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苦手な方はご注意ください。

童貞の俺がモテてどーすんだ!〜ゲイバー編〜

作者: 目線女子

作品に興味をもっていただきありがとうございます!

2作品目の小説です。

最後まで読んでいただけるとありがたいです。

「倒産!?」

そんなバカな…

「すまん。父さんの力ではどうすることもできなかった。」

父さんは大手の会社の専務だった。

会社は誰もが知っている飲食グループ。

誰の目からも会社は軌道に乗っているように見え、順風満帆に見えた。

父さんの会社が倒産…

リストラとか倒産とかテレビで見たことはあるけど、まさか自分の家族にそんな緊急事態が訪れようとは…!

「…新しい仕事探すの?」

父さんは溜息をつきながらかぶりを振った。

「父さんの年では難しいだろうな。

父さんは父さんなりの責任をとる。」

「どうゆうこと?」

「父さんは黙ったまま金庫を開けると通帳を出した。

「おまえ、財布あるか?」

「うん。」

なんで財布?と思いながらズボンのポケットから財布を出すと父さんに渡した。

父さんは黙って財布からお札を抜き取る。

「え、ちょっと、え?父さん?」

父さんは抜き取ったお札を胸ポケットにいれるとリビングのドアに手をかけた。

「これからは自分の力で生きていけ。」

父さんは玄関に向かう。

「ちょちょ!ちょ待って父さん、病気の母さんはどうするの?マンションのローンだってさ!

父さんは玄関を開け眩しい西陽を受けながら言い放った。

「おまえが頼りだ。」

玄関が閉まった。

俺はその場に座り込んだ。

「はぁ!?」

意味がわかんねーよ!!

俺は自分の財布を開いた。

777円。

ラッキーセブンかよ!!

腹立たしくて財布を投げた。

俺は頭を抱えた。

これからどう生きていけばいいんだよ。


俺は路地裏の小さな店のドアを開けた。

「いらっしゃーい!」

明るい声が飛んでくる。

「あらかわいいお兄ちゃん!いらっしゃーい!初めてよね?」

髭を生やした40代くらいのその男はいそいそとグラスとコースターを出した。

しゃべり方がテレビで見るオカマみたいだ。

「あの、さっき電話した者なんですが…」

オカマのマスターはグラスに氷を入れる手を止めこちらを見た。

「なぁーんだぁ。早く言ってよぉ!もうー京子ったら早とちりさん!」

オカマスターがペロッと舌を出す。

オカマスターはボックス席に俺を案内すると、先ほどのグラスより一回り小さなグラスを持ってきた。

「ウーロン茶でいい?」

「あ、すいません…。」

髭のオカマスターはしなを作りながらグラスにウーロン茶を注いだ。

「こうゆうお店は初めて?」

「あ、はい。」

「やだもー、そんなに固くならないでよぉ!

硬いのはこっちだけで十分!」

髭のオカマスターはケタケタ笑いながら俺の股間を叩いた。

「うやおぅ!!」

変な声が出た。

「やだー、あんたノンケー?」

オカマスター京子は少し俺を気遣うような顔で聞いた。

「ノンケ?…とは?」

オカマスター京子が固まる。

「ウッソでしょ?ノンケも知らないの?

ノーマルってことよ!男性経験ないの?」

「な!ないですないです!それどころか女性経験すらないです…」

オカマスター京子は少し気の毒そうな顔になった。

「よく考えた?

この世界、足突っ込むとノンケでも染まっちゃう子多いのよ?」

この人は悪い人ではないようだ。

「はい。」

大学は授業料を払えないのでやめた。

母さんは病気だ。治療代もかかる。

俺がこれからは大黒柱にならないと…。

「あの、日払いってできますか?」

「日払い?」

京子さんが目を丸くする。

「全財産777円しかなくて…」

「そう、じゃあ体使って稼いでもらおっかな?」

え!?!!?!!!!?

俺は慌てて立ち上がろうとして椅子ごと後ろに倒れた。

「あっはははは!冗談よー!バカねぇ、もうー。」

笑いながら京子さんは俺を引き起こした。

「18時頃になったら他の子来るからお店の掃除しといてくれる?

わたしはフードの仕込みするから。」

京子さんはそう言うと俺を掃除用具入れまで案内した。

「箒はこれ。外箒はこっちね。箒終わったらモップかけてテーブルと椅子拭きあげてね。」

そういうと京子はカウンターの中に入っていった。

俺が椅子を拭き始めた17:50頃、カランと音を立てて店の扉が開いた。

「おはーっす!」

入ってきたのは俺と同い年ぐらいのラッパー風の男だった。

「え、何、ママ新人さん?やったー!ほとんど掃除終わってる!」

ラッパー男はバンザイをした。

「あ、よろしくお願いします。」

「そう、今日から働いてもらう…えーと…名前決めてなかったね?

名前どうしよう?」

「名前…ですか。」

俺は少し考えた。

「ミク…とかどうですかね?」

俺は初音ミクが好きだ。

「えーいいじゃんいいじゃんミクちゃんねー!ミクちゃんにしましょ!」

京子さんはニコニコしている。

「ミクか!よろしくな!俺、颯斗!」

へ?

颯斗は俺の手を掴み、ガッチリ握手をする。

「お!男の名前…!」

「あぁ、うちは小さいゲイバーだからね、名前や服装なんかに縛りはないのよー。

おっぱいついてる子もいれば、颯斗みたいに見た目も話し方も男の子もいるよ。」

京子さんはニコニコしながら言った。

「俺…やっぱり名前…」

「さあ!じゃあミクには基本の接客を覚えてもらいましょ!もうすぐ開店よ!」

俺は京子さんに腕を引っ張られ、カウンターに連行された。

18時になると店は開店したが客は来なかった。

「冬哉遅いねぇ。まー遅刻は多い子だけど…」

「また男の名前…」

「大丈夫大丈夫。おっぱいついてる子はアリエルだから。」

アリエル!!

京子に颯斗に冬哉にアリエル!!

「この店は何でもアリよー!ミクちゃんも全然アリアリ!」

京子さんは楽しそうに笑った。

「京子さん、やっぱり俺…」

店の扉がカランと音を立てた。

京子さんが振り向き、「いらっしゃーい!」と声をかける。

入ってきたのは背の低い太めのサラリーマンだった。

「なに、ジュリアーン!今日はB

面じゃないのー!」

そう言いながら京子さんはいそいそとコースターとグラスを出した。

太めのサラリーマンは黙って頷く。

京子さんは客のグラスと自分のグラスに眞露とウーロン茶を注ぐと「この子にもいただいていい?」と聞いた。

太めのサラリーマンはさっきと同じように黙って頷いた。

京子さんは俺にもウーロンハイを作ると「かんぱーい!」と明るい声で言った。

そして「最近は100均の化粧品のレベルが高い」だの、「ウィッグがツルツルになるナノイオン発生器があるらしい」だの、到底男同士の会話とは思えない話をし始めた。

サラリーマンはほとんど頷くだけだったが、時折「キャンメイクより秀逸」だの「あそこの人毛は人工毛だ」だの発言しており、京子さんとの会話を楽しんでいるようだった。

カラン

扉が開いて冷たい風が入ってきた。

「いらっしゃ…」

京子さんが言いかけた言葉を飲み込んでカウンターを出た。

扉の前には色白で線の細い男がいた。

大きな黒い瞳は青みがかっており睫毛が長い。

男は立てた襟を掴んだまま無表情で立っていた。

その襟を京子さんがむんずと掴んで広げると、襟の下から擦り傷とアザが現れた。

「大丈夫?冬哉。あんたまた無茶したの?」

冬哉と呼ばれた男は返事もせずにカウンターに入った。

「ほら!ミク!お客さんのお酒無くなってるわよ!」

京子さんは冬哉の返答がないことなど気に留める様子もなく、こちらに叱責を投げた。

俺はさっき教わった通りに氷を足し眞露とウーロン茶を入れ掻き回した。

再び扉がカランとなり2人組の男が入ってきた。

「ミク、颯斗とボックス席お願いね!」

そういうと京子さんは俺にアイスペールとプランデーを渡した。

「おつおつー!」

颯斗はかなり年上そうな茶色いスーツの男に気安く声をかけて隣に座った。

俺もビビりながらスウェットのおじさんの隣に座る。

「なに、新しい子?」

「うん、そう。ミクって言うんだ。よろしくねー!」

そう言って颯斗はお酒をテキパキと作りながら「ほら、ミクからも!」と自己紹介を促した。

「あ、ミ…ミクって言います。よろしくお願いします…」

「ミクちゃんはタチ?ネコ?」

タチ…?ネコ…?

