十三話
魔女たちが遠くを見つめていた。その先にはスリエルが作った黒い球体がある。時間とともに肥大を続けたそれは、町をいくつも飲み込むほどまでに大きく成長していた。
「いつの間にあんなにデカくなったんだ」
球体の大きさを観測しているような暇がなかったためすっかり忘れていた。
「見ろ。球体にヒビが入ってる」
「割れるのか」
「だろうな」
音は聞こえない。けれど球体に入ったヒビは上から下に伸びていく。そして、ガラスが割れるようにして球体が一気に割れた。
はらり、はらりと外壁が地表へと落下していく。誰かの手が加えられているかのように、その外壁は綺麗に取り払われていった。
球体の中には大きく背の高い塔だった。城のようにも見えるが、一直線に上に向かって伸びているわけではない。不格好でアンバランス。上に進んだかと思えば横に伸び、そこから円を描いて反対側の横へと形を変えてからまた上に伸びる。それらがいくつも積み重なって、いつ崩れてもおかしくないような不安を感じさせる構造だった。
「あれがスリエルの城ってわけか」
美的感覚を疑うような形状をしているが、黒と紫が入り混じる不格好なオブジェは、その歪さ故の不安感や恐怖感というものを感じさせる。
「もう迷ってる時間はなさそうだな。スリエスがどんな手を打ってくるかもわからない。いつでも迎撃できるように準備だけはしておけよ」
「言われなくてもそのつもりだ。でも対処してるだけじゃなにも進展しないだろ。いつかは攻めに転じなきゃいけない」
「そのためには白と紫の大魔導書が必要だ。本来は大魔導書がすべて揃って初めてスリエルを倒せるようになる。すでに赤と黄の大魔導書が奪われた今、最低限他の大魔導書くらいは使えるようにしなければ戦うことすらままならない」
「今の状況でそれを待ってる余裕なんてないとは思うがな」
「それでも待たなきゃならない時なんだ。それじゃあ、魔女は式守を警備員として配備してくれ。夜も見張ってもらわなきゃならないからそのつもりでいてくれ」
「夜もって、俺はそんなことまでやるのか?」
「安心しろ。警備には他の式守についてもらう」
「式守ってそんなにいたのか?」
「お前が知らないだけだ。お前はどんなことがあってもいいように自分をもっと鍛えておけ。休息も忘れるなよ」
「難しい注文だな。まあ、善処する」
「またそれか……」
こうして、スリエルとの全面戦争は刻一刻と状況を変えていた。スリエルの従者、それにスリエル教団。戦いたいとは思っていない。が、そうしなければ皆死ぬのだ。それにあっちにはヘリオードがいる。どうやって対峙することになるかはわからないが、きっと次に出会った時こそ俺とヘリオードのどちらかが死ぬ。確証はないが、そんな気がした。
その時、森の中から悲鳴が聞こえてきた。町からは少しばかり離れた位置にあり、なによりも一般人がおいそれと近づくような場所ではない。
「嫌な予感がするな」
「問題が発生した場合、私たち魔女は対応に追われることになるだろう。ここは大魔導書の契約者たちに任せるとしよう」
ヴェルはそう言って屋敷の中に戻っていってしまった。
ため息を一つついてから契約者たちに目配せし、俺たちは屋敷の前を離れることにした。まだ喋ったこともないヤツらといきなり仲良くしろだなんて俺にできるはずがないというのに。
そうして森の中を駆けていく。心配ごとや不安は数あれど、まずは目の前の問題を片付けなければなからなかった。