十一話
食堂では学生証を使って食事を注文する。カードリーダーに学生証をかざし、食べたい物を選択する。食事は食堂のシェフが作り続けているので待つ時間はないようだ。
食堂の右側に受け取り口があり、そこで学生証をかざす。そうすると中にいる人が出してくれるわけだ。
「こりゃ便利だな」
「早くいきなさい」
軽く尻を叩かれてしまった。
手近なところに席を見つけて座った。両サイドに生徒がいない場所ってのがありがたい。
「また肉類ばっかり。ちゃんと野菜も食べなさい」
イスに座った瞬間、ハンバーグの皿にひょいひょいと野菜を乗せられた。
「おい勝手になにしてんだよ」
「栄養が偏るって言ってるのよ。ちゃんと食べないと勇者に殺されるわ」
「人喰い勇者、か。それが勇者なのかどうかてって話になると、またややこしいことになるな」
「そうよ、人喰いなの。そんな勇者に食われないようにしないといけないわ」
「わかったよ、くそっ」
「よしよし、いい子ね」
小さな右手で撫でられた。しかも頬を。左頬に当たる冷たさが妙に気持ちいい。
「そういうときは頭を撫でるべきでは?」
今度は左手が右頬に当てられる。撫でられている以上に、両手で頬を掴まれてるような感じが非常に気恥ずかしい。
「いいのよ、これで。貴方、顔立ちは悪くないのよね。寝顔も可愛いわ」
「つか手を離せよ。食えねーんだよ」
「視線を逸らして言っても説得力がないわね」
ふふっと、楽しそうに笑ってみせた。
「やあやあ転校生」
と、俺の隣に誰かが座ってきた。見なくてもわかる、軽い声色、いけ好かない物言い。
「んだよ、近寄んな」
「そ、そう言わないでくれよ。今日は悪かったって」
イベルグ=ルーガント、クソぼんぼんだ。ヤツの隣には剣を渡したメガネの少女がいた。イベルグとは雰囲気が全く違う。黒くて長い髪の毛はメーメといい勝負だ。その長さも、艶の良さも。けれど前髪が目を覆っているせいで非常に表情がわかりづらい。性格が暗そうにも見えるし、メガネをかけているというくらいしか特徴が見当たらない。きっとそれは、彼女が纏う雰囲気のせいもあるだろう。
「で、なんのようだ。もう一回ボコボコにしてやろうか?」
「ひっ」と言いながら大きく目を剥くイベルグだが、一つ咳払いをして果敢に話を続けてきた。
「こ、今回は違う。仲良くなろうと思ってね」
「お断りだ」
「そんな! この僕が仲良くしてやろうって言ってるのに!」
「その態度が気に食わねーんだよ! んだよ「してやる」って、俺はお前と仲良くするつもりなんかねーんだよ。さっさと失せろ」
「わ、悪かった……。だから僕と――」
「お こ と わ り だ」
「こらっ」
メーメに小突かれた。
「お前まで」
「こういうのは仲良くしておく方が得よ。情報を集めるって意味でもね」
小声なのでイベルグには聞こえていないはずだ。が、素直に飲み込めるわけがない。
仕方ないと溜息を一つ。
「仲良くなってなにすんだ?」
「おお! 親友になってくれるか!」
「飛躍し過ぎだろ。つかお前友達とかいねーんじゃねーの?」
「そ、そそそそそんなことはない」
「そこの女の子とか?」
「コイツは俺のメイドだ。俺のメイドだからこの学校にいられると言ってもいい」
「そうなのか?」と、イベルグを通り越して少女に言った。
「はい、そうなります」
「名前は?」
「アネラ=レキッドと申します」
小さな口から、小さな声が漏れてきた。喋った、というより漏れたという方が正しいだろう。
「窮屈か?」
「え……?」
「そいつの隣にいるのは窮屈か、って訊いてるんだ」
アネラの視線が宙をさまよった。迷っているようでもあり、探っているようでもあった。
「そんなこと、ありませんよ」