「ネコ…なら好きですが…」

「そうか。ならミクちゃんはタチかな?」

タチ???

スウェットの男が驚きの顔になる。

「えーそうなの?誘い受けって感じかと思ったよー!」

誘い受け???

「颯斗はこんなナリしてっけどネコなんだよなぁー!」

笑いながら茶色いスーツの男が颯斗の腿を叩く。

その手がそのまま腿の上に残った。

!!!!!!!!!!!

「ゴロニャーン!」

颯斗はまったく気にする様子もなく両手でグーを作ってクイクイと動かしネコのポーズをした。

「それで?ミクちゃんのマグナムはどんな感じなの?」

スウェットの男が笑いながら俺の股間を握ってきた。

!?!!!!!!!!!!!!!

俺は慌てて立ち上がった。

「すいません!…ちょっとトイレ!!」

トイレの前まで来た俺は少し迷ってすぐ隣の入り口のドアを開けて外に出た。

寒い。

涙が出てくる。

何よりもショックだったのは俺の息子が若干反応していたことだった。

カラン

店の扉が開いて京子さんが出てきた。

「ちょっとあんた、大丈夫?」

俺は涙と鼻水でグシャグシャになった顔を上げた。

京子さんがプッと噴き出す。

「まあ慣れだけどねぇ。最初のうちはちょっと大変かな?」

京子さんは俺の背中をヨシヨシと摩った。

「お店の中じゃ変なことはさせないから大丈夫よ。」

「変なことって…?」

「うーん…ミクの処女喪失?」

ミクの消失みたいに言うなー!!!!!

「それ以外は?」

「お客さんも冗談でやってるからある程度は許容してもらいたいけど、どうしても嫌なことは止めてあげる。

ミクに辞められたら困るからね。」

そう言うと京子さんは俺にティッシュを差し出した。

渡されたティッシュで鼻をかんでいると、脂ぎったバーコード頭のおっさんがやって来た。

脂バーコードはこちらに声をかけることもなく、店の中に入っていった。

「あ!ジュリアンがひとりになっちゃうからお店戻りましょ!」

促されて俺は京子さんの後に続いた。

店に入るとジュリアンさんの向こうに脂バーコードの背中が見えた。

脂バーコードの陰から冬哉の姿が少しだけ見える。

脂バーコードが頭を反対側に倒したとき、

俺は冬哉が脂バーコードとキスをしていることに気づいた。

!!!!!!!!!!!!

冬哉はこちらに気づきチラと視線を寄越したが、興味が無さそうにすぐに元に戻した。

カウンターに入りジュリアンと話している京子さんの隣に立つと脂バーコードと冬哉が目の前になった。

冬哉はチラとこちらを見ると、挑発するように唇を重ねた。

そしてすぐに顔を離すと脂バーコードと腕を組んで店を出ていった。

「あんた大丈夫〜?顔真っ赤っかよ?」

そう言われて自分が赤くなってることに気づき、余計に赤くなるのを感じた。

「なんなんですか…あれ…」

「冬哉はここのお店とウリセン掛け持ちしてるからね。」

「ウリセン?」

「売り専門。売れっ子なのよ?

ここは時間が空いてるときだけ手伝ってもらってる感じなのよ。」

売り専門?売春みたいなものだろうか…。

冬哉とあの脂バーコードが…

おれはまた顔が赤くなるのを感じ、しゃがんでカウンターの中に隠れた。


店が終わり家に帰ると、金庫を開けて今日の日払いの1万8千円を入れた。

いろんなことがグルグル頭の中で渦巻いている。

今日1日で3年ぐらい生きた気がする。

入院中の母さんを思った。

母さん。

俺はあの店で童貞を…いや処女…?

…貞操を!

守りきることができるでしょうか…


出勤するとすでに颯斗が床に箒をかけているところだった。

おれは掃除用具入れからモップを出し、颯斗が掃き終わったところにモップをかける。

「どうだった〜?やってけそう?」

颯斗が箒で掃きながら声をかけてきた。

「やってけない…。」

「え?」

颯斗が笑いの混じった声を出す。

「もう、いろんなことがジェットコースターみたいで、意味わかんないす。

あと、怖い。」

「ノンケだったら最初はそうかもね。

てか敬語やめてよ。

ミクいくつなの?」

「20才っす。」

「あー俺の2コ下か!でも俺敬語嫌いだから、うん、全然!タメ口で話して。」

「うん、ありがとう。」

颯斗はニコニコと箒をかけている。

「颯斗くんは…平気なの?

その…体触られたりとか…。」

「ああ、あの程度ならね。キスとかはさすがに拒否るよ。俺彼女いるし。」

!?!?!?!?!?

彼女!!!!!?

「え、颯斗くんもノンケなの?」

「俺はバイかな?ネコってのは本当だよ!」

そう言って颯斗は昨日と同じネコのポーズをしてみせた。

ネコ…何かそうゆう用語なのかな?

「ネコって?」

「え?そこから?ホントに何も知らないんだね。掘られる方だよ。」

掘られる方!!!!!!!

俺はまた顔が赤くなるのを感じた。

「ちょっとー!想像とかしないでくれる?一応これでも俺清純派だからね?」

颯斗が笑いながら言った。

清純派!!!!!

ゲイバーでバイでネコの!清純派!!!

