十五話〈ゲームオーバー〉
7ターン目[ウィロウ]
現在見えている駒を脳内で整理する。
レインの駒は6ターン目にC5からB5に動かしている。ここの駒は、その後で一回左手で動かされている可能性が高い。それでも一回しか動かせないので、行動できる範囲はB5から前後左右1マスに限定される。
次に5ターン目に動かしているB3の駒。右手で動かして音沙汰がないということは、そこに意識を集め、その後左手で動かして意表を突くためだ。それならば、すでにこちらの裏をとられていてもおかしくはない。おかしくはないが、きっとレインはそれを上手く使えないだろうと踏んだ。
理由は一つ、前のターンでこちらは後退している。右手で動かした駒を狙いにいったこちらの駒を、左手で動かした駒が後ろから狙う。おそらくはこの試練の定石だろう。しかしウィロウはその定石に反した。 ウィロウの後退を見た上でレインは駒を後退させた。つまり、まだウィロウの駒の背後にレインの駒がない可能性が高いのだ。
顎を触り、盤面を親指で何度か擦った。最後の一つがどこにあるのかはわからないが、彼女の言動からなんとなく様子が伺える。
この盤面のある場所から目を逸らさせるための会話だとするなら。
D4の駒を、もう一度C4に移動させた。同時に左手でC2の駒をB2に前進。
「ターン終了だ」
「なにかひらめいたみたいだねえ」
「まあ、な」
「それなら私も嬉しい限りだ」
7ターン目[レイン]
その直後だった。
左手で移動させたはずのB2の駒が取られた。先程のターンまで、レインとウィロウの駒は同じ場所、A3にあったのだ。右手で動かさなければ駒は取れないからこそ位置が重なった。
やはりレインは一番左端、つまり「1」の列の駒をほとんど動かしていなかった。これを悟られないようにするために、様々な会話を仕掛けてきていた。少なくともウィロウにはそう見えた。ほとんど動かない左端の列。こちらも左手でしか動かしていない。
おそらく、こちらの左手の動きをしっかりと見ていたのだ。前進か後退かという葛藤はあったにせよ、取られたことに間違いはない。
「これでリーチだねえ。いやあ、これは勝ったかなあ」
「そう思いたければ思えばいいんじゃないか?」
ウィロウはこの時見逃さなかった。
わずかに、ほんのわずかにだったがレインの左手がしっかりと動いていたことを。
8ターン目[ウィロウ]
C3の駒を取り、深呼吸を一つ。これが通らなければ負けてしまう。
「ほう、それを右手で動かすと。これは見ものだ」
「言ってろ」
レインの左手の動きはかなり小さい。小さいということは、動かせても1マスが限界だ。それに二つ動かす余裕はない。レインもそうだが、基本的に魔法少女は小柄だ。ウィロウのように手が大きいわけでも、腕が長いわけでもない。
「勘だがな、ここの駒、お前動かしてないんじゃないのか」
そして、C3の駒をC2に移動させた。
C2にあったレインの駒が浮上し、空気に溶けて消えた。ここに駒がなかった場合、こちらの駒の位置を晒すことになる。それだけが不安だった。
「お見事。今度はそれを左手で移動させるかい?」
「いや、勝負はここで決めさせてもらう。次のターンは来ないと思え」
今度はC4の駒を持ち上げた。
「これが俺の答えだ」
B4へと、駒を強く打ち付けた。
一瞬の静寂、しかし、次の瞬間にはレインの駒が浮上し、消えていった。
「いや、おみそれした。あなたの勝ちだよ、ウィロウ」
「言われなくてもわかってる」
非常に短い8ターンという数ではあったが、大きくため息をつくほどには疲弊していた。
気がつけば、ウィロウの目の前からは盤面もテーブルも消失していた。
試練終了
勝者:ウィロウ
〈ゲームエンド〉