「そうか、それならいいんだ」
「なぜキミはそんなことをアネラに訊くんだ?」
すぐ横槍を入れてくる。このイベルグという男、かなり面倒だな。
「別に意味なんてねーよ。とにかく黙って飯を食え」
「そんな! もっと話をしようよ!」
無視して飯を食う俺。小突き続けるメーメ。なんとも言えない構図だった。
結局、その日はイベルグに追い掛け回されるハメになった。本当に友達がいないんだなコイツは。
学校を出る際になんとか逃げることができた。そしてそのまま用意された部屋の前へ。この学校にも寮はあるが、俺の場合ボロを出すわけにはいかない。ということで、学校から少し離れた場所にある街に部屋を借りた。正確には借りてもらった、だけど。
部屋に入ると、一番最初に大きなベッドが目に止まった。キングサイズだろうか、四人一気に寝ても余裕があるくらいの……。
「四人で一緒に寝ろってことか」
部屋は十分広いが、シングルベッドを四つ置くほどの余裕はない、ということだろう。
クローゼットの中には下着や服が入っている。身の回りのものはだいたい用意してくれたんだろう。中央にあるテーブルの上には金庫。その中には金も入っていた。
「ただいまー」
「ただ、いまです」
部屋の中をいろいろとひっくり返していると、ルルとアンが帰ってきた。
「高等部で転校生がなんかやらかしたって話が入ってきたわ。アンタのことでしょ」
カバンをソファーに立てかけたアンは、中央のテーブルを囲うイスに座った。俺とルルはベッドへと座る。メーメはベッドへと飛び込んでいた。
非常に弾力があるベッドは、メーメが飛び込むと強く跳ねた。
「おいやめろ、ガキか」
「貴方よりは大人よ」
「言ってろ。んでアン、お前が聞いた話はたぶん俺のことだな。メリオードが障壁をぶち破って校内に入ってきた」
「やっぱり……。アンタってなにかと厄介事を引き込むわね。人喰い勇者と二回も戦った人なんて、この世にアンタだけでしょうに」
「その件なんだが、あれが本当にヘリオードなのかって言われると難しくなってきた」
「どういうことよ、それ」
「記憶の中にいるヘリオードとは同じ風体だ。が、俺の記憶も劣化してる。それにヘリオードを操れるヤツがいるかって言われると、そんな術師なら有名になってても不思議じゃない。あれはヘリオードを模写したなにかなんじゃないかと思い始めてる」
「じゃあアンタがここにいる意味はないってことね」
「それとはまた違う。模写するにあたって、ヘリオードのことを観察できなきゃダメだ。懐柔されていないにしろ、近くにいる可能性は低くない」
「でも魔女たちがそれに気が付かないっていうのはおかしいと思うけど?」
「フォーリアはわからないが、ツーヴェルは一度も遭遇してないはずだ。だからたぶんわからない」
「あの魔女が遭遇したことなってどういうことよ」
「魔女の前には姿を表さない。これは数百年前からだ。元々ヘリオードがおかしくなったのは魔女のせいだからな。魔王を倒すために魔女の力を借り、ダインスレイヴを持ち、勇者は勇者でなくなった。だからだってツーヴェルは言ってたな」
「なるほど。でも魔女でなくても、強い魔操師が対峙することもあったでしょうに」
「ヘリオードは強い魔力に惹かれる。そして、すべてぶち壊して消えるんだ。強い魔操師がヘリオードの研究をしてたんならこんなふうにはなってない。殺されるのさ、出会った次の瞬間にはな」
「研究や調査なんてマネはさせないってことね。意識がない割には頭が回る。いえ、頭が回るのはその背後にいる人間か」
「そういうことになるな」
「二人で難しい話をするのね」
ベッドから起き上がったメーメが会話に割り込んでくる。