なんだかよくわからない。

「まあ、ちょっとボディータッチ多いお客さんは確かに多いけどね。大半は冗談で悪気無いから。

ちょっと氷取ってくるとか言ってやんわり逃げれば大丈夫だよ。」

そうか。颯斗いい奴そうだな。

希望の神のように感じるぞ。

「ただいまー!」

京子さんがフードの材料を抱えて帰ってきた。

「ミク、ちゃんと来たね。ヨシヨシ!今日はあとアリエルが後で来るから。」

なるほど、今日は冬哉は休みか。

なんだか少しホッとした。

18時に開店するとジュリアンさんがやってきた。

相変わらず基本的には頷くだけで楽しそうな様子は表情からは見受けられないが、昨日の今日で開店と同時に来るのだ。

楽しんでいるのだろう。

しばらくするとカランと音がして昨日の2人組が3人組になって現れた。

「大槻さん!?やだー久しぶりじゃない!どうしてたのー!?」

京子さんはアイスペールとブランデーを持ってボックス席の方に向かった。

颯斗は当たり前のように「おつおつー!」と言って茶色いスーツの人の隣に座る。

なるほど、ジュリアンさんの相手をするのは俺か。

「ジュリアンさん、今日はなんだか少し様子が違いますね。」

ジュリアンさんは無表情で頷く。

オレはノリの悪いジュリアンさんにホッとしていた。

よく見ると、ジュリアンさんの瞼が茶色いことに気づいた。

そういえば唇も背脂ラーメンを食べたようにテカっている。

「ジュリアンさんもしかして今日化粧してるんですか?」

ジュリアンさんは無表情で頷くと「A面だ」と呟いた。

「あんまり変わらないんですね。」

言った後にしまった!と思った。

怒らせるかもしれない。

「このアイシャドーはダイソーのものだが以前のものに比べ格段に発色も持ちも良くなった。

グロスはケバい色のものにはわたしは淫乱臭しか感じない。粛々とした淡い色によって気品を表現している。

ファンデーションは女装コンの時しか使わないようにしている。肌が荒れては元も子もないので。

ウイッグも劣化を避けるため普段の使用は控えている。」

ジュリアンさんは突然ものすごく饒舌になった。

顔を見ると赤くなっている。

喜んでいるらしい。

「…いろいろと…気を使っていらっしゃるんですね。」

ジュリアンさんは無表情で頷いた。

「ジュリアンさん、ちょっと教えて欲しいんですけど、タチってなんですか?」

「タチとは、男同士のまぐわいにおいて男と女に例えるところの男役である。」

なんだかものすごく回りくどい言い方だけど、掘る方ってことですよね。

「誘い受けってなんですか?」

「タチを挑発しまぐわいに誘い込むネコだ。」

昨日の冬哉が頭に浮かぶ。

顔が赤くなってしまった。

「冬哉はまさにそうだな。」

ジュリアンさんに頭の中を見透かされた気がしてさらに赤くなり、カウンターの中にしゃがんだ。

チラとジュリアンさんを見るとまったく気にしていないようにウーロンハイを飲んでいた。

「ジュリアンさんは京子さんじゃなくて俺と話してても来た意味ありますか?」

ジュリアンさんは無表情で頷く。

オカマでもタチでもネコでもない、ましてや接客業もやったことがない自分と過ごす時間にお金を費やす価値があるのか心配になった。

でもジュリアンさんの頷きは本心であると信用できる。

「ジュリアンさんもあの…やっぱりそうゆうことするんですか…?」

「わたしはネコです。」

ジュリアンさんが無表情で答えた。

…想像してしまった。

気持ちが悪くなった。

「ジュリアンさんは純粋でいてくださいよ。」

ジュリアンさんの顔が赤くなった。

カランと扉が音を立てて開き、女の人が入って来た。

女の人?

ゆるふわに巻いた栗毛の、胸元を大きく開けたその女性は京子さんの方へ歩いてきた。

アイドルみたいに顔がかわいい。

女の人も来るんだなぁ、と思った。

「マスター、新入り?」

「うん、そう。紹介するわね。昨日から入ったミクよ。」

「あ、初めまして。新人のミクです。」

「アリエルです。よろしく。」

アリエル!!!

これが、男!?!?!?!?

「アリエルかわいいでしょー?惚れちゃダメよ?すーぐ掘られちゃうからねー。」

掘られる!?!?!?!?

この美少女はタチ!?

「他のメンツはみんなネコだから寝込みを襲われでもしない限り大丈夫だけどねー、アリエルはこう見えて筋肉すごいから、組み敷かれないようにね。」

筋肉!?!?!?

男が美少女でタチで筋肉!?!?

「マスター、ヤキモチはやめてくれる?わたし猿じゃないんだから。」

ヤキモチ!?!?

髭のマスターがネコで、美少女が男でタチで筋肉でマスターが組み敷かれて…?????

ああ…もう全然意味がわからない…。

「明日までに復習しときます…。」

「もうーだからぁー、硬いのはこっちだけで十分!」

京子さんがピンと俺の股間にデコピンする。

「うやおぅ!!」

その日は閉店まで、できるだけアリエルを見ないようにして前屈みにならずに済むように過ごした。


出勤すると冬哉が箒をかけていた。

「おはよう…ございます。」

返事はない。

俺はモップを出した。

なんとなく気まずくて俺は冬哉に話しかけることができなかった。

「ただいまー。」

京子さんがフードの材料を抱えて戻ってきた。

ホッとした。

「おかえりなさい!」

自然に出てきた言葉がちょっと恥ずかしかった。

開店するとジュリアンさんがやってきた。

どうやらジュリアンさんは毎日この店に来ているらしい。

他にやることないのかな?とちょっと心配になった。

20時を回ったころ、2人連れのお客さんが入ってきて俺と冬哉がボックス席に入った。

「初めまして、ミ…クです。」

「冬哉です。」

冬哉がしゃべった!!

しゃべれるんだ、冬哉。

「ここの店はね、3軒先のキャサリンに聞いてきたんだよ。綺麗な子がいるってね。」

そう言ってポロシャツのおじさんが冬哉にウインクした。

冬哉はポロシャツのおじさんをじっと見た。

「こいつはこうゆうお店は初めてなんだ。

1回行ってみたいって言うから連れてきたの。お手柔らかにね。」

そう言ってポロシャツがデニムシャツの男を指し示す。

冬哉がデニムシャツの男をじっと見た。

「あ、俺も…おととい入ったばかりで、至らない点が多いと思うんですが…」

ゲイバーとは、とゆうものを初めて来たお客さんに楽しんでもらえそうにない俺は素直に自己申告した。

「いいじゃないいいじゃないそうゆうの。俺、そうゆう子の方が好き。」

ポロシャツは隣の冬哉と俺の位置をチェンジさせた。

なんか怖い…。

「ミクちゃんは男性経験あるの?」

やっぱりそうゆう話?

「ないです。女性もないです…」

「すごいな!まったくの新品か!」

ポロシャツは舐めるように俺の全身を見た。

気…持ち…悪…いで…す……

「男に興味は…ある?」

ポロシャツは山頂に立って下界を見下ろすような顔で俺に問うた。

「ないです…ごめんなさい…」

男の頰が紅潮する。

「俺ね…ノンケ攻略するの好きだよ。」

えええええええええ!!!!!

「そ、そうなんですね。」

俺は苦笑いした。

ふと冬哉を見ると、冬哉はデニムシャツにしなだれかかり、顔を見つめていた。

そしてキスをすると何かを耳打ちし合って立ち上がり店を出て行った。

え!?ちょっと待って!!

俺ポロシャツとふたり!?!?!?

やばいじゃん!!!!!

ふざけんなよあのクソビッチ!!!!!!!!

俺が泣きそうになっていると、店の扉が開いた。

栗毛の巨乳が入ってくる。

「アリエルー…。」

泣きそうな声が出てしまった。

「なんなのあんたキモ…」

アリエルが自分のグラスを持ってボックス席に入ってくる。

俺がキモかろうがなんだろうがそんなことは今はどうだっていい!

アリエル、君は今俺にとって救いの天使だ!!!!!

「初めまして、アリエルです。いただいてもいいですか?」

アリエルは自分のお酒を作ると、チンとポロシャツのグラスと合わせた。

「君、女?」

アリエルは黙ってポロシャツの手を自分の股間に持っていくとすぐに放してふふふっと笑った。

「これはすごいな。B面も見てみたい。」

「B面はあんまり見せないかなぁ。

わたしはあくまで女として男を陵辱したいの。

だから、自分のB面に興味を持たれるのはあんまり好きじゃないかな。」

「そう。」

ポロシャツの目がギラッと光る。

「お尻の方はどうなの?」

怖いよー!!!!!!

「わたしはタチ専門ね。理想は女装百合かな。」

ポロシャツは途端にアリエルに興味を失くして俺に向き直る。

それでもアリエルがいる安心感はさっきとは比べ物にならないくらい心強かった。


閉店前に京子さんはお客さんに潰されてしまい裏で寝ていたので、俺はアリエルとふたりで閉店作業をしていた。

カウンターの中を片付け、雑巾を取りに行こうとした俺は、カウンターの陰でゴミを縛っていたアリエルに気づかずにつまづいてしまった。

ゴミは周囲に散らかり、俺はアリエルの上に倒れ込んだ。

いい匂いがする。

ふにふに。

何かが右手に触れていて、とても感触が良かったので俺は触り続けた。ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに。

「おい!いつまで人のおっぱい触ってんだ!」

そう言われてそれが生まれて初めて触ったおっぱいだと気づいた。

「え?あ?ご!ご……!」

「痛い。お前勃ちすぎ。」

言われて慌てて飛び退く。

「ごごごごごごごご……!!!」

動揺しまくる俺を見ながら、アリエルは大きく開いた胸元の襟をずらし、さらに胸元を露出させた。

「いいよ。する?」

頭から機関車のように湯気が爆発するのを感じた。

唇を尖らせてアリエルの匂いを胸いっぱいに吸い込みながらさくらんぼのような唇めがけて突進する。

…いやちょっと待て!!!!!

すんでのところであることに気づく。

この人、タチ!!!!!!!!!!!

