十四話
ナディアがイスに座り、俺たちはベッドに座る。ちょうど対面する形になった。言わずもがな、メーメはベッドにうつ伏せのまま足をパタパタさせていた。
「おい、埃が舞うだろ。いいかげん常識を知れ」
「常識なんてそんな曖昧なもの、私たちのような魔導書がわかるわけないじゃない。結局は「大人になる過程で培われた偏見」と「育った環境が押し付ける盲信」でしょう? 私たちには関係ないわ」
「そんなこと言ったら私たちまで常識知らずになっちゃうからやめてもらえる? 少なくともルルインカーシュと私は現代の常識の機微にも反応できてるわ」
「機微に反応してるんじゃなくて、人間に媚びを売ってるの間違いでしょう?」
「アンタね!」
「ふ、ふたりともやめてよー」
「ルルの言う通りだ。ケンカならよそでやってくれ」
俺がそう言うと、メーメは枕を抱えて壁の方を向いた。無論横になったままで。アンの方は少しだけ不機嫌そうに眉間にシワを寄せたあと、小さく一つため息を吐いていた。
「で、ちゃんと話はしてくれんだろうな」
「当然だ。そこの魔導書たちが遊び始めたからいけない」
「もう黙らせた。先に進んでくれ」
「わかった。それじゃあ私がここに来た理由から。フォーリア様とツーヴェル様が秘密裏に情報収集をしてくださったようだ。その情報を伝えに来た」
「そうか、なら飯を食う必要はなかったよな。はい、続きどうぞ」
「その情報によれば、やはりヘリオードは学校周辺から出現したということ。学生、ないし学校に関わりがある人間の仕業だと見て間違いはない」
「やっぱりか。あのヘリオードは贋作、ってことでいいんだよな?」
「ああ、合っている。しかしあの贋作を作るのには原型を知っていないとできない。これも魔女二人の見解だ」
「犯人を捕まえればヘリオードにたどり着く、か。でも犯人の見当はついてないんだろ? あんだけのことやっても捕まえらんねーのか」
「おそらく、あのヘリオードは魔法力を凝縮して造られた人形だ。かなりの量の魔法力や魔力を使うと思うのだが、犯人はそれを一瞬でやってのけるくらいの実力者。解析にはもう少し時間がかかりそうだ」
「つまり時間をかければ犯人を割り出せるんだな」
「と、私は思っている」
「んだよ、煮え切らないな。ヴェルはなんて言ってんだ?」
「魔女の二人は忙しいからな。こちらにばかりかまってもいられないだろう」
ナディアの言い分はよくわかる。
魔女とは魔導師や魔操師の象徴だ。世界でも指折り数えるほどに強く気高い。私生活は置いといてもすごい存在であることは明白。特に警察と裏で手を組んでいることも多く、警察にも手が負えないような事件を担当することもあるという。
「まあ、魔女たちがいろいろと調べてくれたのならありがたい。犯人が実力者だってのはわかってたが、ヘリオードが偽物ってことがわかっただけでもいい。あとはあの状況下でそれができた人間を探せばいいんだが……」
魔法力を凝縮して作ったのであれば近くに魔導師がいなければならない。遠距離でそれが作れる人間がいるのであれば、おそらくそれは魔女レベルと言っても過言ではないだろう。
そう考えれば限られてくるか。そもそも学生でそこまでの魔力を操れるヤツなんていない。
「なあ、あの付近でオーバーオールのジイさんを見なかったか?」
「オーバーオールの……もしかして学園長か?」
「疑問形で返すなよ知らねーよ。でも学園長がジイさんでオーバーオール着てるってことはわかった。なんでそんな格好してんのかまではわからないが」
「あの学校の裏手に畑があって、学園長が趣味で野菜を育てている。たぶんそのせいだ」
「ミステリーっぽい感じが一気につまらなくなったな。あのジイさん思わせぶりすぎんだろ……」
「学園長である線も捨てきれない。あの人はよく学校の周りを歩いているし、学園長というだけあって魔導師としても一流だ。容疑者から外すのは早計では?」
「一応、頭の片隅にでも置いとくよ。こっちでも調査は続けるが、そっちも抜かりなく頼む」
「お前に頼まれる筋合いはないが、フォーリア様にも言われているので仕方ない。了解した」
「いちいち気に障る言い方すんなよな、面倒臭い」
「すまないな、性格なんだ」
「魔女に対してはどうやって接してるんだ……」
「もちろん敬語だ。その他は変わらない」
「なんか、フォーリアも結構苦労してんのかなって思っちまったよ」
「苦労しているのはツーヴェル様も一緒だと思うがな。それでは私は失礼する」
スッと立ち上がり、流れるような動作で部屋から出ていった。クソ、最後に爆弾落としていきやがった。暗に俺のことを面倒くさいヤツだと言ったのだ、そりゃ腹も立つ。
「最初に言い出したのがこっちだから文句は言えんな……」
両成敗ってことにしといてやるか。
「はあ、今日も疲れた。ちょっと早いが風呂入って寝るかな」
バッグから風呂用品を出した。
「あら、じゃあ私も行こうかしら」
「それなら私も」
「仕方ないから私も行くわ」
メーメ、ルル、アンの順に同調してくる。
「別に自分の好きなタイミングで行けばいいじゃねーか。わざわざ俺に合わせんでもよろしい」
そう言いながら部屋を出た。
階段を降りる頃、三人の幼女が後ろから追いかけてきた。
「そうやって気のない振りをして、本当は私とお風呂に入りたいんでしょう? ちゃんとわかってるわよ」
「おいやめろ、階段で背中に乗って来るんじゃない。いくら幼女つっても結構体重あるの忘れんな」
「レディに対して重いとか言わない」
メーメを背負った状態でメーメに殴られた。人によっちゃあご褒美なのかもしれないが、個人的にはかなり勘弁して欲しい。無理矢理背中に乗られて倒れたこともある。鍛える内に耐えられるようにはなったが。
「メーメちゃんが一緒なら、その、私も入ります」
なんて言いながら、ルルが左手を握ってきた。普段はきょろきょろおどおどしてるくせに、どうしてこういう時は積極的なのか。メーメになにか吹き込まれたんじゃないかと恐ろしくなってくる。