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魔導書はかく語りき  作者: 絢野悠
《魔法少女と狂った聖母》
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二十話

 目を開くと、仲間たちが倒れていた。自分たちが寝泊まりした建物は瓦解していた。それだけではなく、最初から瓦礫だった建物も粉々に砕かれていた。どれだけ激しい戦闘が行われたかは一目瞭然だった。


 唯一立っていたのはマリアールだけだった。彼女の周りには黒い渦が巻いており、その正体が虫であることはひと目でわかる。


 虫の羽音が耳にうるさかった。今すぐにでも耳を塞いでしまいたくなる。それでも、イズミは左手に魔導書を持っていた。文庫本であったとは思えないほど、分厚く冷たそうな質感を持っていた。綺麗とは言えないが、丁寧な装丁をほどこされた一冊の魔導書。


 その名は――。


「ビオフスティス!」


 魔導書が少女の姿へと変化する。青いドレスに青く長い髪の毛、幼い少女の姿でありながら、その眼光は少女のそれではなかった。


「さあ行くぞ、我が主よ」

「言われなくても!」


 ビオフスティスが左へ、イズミは右へと走り出した。


 なにも説明されていない。なにも教示を受けていない。それでも力の使い方はなんとなくわかった。特殊な魔導書であることが起因しているのだと無理矢理納得させた。


「そうこなくては! 大魔導書、この手で奪い取ってみせる!」


 マリアールが手を伸ばせば、虫の群れが二つに分裂し、その片方が襲いかかってきた。


 魔導書の内容が頭に流れ込んでくる。青の魔導書。その特性は防御にある。防御系の魔導術を使わせたら右に出る魔導書はないだろう。だがそれだけに攻撃の手段が乏しいとも言えた。


「オフェリア・シールド!」


 眼の前に障壁を設置。何匹かの虫は衝突するが、大多数の虫は障壁から逃げるように、上や左右に散った。だが、障壁はそれを許さなかった。


 オフェリア・シールドは動きを感知して姿形を変える。強度が強いとは言えないが、汎用性が高く細かな防御には向いている。


「コバルト・スフィア!」


 逃げ惑う虫を誘導するように集め、青い色の球体に押し込めた。弾力性に富む球体の檻に閉じ込められ、虫は行き場を失った。そしてそのまま、球体を縮小させて羽虫の群れを押しつぶした。


「羽虫が全てだと思わないことね!」


 マリアールが靴を鳴らすと地面が揺れた。そして地面を割って、目の前に巨大な虫が現れた。胴体が長く足が多い。目は二つで鋭い牙も二つあった。


「防御だけがすべてだと思わないで! ターコイズ・シャッター!」


 上空から薄い壁を振り下ろし、襲いかかる巨大な虫の胴体を切断した。本来ならば金属よりも堅いであろう表皮だが、この魔導術にはまったく関係がなかった。


 地面から何匹も虫が出てくる。当然、ビオフスティスの足元からも。だが、イズミはそれを見逃さなかった。自分の身を守りながら、ビオフスティスへと襲いかかる虫も駆逐していった。


 そうやって時間を稼ぐ間にビオフスティスがマリアールに肉薄していた。


 ビオフスティスの武器は両腕につけられた盾だ。動きは素早く、何度もマリアールの身体を殴りつけていた。


 しかし、マリアールにはまったく気にした様子がなかった。苦痛に顔を歪めるわけでもなければ、この状況に窮しているようにも見えない。その答えはすぐにわかった。


「こんなに近くていいのかなあ?」


 突如、マリアールの肘からなにかが突き出した。鋭利な、鎌のような虫の腕だった。服が破れ、突き出した部分はビオフスティスの脇腹を狙っていた。


「フェルメール・リフレクト」


 そう言ったのはビオフスティスだった。


 ちょうど脇腹あたりに手の平大の壁が出現した。マリアールの攻撃はこの壁によって阻まれた。だがそれだけではない。一瞬にして、鎌のような虫の腕がガラスのように割れたのだ。


「どういうこと……!」

「さあ、どういうことだろうな」


 イズミにはあれが反射の壁であることがわかっていた。


「ブルー・ウォール」


 続けて出したのはただの障壁だった。なんの変哲もない、ただの壁だ。だが非常に強固で、これを打ち破るすべは、きっとマリアールには存在しない。そんな厚い壁をマリアールの後ろに設置した。


「ちっ、逃げ道を……!」

「これで仕留めてやる」


 ビオフスティスは重心を落とし「デレクタブル・フェネストラ」と呟いた。


 ガラスのような円形の薄い壁を設置。その壁を、勢いをつけて割った。


 壁を割った瞬間、ビオフスティスを見失った。だが彼女はマリアールに突撃し、マリアールは口からどす黒いなにかを吐き出していた。魔導術の特性は理解しているが、それでもなにが起きたのかを把握するまでにやや間があった。


 外部からの衝撃を倍加させる魔導術。フェルメール・リフレクトとは正反対の特性を持っており、数少ない攻撃的な魔導術だった。


「ま、こんなもんだな」


 すべての魔導術を解けば、マリアールの身体が地面に落ちた。まだ息はあったが、それはビオフスティスの慈悲があったからではない。


 駆け寄り、見下ろした。この女が自分の母であることなど、もうすでに覚えてはいなかった。


「さあ、話してください。スリエルの居場所はどこですか」


 マリアールは肩で笑っていた。


「言うわけ、ないでしょう?」


 ぼたぼたと、こぼれ落ちる黒い何かが地面を濡らしていく。


「もうアナタに勝ち目はありません。今更なにを悩む必要があるんですか」

「まだ終わりじゃないからよおおおおおおおおおおお!」


 大きくなっていく魔力を前にして後方へと飛んだ。バキバキと音を立てながら、女性の身体が変形していく。いや、変形などという生易しいものではなかった。変異や変質の類のそれは、すでに人間の形を塵ほど残してはいなかった。

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