「アリエル…俺を掘ろうとしてる?」

「まあ、そうなればそうなるね。」

俺はガックリうなだれた。

童貞をおちょくらないでくれ…。

「もう、いいです……」

なにがもういいんだか。

「ふーん、まあいいんならいいけど。」

アリエルはどうでも良さそうに立ち上がった。

アリエルはゴミをまとめ直すとカウンターに座った。

「あ!ねぇ!お化粧してあげようか?」

「え?」

うーん…まあ…お化粧ぐらいなら…。

自分が美少女になるなら、ちょっと興味がある。

アリエルは俺に器用にお化粧をし始めた。

ブラシやアリエルの指先のくすぐったさに呼吸が乱れる。

俺はそれをアリエルに悟られないように必死でなんでもない顔をした。

「できた…!」

アリエルが俺に鏡を見せる。

鏡の中にいたのは男が女装しているのがバレバレのオカマだった。

………。

「はあ、たまんない…。」

!?!?!?!?!?!?!?

「かわいいよぉ、ミク…。」

これで!?!?!?!?!?

ビックリしずきて椅子ごと後ろにひっくり返り頭を強か打った。

俺はこの店で頭を打ちすぎて結構早いうちに死んでしまうかもしれない。

「ちょっとやだ!大丈夫ー?」

アリエルが助け起こして俺を見つめてきた。

「あの…!お疲れ様…!!」

俺は慌てて店を後にした。

家に帰ると、頭に浮かぶおっぱいに悩まされた。

おっぱい……。

おっぱい……。

おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!

俺はスパークして眠りについた。


「ミクちゃんはタチなのネコなのぉー?」

「俺ノンケなんすよ。」

こうゆう会話にもだいぶ慣れてきた。

俺はサラリとノンケ宣言をする。

今日はアリエルが休みで俺と颯斗がボックス席に入っていた。

冬哉はまた連絡無しで遅刻だ。

よくクビにならないなぁ。

それがこの世界なんだろうか。

「なんだぁノンケなの。

え、じゃあ颯斗くんは?」

格好だけシルベスタスタローンみたいな男が途端に俺に興味を失くして颯斗に向き直った。

こうゆう反応にも慣れた。

どうやらノンケ攻略好きはそんなにいるもんでもないらしく、俺は思ったより安全圏にいた。

「俺はネコですよぉー!」

颯斗がニャンニャン!といつものポーズをしてみせた。

貧弱スタローンが汗の染みた赤いハチマキの巻かれた頭をブルブルと振って颯斗に食いついた。

長いチリチリの髪が揺れて汗の匂いがする。

「か、彼氏はいるの!?」

颯斗の表情が曇った。

え、嘘つかないんだな。

颯斗はそのまま下を向いてしまった。

ハチマキスタローンが仕方なさそうにこちらに向き直る。

「ミクちゃんはやっぱりこうゆう世界に興味があるからこのお店に入ったんだよね?」

「いや、そのぉ…」

ここで俺が「お金のためです」と言うとハチマキスタローンを怒らせて帰らせることになりかねないな、と思って言葉を探していると、乱暴に店の扉が開いて冬哉が飛び込んできた。

冬哉は注目を浴びていることなどまったく気に留めていないように、なんでもない顔をして立っている。

と、再び扉が乱暴に開き、黒い塊が冬哉を突き飛ばした。

黒い塊は俺の足元に転がった冬哉に歩み寄ると襟首を掴んで引き起こした。

「テメェ!人の男寝盗りやがって!!殺してやらぁ!!」

ハチマキスタローンよりもはるかにスタローン感のある筋骨隆々な黒い塊が岩のような拳を振り上げた。

うわ!!あんなん食らったらヒョロい冬哉は絶対死ぬ!!!!!

拳が冬哉に届く直前、俺は何を思ったか冬哉の前に飛び込んでいた。

俺は岩のような拳をまともに右頬に食らい、地面に叩きつけられた。

「いったぁぁぁああい!!!!」

冬哉は目を見開いた。

「店に暴行してる者がいます!すぐ来てください!!」

京子さんは警察に電話しているようだった。

黒い塊は鋭い目で京子さんを睨むと冬哉に視線を戻し、掴んでいた襟を離して唾を吐き捨て店を出て行った。

冬哉はまだ目を見開いて俺を見ていた。

冬哉の顔に表情があるのは初めて見たかもしれない。

「どうして…」

俺から目を逸らしながら冬哉が呟いた。

顔が赤い気がする。

え?気のせい?…だよね?

「冬哉!無茶はするなって言ったでしょ!?」

電話を終えた京子さんが冬哉に食ってかかる。

京子さんが間に入ってくれたことで、俺は少しホッとした。

「ミク、大丈夫?顔腫れてるじゃない…。」

「あ、いえ、全然大丈夫っす!」

内心「メタクソ痛いっす!」と叫びながら俺は大丈夫と言ってしまっていた。

「大丈夫じゃないくせに…」

冬哉がそっぽを向いたまま呟いた。

「いや、うん、まあ、大丈夫だよ!」

俺はブクブクに膨れた顔で言う。

「もうすぐ終わらせられるから…ごめん。」

「え?」

意味がわからなかったから聞き返したつもりだったけど、それ以降冬哉からの返事は無かった。

警察が来て事情聴取が終わると店は営業を再開した。

しばらくしてやって来た新しい客と、冬哉は店を出て行った。

冬哉はいつものように客と腕を組んで見つめ合っていたけれど、少しだけ元気がないように感じた。

閉店すると俺は颯斗と閉店作業を始めた。

おれはさっきの冬哉の様子が気になって少しボンヤリしていたのか、カウンターを拭いていたら花瓶を倒してしまった。

カウンターの上に水が広がる。

割れなくて良かった!!!!

俺が慌ててカウンターの上を拭き始めると、颯斗がそれに気づきカウンターの上を拭くのを手伝い始めた。

ふと、颯斗が接客中に黙り込んだことを思い出した。

「あ、さっきさ、どうしたの?いきなり黙っちゃって…」

颯斗のカウンターを拭く手が止まった。

下を向いて黙り込んだ颯斗の下に水滴が落ちて拭いたばかりのカウンターに滲んだ。

「あ!増やしてごめん!!」

颯斗が慌ててカウンターを拭く。

増やす?

せっかく吹いた水分を?

ちょっとおかしくて俺は笑った。

「どうしたの?」

俺は聞く体勢になって椅子に座った。

颯斗も椅子に座って向き合う形になる。

「彼女と別れた。」

そう言って颯斗はポロポロと涙を流した。

「どうしてって聞いてもいいの?」

颯斗が頷く。

「俺が…ゲイバーで働いてるのが気に入らなかったみたい。俺…浮気なんかしないのに…男からメール来るのも嫌だったみたいで……男と…浮気してるんだろうって……」

颯斗の声に嗚咽が混じる。

「そっかぁ、大変だったね。」

「こんなに…好き…なのにぃ……なん…っでわか…ってく…っれな…いのぉ!!!」

颯斗はグジャグジャになって俺に抱きついてきた。

そして颯斗は水浸しの目で俺を見上げた。

「ミク…慰めてぇぇ……」

え!?え!?ええ!?!?!?

それどっち!!どっちの意味!!

普通の意味で取っていいの!?

それともそうゆう意味!?!?

困惑した俺はとりあえず颯斗の背中をポンポンしてみた。

颯斗はうぇぇぇ!と声を上げながら泣きじゃくっている。

どうやらこれで良かったらしい。

ホッとして俺は颯斗の背中をポンポンと叩き続けた。

颯斗が落ち着いてから店の掃除を終わらせると店を後にした。

家に帰ると颯斗からLINEが来た。

『さっきはごめんね。』

『いや大丈夫だよ。』

『迷惑だった?』

『いや別に。』

『本当?』

『うん。』

『ホント?良かった♡』

ガタ!!

俺は慌てすぎて椅子から落ちた。

ハート!?!?!?

え、なんか勘違いさせちゃったかな…

いやいや颯斗は誰にでもハートを使うタイプなんだろう!

そうゆうヤツいる…いるいる!!

