会議なんだが――」
その時、いくつもの甲高い音が鳴り響きます。
「これ、緊急用の魔導通信機か?」
ツーヴェル様以外の魔女たちが一斉に通信機を手に取ります。なにを話し合っているかはわかりませんが、顔色をみるかぎり状況が悪化したと見るのがいいのでしょう。
「まずいわね。世界各地に強い魔獣が出現し始めてるわ」
フォーリア様が真剣な顔でそう言うと、イツカ様とオクトリア様が強くうなずいていました。
「足踏みしてる時間もくれないってわけか。一度管理地域に戻って指示を出した方がいいだろう。レアはこのことをロウたちに伝えてくれ。同時に、一刻も早くスリエルの城へと向かって欲しいとの指示も頼む」
「ツーヴェル様たちはどうなさるおつもりですか?」
「軍部なんかと協力して町を守る。ある程度戦闘態勢が整ったらスリエルの城へ向かう。それまではお前らだけでなんとかして欲しい」
「わかりました。ご武運を」
「お前らもな」
それ以上の挨拶はありませんでした。
私は屋敷を飛び出し、ロウの魔導力を探ります。ですが探るまでもなく、強い魔導力が森の中から立ち上っていました。なにか問題が発生したと考えるのが自然でしょう。
ざわつく胸を抑えながら、私はロウの元へと向かいます。無事でいて欲しい。ただそれだけを考えて脚を動かし続けるのでした。