俺は変に勘違いしそうになったことを内心颯斗に詫びながら眠りについた。


店に出勤するとアリエルがいた。

俺はあからさまに扉に背中を貼り付けたが、アリエルはまったく気にしていない様子だった。

俺はちょっと拍子抜けしてモップをかけ始めた。

「どう?もう店慣れたー?」

アリエルが俺に話しかけてきた。

「まあまあかなぁ。思ってたよりは大変じゃない感じ?」

俺はアリエルが箒で掃いた後にモップをかけながら言った。

「んーでもホント、無理矢理組み敷くヤツとかもいるから気をつけてねー。」

言いながらアリエルはしゃがんでゴミをチリトリに掃き集めている。

上から見下ろす谷間は圧巻だった。

少しだけ白いレースが覗いている。

「最初は怖いのとか嫌でしょう?やっぱり安心できる人とじゃないとね!」

アリエルが笑いながら俺を見上げたので、俺は慌てて視線を逸らした。

アリエルはチリトリのゴミをゴミ箱に捨てるとこちらに来て俺の股間にピンとデコピンした。

「顔は取り繕えても身体は取り繕えないねー?」

アリエルはクスクス笑いながら俺の横を通り過ぎ、掃除用具入れに箒とチリトリをしまった。

俺は顔が熱くなるのを感じながら慌ててモップをかけた。

「ねぇ、ミク!今日お化粧して出たら?モテると思うよー?」

「いいです!!!」

モテたくないし!!

それに…

おとといのアリエルの上気した顔を思い出した。

俺は頭をブルブルと振ってモップを絞り器にかけると、椅子を拭くためにおしぼりを出した。

テーブルの向こうでは髪を耳にかけたアリエルが腰を屈めてテーブルを拭いている。

大きく開いた胸元からおっぱいが溢れそうだ。

アリエルがこちらに気づいてニッコリ笑ってきたので俺は目を逸らした。

なんとか誤魔化すために話題探さなきゃ…

話題…話題……

「ねぇ、アリエルはさぁ、京子さんと付き合ってるんだよね?」

にこやかだったアリエルの顔が怒気を孕んだ。

「はぁ!?」

え?

「こっれだから童貞は…」

え?え?

俺なんか悪いこと言った?

「付き合ってないよ!ヤキモチ妬いてるって言ったからでしょ?

京子さんは誰にでも妬くの!

そのうちあんたも妬かれるんだから。

それにさぁ…」

アリエルは俺をじっと見た。

「わたし相手ぐらい選ぶよ。猿じゃないんだから。」

え、じゃあ京子さんは組み敷かれてないってことかぁ……ん?

俺、選ばれてる!?!?!?

俺は真っ赤になって椅子を超スピードで拭いた。

「教えてあげよっか。1から…」

耳元の声にビックリして振り向くとアリエルがすぐそばに来ていて俺の頰に手を当てた。

栗毛の髪がサラと流れて頬にかかる。

いい匂いにうっとり目を閉じかけて、あることに気づいた。

俺が教わるの、掘られ方!!!!!!!!

俺はアリエルを押し退けた。

「勘弁してよ。俺処女喪失やだ。」

ガックリうなだれる。

「つっまんなぁい!ミクはもうちょっとラフに生きた方がいいんじゃない?まあ真面目なのがいいとこだけどさー。」

アリエルはぶーたれている。

「褒められた…ってとっとけばいい?」

アリエルは危ない。かわいすぎる。

タチだってことをウッカリ忘れかける。

忘れた時が俺の男としての人生のピリオドだ。

「まぁね。いいんじゃない?」

アリエルは興味が無さそうに言った。

そのときLINEの着信音が鳴った。

颯斗だ。

『今日は店誰と一緒?』

『とりあえずアリエルがいるよ。』

『変なことされてない?』

されかけた。

『されてない。』

『そっか♪良かった。』

なんだろうこの恋人感…。

『アリエルは肉食だから気をつけてよ!(おこ)』

知ってる。

いや(おこ)って…。

俺はなんと返せばいいか迷った。

『掘られるのは嫌。』

『そうだよね!良かった…。』

良かったって言われても…。

『仕事戻るね。』

俺は携帯をポケットにしまった。


次の日俺は母さんの病院に来ていた。

先生から母さんに再手術が必要なことと、入院費が滞っていることを説明された。

昨日マンションのローンを今まで貰った店の給料のほとんどで払い、安心していた俺は愕然とした。

店に着くと京子さんの「ミクおはよう〜!」とゆう優しい声に俺は泣き出してしまった。

冬哉は無言で目を開いている。

「ちょっとどうしたの〜?」

俺は病院で母さんの手術入院費にかなりのお金がかかると聞いたことを話した。

「そっかぁ。いろいろあるよねぇ。」

京子さんが背中をポンポンと叩く。

少し言いにくそうに京子さんが口を開いた。

「ねぇ、ミク、売りは?売りに乗り出しちゃう?」

冬哉がこっちを見た。

俺はしばらく迷ってから、頷いた。

それを見て冬哉が慌ててポケットから封筒を出して俺に差し出した。

「え?」

「俺、返済終わったから。その残り。少ないけど。」

中を見ると5万7千円が入っていた。

「もらえないよ!!」

俺は封筒を突き返した。

「いいから。」

冬哉は戸惑うようにそっぽを向いた。

「冬哉、ホントにいいの?あんたがさんざん嫌な思いしてやっと稼いだお金じゃない。」

京子さんが心配そうに言った。

「うん。いい。もう終わったことだから。それに…」

冬哉が俺をチラと見てそっぽを向いた。

「…仲間だし。」

「よし!わかった!じゃあわたしも一肌脱いじゃう!」

ドン!と京子さんがグラスを置いた。

「ミク、いくら必要なの?」

「え、300万ぐらいですけど…」

まさか…ね。

京子さんが金庫から札束を3束持ってきた。

「あんたに貸すから、返すまではキチンとこの店で働いてもらうよ?」

「え、いいですいいです!無理です無理ですって!こんなの受け取れませんよ!!」

「その代わり途中で逃げたらどこまでも追いかけて体で返してもらうから。」

「え…」

「わたしの取り立て能力舐めないでね。」

ニコッと笑いながら京子さんが二の腕を出してメキメキと筋肉を隆起させる。

「ホントにこの人しつこいからね。」

ジュリアンさんがボソッと言った。

「ありがとうございます!!…ありがとうございます!!」

俺はまた泣き出してしまった。


閉店後、冬哉が日払いの半分を京子さんに返しているのを見た。

冬哉もまだ京子さんに借金してるのかな?と少し気になった。

京子さんがいつのもように他の店に飲みに出かけたので、俺と冬哉で閉店作業をすることになった。

「さっき、京子さんにお金返してたのって何?」

冬哉は一瞬ビクッとしてこっちを見ると、そっぽを向いた。

「なんでもない。」

なんでもないって…

必要以上に介入してくるなってこと?

冬哉に少しは心を開いてもらえたと思っていた俺は少しガッカリした。

そんな俺を見て焦ったように冬哉が口を開いた。

「あっ!ねぇ、ミクは一人暮らしなの?」

「うん。……?」

「家賃とか大変じゃない?」

「うち分譲なんだよね。まあローンはあるけど。」

「ローン大変でしょ?…貸しに出しちゃえば?」

「え、俺どこに住めば…」

「うちに来ていいよ!」

言った後、冬哉が赤くなった。

「いやあの!俺もずっと親の借金返すのに大変だったから!今住んでるとこは京子さんが貸してくれてるとこで、すごく安いから!半分だったらもっと安いし!俺も助かるし!」

冬哉がアワアワしている。

冬哉ってこんなキャラだった?

「助かるけど…迷惑じゃない?」

「うん…大丈夫。」

冬哉にはあんまり身の危険は感じないしなぁ…。

「じゃあお言葉に甘えます…。」

「うん!」

冬哉が安心したように微笑んだのを見て、とてもかわいいと思った。


俺は次の日マンションを賃貸に出す手続きをして、冬哉の家に住むことになった。

「ミーク♪おはよ!」

出勤すると颯斗がいた。

俺は店の扉に背中を貼り付けた。

「お、おはよう!」

颯斗は俺のそんな様子は気に留めず、箒をかけ始めた。

俺もモップをかけ始める。

カラン

店の扉が開いて冬哉が入って来た。

「えー冬哉早いの珍しいね!」

颯斗が言った。

「うん…これからは真面目に働くから……」

冬哉は俺の顔を見ると視線を逸らした。

「え、何…?」

颯斗が冬哉の様子を訝しんだ。

颯斗が俺のそばに走り寄り袖を掴む。

「なんかあったの…?」

冬哉が動きを止めた。

颯斗は俺の腕をギュッと握って俺を見上げた。

冬哉が目を開いて俺を見た。

「あ!いや!これはその!違くて!!」

なに弁解してんだ俺は。

いやいや、これは単に真実と違うことを誤解されるのが嫌なだけであって…けっして焦ってるとかではなくて…

「ミク、この店肉食が多いからさ、ホントに気をつけてよ…。」

冬哉は一瞬痛がるような顔をして、口を開いた。

「あ!お醤油切れてる!俺買ってくるね!」

冬哉は店を出て行った。

「俺も行く!」

俺は慌てて冬哉の後を追った。

颯斗は…どう感じるか気になった。

勘違いさせたのなら俺が悪い。

勘違いしてるかもと思ってたのにちゃんとハッキリさせなかったのは俺の落ち度だ。

少し行くと冬哉が立ち止まっているのが見えた。

「冬哉!」

冬哉はすごくビックリしている。

とりあえず近くの公園のベンチに冬哉を座らせた。

「どうしたの?」

冬哉はビクッとしてそっぽを向いた。

「どうもしてない。」

「あの…さ、変な意味とかじゃなくて、俺誤解されるの嫌だから聞いて。

俺颯斗と付き合ってるとかじゃないから。」

冬哉がこちらを見る。

「こないだ彼女と別れたって泣いてる颯斗を背中ポンポンして落ち着かせたんだ。それだけ。」

ぎこちない笑顔を作って冬哉を見ると、じわじわと冬哉の目が潤んだ。

「優しくしないで。」

え?

「俺、惚れっぽいから…。」

冬哉が下を向いた。

「え!?

だって冬哉は経験豊富で他人になんか興味ないって感じで…」

冬哉の上げた顔には少し怒りが含まれていた。

「誰かを好きになんかなったら仕事にならないでしょ!

俺好きな人以外に触られるとか無理だもん。」

かなり予想外だった。

「人を好きにならないように人を拒んでたってこと?」

冬哉はちょっと動揺したように視線を逸らすと、頷いた。

「もう、でも、必要ないから。」

冬哉は少し赤くなったように見えた。

俺は慌てて言葉を探した。

「お醤油、切れてるの?」

冬哉は「あっ」と口を開けると「ストックがあるの思い出した」と答えた。

俺は冬哉の嘘と店を飛び出した意味を考えようとしてやめた。

「戻ろっか」と声をかけた。


店に戻ると颯斗が怒りと哀しみと寂しさとパニックがごちゃ混ぜになったような顔で待っていた。

「ひどいよ!!俺ひとりで開店作業したんだからね!」

「ごめん…」

冬哉も申し訳なさそうな顔をしている。

もしかしたら颯斗は好きな人が他の人を追いかけてるのを見て傷ついた上に、そいつらに掃除までひとりでさせられたかもしれないわけで…

「ちょっと話してきていい?」

冬哉は動揺したがしばらくしてウンと頷いた。

俺は颯斗を連れてさっきの公園までやって来た。

「あの…さ、単刀直入に聞くけど、颯斗って俺のこと好きなの?」

颯斗はかぁっと赤くなるとウンと頷いた。

そうなんだ…。

「ごめん、俺颯斗のことそうゆう風に見てないよ。勘違いさせるようなことしたならごめん。」

颯斗の目からみるみる涙が溢れ出てきた。

「わ…かってる!…そんなことわかってる!言われなくてもそんなことわかってるよ!!」

胸がズキと痛んだ。

颯斗の目から絶えることなく涙が零れ落ちる。

颯斗はわかってて…素直に思ったまま感じたまま伝えてただけだったんだ。

俺は颯斗の背中に手を当てようとして、やめた。

颯斗が落ち着くまで、俺は小さくなった颯斗の背中を見ていることしかできなかった。

店に戻るともう19時を回っていた。

「あんたたち!遅い!!」

京子さんが怒っている。

「すいません…。」

冬哉を見ると、少し機嫌が悪いように見えた。

俺は自分のうまく立ち回れなさ具合を恨んだ。


閉店作業が終わると冬哉の家に向かった。

颯斗から「2人でどこに行くのか」と聞かれて正直に「冬哉の家に住むことになった」と伝えた。

颯斗は辛そうな顔をしていた。

冬哉も、少し辛そうな顔をしていた。

「嘘をつくよりいいはずだ」と何回も心の中で唱えた。

冬哉の家に着くとそこは六畳のワンルームだった。

え、狭くない?

荷物は貸コンテナに預けたから持って来たのは服ぐらいだったけど、さすがに2人で住むのには狭くないか?

「ごめん…狭くて。」

冬哉が恥ずかしそうに下を向く。

「いや、お金助かるから狭くてもいいよ!うん。」

ごめん、と言うように冬哉が頭を下げる。

「もう、寝るよね?」

「あー、お風呂借りていい?」

「え…」

冬哉が少し赤くなった。

「いや変な意味じゃなく!」

なんなんだこの感じ…

「あ、ごめん!俺起きてから入る派だから…そうだよね、普通だよね。」

タオルを受け取って脱衣所の無い風呂場に入るとシャワーを浴びた。

服を着て風呂場から出ると、布団が敷いてあった。

一組。

「え、これ…」

「ごめん…布団1個しかないのに考え無しに住めばいいとか言っちゃった…」

え!!!!?

じゃあ毎晩ここに一緒に寝るってこと?

「ご…めん。」

冬哉は泣きそうな顔をしている。

「だ!大丈夫だよ!俺何もしないから!」

俺が言うセリフじゃない気がしたけど、俺が言うべき気がしたから口から出た。

「寝…ようか。」

「うん。」

俺と冬哉は体がくっつかないように背中合わせに布団に入った。

しばらくしてお腹の前あたりがスースーすることに気づいた。

布団がそこだけ浮いている。

ふと冬哉の方も布団が足りていないんじゃないかと心配になって冬哉の方に掛け布団をずらした。

「いやミクの方が寒くなるでしょ!」

冬哉が俺の方に布団をずらした。

それからしばらく無言の布団の譲り合いが続いたが、これでは朝まで決着がつかないと思い、俺は意を決した。

「もっと寄ろうか。」

「うん…。」

背中をピッタリくっつけた。

寒さはなくなった。

背中の温かさに俺は朝まで眠ることができなかった。

背中の向こうから寝息が聞こえてくることもなかった。


店の扉を開けるとアリエルがいた。

「おはよー!何、あんたたち2人で出勤ー?」

俺は朝帰りを指摘されたような恥ずかしさに扉に張り付いた。

いや朝帰りなんてしたことないけども。

「ふう〜ん?」

物言いたげな声を上げながらアリエルは箒を取りに向かった。

俺も後に続いてモップを取る。

冬哉は外箒を取ると外に向かった。

「何、あんたたち付き合ってるの?」

「え、いや冬哉の家に住まわせてもらってんだ。」

「ふう〜ん。…もうエッチした?」

「し!!!てないよ!冬哉は…そんなビッチじゃないよ…」

アリエルは少し悲しそうに笑った。

「あんたいい男なのになんで童貞なんだろうね。」

え?いい男…?

俺は壁にかけてある鏡をまじまじと見た。

………。

キモイ。

「バカ?顔じゃなくて中身でしょ。あんた顔はキモイわよ。」

………。

自分で思ったのの100倍ぐらいのダメージを受けた。

「そんだけいいヤツだったら好きになる女のひとりやふたりいたでしょう。」

言いながらアリエルは俺に歩み寄り俺の顎を取る。

「こんないい女を虜にするんだからさぁ。」

アリエルの指が俺の胸から臍まで辿り、止まった。

「あれ?あんたEDになった?」

え?

言われて自分の股間に視線を落とすと、俺の息子様はシンと静まり返っていた。

え?ええ!?!?!?

俺、EDになった!?!?!?

「あんた…その年でEDとか…もう童貞卒業できないね。」

え!?ええええええええ!!!!

扉が開いて冬哉が見えたがすぐに扉は閉まり、冬哉は入って来なかった。

えええええええええええ!!!!

「アリエルちょっとごめん、出てくる!」

俺は冬哉を追いかけた。


俺は冬哉を公園のベンチに座らせた。

「冬哉、あれ違うから!」

何が違うんだろう。

何言い訳してるんだろう、俺。

「俺処女喪失とか無理!!!」

それだけは真実だ。

「何…してたの?」

いい男だって言われて虜にしたって言われてお腹を指でなぞられてEDだって言われて…ああどれも言えない!!!

どうして俺は…言えないんだ?

「信じて!アリエルと何か起こることはないから!」

なんで俺は…信じてほしいの?

冬哉はビックリしたような顔で聞いていたが、やがて視線を落とした。

「うん…わかった。」

力が抜けた。

なんか泣きそうにホッとした。


家に帰ると俺は風呂場で我が息子様と戯れてみた。

息子様は嬉しそうに元気いっぱいになった。

????????

俺…EDじゃないの???

なんで?

なんかよくわからなかったけど、俺は息子様が満足するまで遊んであげた。

風呂から出てドライヤーで頭を乾かしているとLINEの着信音がなった。

颯斗だった。

『ミク…ごめん。俺もうダメかも…。』

何が…?

『なんかあった?』

『最後にミクと話ができて良かった。』

最後!?

颯斗の声は震えている。

何の最後!?

『今どこ?』

『あじさい橋』

店の近くだ!

『最後にミクの顔みたいな。』

颯斗は笑うように吐き出すように言った。

『今から行くから!!はやまんないでよ!!』

俺はひとりで部屋を飛び出しかけて部屋に引き返した。

「冬哉!ついてきて!」


店の角を曲がると、あじさい橋が見えた。

欄干の前に颯斗が見えた。

良かった。

颯斗は無事だ。

颯斗はこちらに気づいてビクと動いた。

そしてこちらに涙でグシャグシャの顔を向け満面の笑みを浮かべると、欄干を掴んでいた手に力を入れて体を浮かせた。

俺と冬哉は走り出した。

颯斗が欄干に足を乗せてよじのぼり、欄干の上に立った。

俺が手を伸ばしたとき、颯斗は満足そうに笑って欄干の上から落ちた。

「うああああああああ!!!」

大きな水飛沫を上げて川に落ちた颯斗を追って俺は橋の欄干によじ登り、川に飛び込んだ。

俺の後に大きな水音が聞こえたので冬哉も飛び込んだことがわかった。

冬の川は凍りそうに冷たかった。

俺は水中で颯斗を掴むと引っ張り上げ、寒さで凍える声で叫んだ。

「ふざけんな!死んでどうなる!!」

颯斗は咳き込んで水を吐き出していた。

真っ青な顔の颯斗と冬哉を見て、店に移動することにした。


店の扉を開けると消し忘れかエアコンがついていた。

暖かい。

カウンター裏を覗くとアリエルが目を擦りながら起き上がるところだった。

「アリエル何してんの?」

アリエルは俺たちを見て目を見開いた。

「それはこっちのセリフよ!あんたたちこの寒いのにずぶ濡れじゃない!!」

アリエルは颯斗と冬哉に店泊用の毛布を渡すと、俺に申し訳なさそうにタオルを渡してきた。

「…俺に毛布はないの?」

「ないんだ、ごめん…。あんた…1番丈夫そうだし、いいでしょ?」

俺は使い古したフェイスタオルを腰に巻いた。

アリエルは手慣れた様子でエアコンの前に俺たちの服をハンガーで吊るし始めた。

俺も手伝おうとハンガーを手に取ったが、「あんたのポロリは期待してないから動かなくていい」とアリエルに押し戻された。

「あ、そうそう」とアリエルが言った。

「あんた今日日払い貰い忘れたでしょ。」

「あ!」と思ったけど別に明日でいいやと思った。

日払いと言えば…

「ねぇアリエル、冬哉が日払いの半分を京子さんに返してる理由知らない?」

アリエルは驚いた顔をした。

「え、あんた知ってるんじゃないの?

冬哉、あんたの借金を返してるんじゃない…」

え!?

どうゆうこと!?!!?

俺は勢い良く立ち上がると冬哉と颯斗のいるカウンター裏に向かい数歩歩いた。

タオルが落ちた。

目の前にみるみる真っ赤になる冬哉と颯斗が見えた。

横を見るとアリエルがまじまじと見ていた。

「これまた立派な仮性包茎だこと。」

うやおうわああああやあぎゃああおお!!!!!!!!!!!

母親にも思春期以降見せたことがない俺の皮付きウインナーを、まさか成人してから3人の男に同時に見せることになるとは思わなかった俺は…しかもアリエルに仮性包茎を指摘された俺は、しばらく立ち直れずその場に蹲った。


水の音で目が覚めた。

少し頭を持ち上げて時計を見ると、もう16時だった。

そろそろ準備しなきゃなぁ。

よっこらせっと俺が起き上がるのと同時に、風呂の扉が開いた。

「あああ!!ごめん!!」

冬哉は叫んですぐに扉を閉めると、浴室の中で体を拭き始めた。

見……て…しまったゾ。

なんとなく違和感を感じて視線を落とすと、息子様が嬉しそうに元気だった。

……寝起きだから?

男の裸なんかプールの着替えでもスーパー銭湯でもいくらでも見てるし…。

俺はアリエルのおっぱいを思い描いてみた。

息子様はおとなしく静まった。

冬哉の裸を思い出してみる。

息子様は元気になった。

アリエルを思い出す。

…………⤵︎

冬哉を思い出す。

…………⤴︎

!!!!!!!!!!!!!!

これは……

ガラと音を立てて浴室の扉が開いた。

俺は慌てて布団をかぶる。

これは…なんだ!?!?!?

「見…たよね?」

冬哉を見上げると髪をタオルで拭きながらむくれて真っ赤になっている。

えええ!!!

なんで!?

冬哉はたくさん人に見せてるんだから見られても平気なんじゃないの!?

気にするもんなの!?

聞いてみたかったけど怒られそうだからやめた。

「お、俺のも見たじゃん!おあいこおあいこー!!」

俺は作り笑いをしながら精一杯のフォローをしたつもりだったが、冬哉はさらに真っ赤っかになった。

いやいやいや、見るのだって散々見てるんでしょー?

こんな祖チンなんかどうでもいいじゃない!!

冬哉が無言で支度を始めたから、俺もなんとなく無言で支度を始めた。


その日、店が終わると俺と冬哉は日払いを受け取った。

俺が日払いのほとんどを京子さんに返すと、冬哉も半分を返した。

「あ!!それ!!!」

俺の息子流出事件のゴタゴタですっかり忘れてた!

「それ俺の借金ってホント?」

冬哉はビクとして「誰が言ったの?」と聞いてきた。

「そんなんどうでもいいだろ!なんで冬哉が俺の借金払うんだよ!」

冬哉は少し赤くなってそっぽを向いた。

「…早い方がいいかなって。」

「なんでだよ!冬哉には関係ないだろ!」

冬哉が顔を歪めた。

「あ、いや!俺、冬哉に何も返せないじゃん。」

冬哉の歪められた顔が切ない色を帯びた。

「…一緒にいてくれるだけでいい。」

「ふっざけんなよ!!金で買われてたお前が金で俺を買うのかよ!!」

言い過ぎた後でハッとした。

弾かれたように俺を見た冬哉は、そのまま黙ってしまった。

「ごめん…。」

それから家に帰ってもどう口を開けばいいかわからず、俺たちはギクシャクしたままだった。

背中の体温がとても居心地悪く悲しく感じた。


店に行くと2人きりじゃなくなったことに少しホッとした。

どうして、俺は冬哉を傷つけてしまうんだろう…。

どうして、2人きりで冬哉が納得できるように話をしてあげられないんだろう…。

頭を抱えていると開店してジュリアンさんがやってきた。

俺はウーロンハイを作りながら、いつも変わらないジュリアンさんに安堵していた。

「俺ジュリアンさんてなんかホッとするんすよね…。」

ジュリアンさんの頬が赤くなった。

あ!まずい!またやっちゃった!?

「いや、あの!恋愛感情は一切無くてですね、温泉に対する気持ちってゆうかコーヒーに対する気持ちってゆうかー…。」

「わたしには好きな人がいます。」

え!?

ジュリアンさん、好きな人がいるの!?!?!?

「まさか、京子さんですか?」

ジュリアンさんが珍しくなんの相槌もしないなと思っていると、見たことがないほどみるみる真っ赤になった。

「図星…ですよね。」

返事は無かったが明らかに今までよりお酒のペースが早くなった。

20時を回ると3人連れの客が店に入ってきて、俺と冬哉とアリエルがボックス席に入った。

京子さんと颯斗がカウンターでジュリアンさんの相手をしている。

「ミクちゃんはタチなのネコなのー?」

「あー俺ノンケなんすよ。」

すいませんと言うように頭を下げながら俺はもうすっかり言い慣れた言葉を言った。

「えーノンケなんだぁ!そうかぁ。冬哉くんは?」

聞かれた冬哉が戸惑った顔をした。

「あ…俺は……」

冬哉がチラと上目遣いで俺を見たので、なんとなく罪悪感を感じた。

最近の冬哉の接客は前とはまったく違っていた。

客を挑発することもなければ体をくっつけることもなくなった。

痺れを切らした客が「なるほど清純派ね。」と言い捨てた。

その言い方に悪意を感じて俺は少しムッとした。

「アリエルちゃんは?」

「わたしはタチですね。」

アリエルがいつものように好戦的な笑みを浮かべながら答えた。

カラン

「冬哉!!」

扉が開いて冷たい風が流れ込んできた。

振り返ると扉の前に脂バーコードが肩を上下させて立っていた。

「どうして…店に出ない!!…どうして電話に出ないんだ!!」

ズカズカと歩み寄った脂バーコードは冬哉の胸ぐらを掴むと引っ張り上げた。

「おい!」

俺は立ち上がり割って入ろうとしたが、一瞬早く脂バーコードの湿ったタラコ唇が冬哉に押し当てられた。

頭に血がのぼった。

「テメェ!俺の女に何すんだ!!」

殴っていた。

脂バーコードは勢いよく後ろに吹き飛んだ。

「ちょっとミク!!」

京子さんが驚きと叱責の声を上げる。

あ…俺何やってんだ。笑

みんな固まっちゃってる。笑

俺…何言った?

「お、男…だよね。」

俺は苦笑いしながら周りを見た。

…そうゆうことじゃない!

俺の?

俺のって何…。

脂バーコードは騒ぎ立てることもなく、起き上がると肩を落として店から出て行った。

あ!颯斗がまた死ぬとか言い出すかも!!

そう思って慌てて颯斗を見たが、颯斗はただただビックリした顔をしているだけだった。

いや、1番ビックリしてるのは俺で。

冬哉を見た。

目を見開いて、珠のような涙を零していた。

泣いてる…どうしてなのかわかりたいのに自分に動揺しすぎてわからない…冬哉…どうして泣いてるの?

悲しいの?

痛いの?

女って言ったから?

…また俺…傷つけたの?

冬哉が俺の手を取った。

そのまま座り込んで俺の手を額に当てて泣き始めた。

冬哉がどうして泣いているのかを俺には理解する余裕がなかったけど、自分の気持ちは「認める」以外の選択肢がないことを、わかっていた。


「冬哉、明日出かけない?」

「え、明日って…」

「京子さん明日休んでもいいですか?」

「うーん…まあ、いいけど?」


12月24日

俺は都内でも一番デカイと評判のクリスマスツリーの前に冬哉を連れてきていた。

たくさん考えた。

考えすぎて一周回って結局1番ベタな場所に落ち着いてしまった。

冬哉に1番喜んでもらえる場所は、童貞デート経験無しの俺の頭には難しかった。

ツリーの前で冬哉に向き合うと、冬哉の白い肌は電飾の光をまともに受けて色とりどりになった。

その様子に少し笑って、緊張がちょっとだけ楽になった。

「冬哉…。」

「うん…。」

冬哉も何かを察知しているのか、緊張しているようだ。

俺は冬哉のその様子を見てさっきより緊張を強めてしまった。

冬哉のお腹にパンチする。

「はうっ!」

冬哉はお腹に手を当てて体をくの字に曲げた。

盛大に笑って2人の緊張が解けた。

俺はまっすぐ冬哉の目を見た。

逃げ出したくなる気持ちと目を逸らしたくなら気持ちをなんとか黙らせて、俺は口を開いた。

「好きだよ。」

「うん…。」

知ってたと言わんばかりに冬哉が赤くなる。

「俺も…好き…。」

俺は冬哉を抱きしめた。

周りから俺たちどう見えるんだろうね?

ホモかな?

気持ち悪いかな?

でも今は、どうでもいいんだ。

冬哉以外の人間にどう思われたって怖くないんだよ。

…恥ずかしい思いさせてたらごめんね。

「……!」

冬哉が突然顔を上げて離れる。

冬哉の視線の先を見ると、アリエルと颯斗が腕を組んで歩いていた。

!!!!!!?!?!?

「アリエル!颯斗!」

アリエルがあちゃーっとゆう顔をした。

アリエルは俺たちの方まで来ると、腕にしがみつきっぱなしの颯斗を指差して言った。

「なんだか懐かれちゃったんだよねぇ…。」

颯斗がブーと膨れた顔でアリエルを見た。

そうか…それで颯斗はあのとき取り乱さなかったんだ。

「あ、ねえ、ここに4人いるってことは今、店って…」

冬哉が俺に耳打ちしながら心配そうな顔をする。

京子さん1人だ。

俺たちはアリエルと颯斗の邪魔をしないように目配せして2人で店に向かった。

京子さん4人も休ませてひとりで店って、無茶だよ…。

俺たちは店に着くと扉を勢い良く開けかけて、手を止めた。

扉の隙間から、カウンター越しに京子さんとジュリアンさんがキスをしているのが見えた。

!!!!!!!!!!!!!

俺たちは気づかれないようにそっと扉を閉めた。

「そうゆうことか…」

俺たちは顔を見合わせて笑った。

「帰ろっか。」


家に帰ると俺たちは昨日までとは違い恋人同士であるとゆう事実に気づいてしまった。

緊張感がやばい…。

いつものように布団に入り背中を合わせた。

けど…おれは反対に向きを変えた。

冬哉もそれに気づいて向きを変える。

向かい合わせになった俺たちの間には緊張と心臓の音と甘い空気がいっぱいで息が上手にできなかった。

冬哉が主導権を握ってくれたらな、なんて甘い考えに心を折られそうになったけど、俺には冬哉に主導権を握らせたくない理由があった。

俺は冬哉の背中に手を伸ばして抱き寄せた。

予想以上に冬哉の鼓動が大きくて、鼓動が合わさると俺の鼓動はさらに大きくなった。

とてもぎこちなく、俺は冬哉の唇に唇を重ねた。

冬哉はじっとしていた。

一度離して冬哉を見るともう一度重ねたくなった。

冬哉の瞳も同じ気持ちを語っていた。

何度も繰り返しているうちに「もっと」とゆう気持ちが大きくなった。

俺は意を決して舌を入れてみた。

冬哉は一瞬ビクッとしたが、口を開けた。

冬哉の顔が上気する。

冬哉の舌がまるで生き物のように縦横無尽に泳ぎだした。

「ちょ!ちょちょっと待って冬哉!!」

俺は冬哉の胸を押して顔を離す。

俺は鼻息が荒くなりそうな自分を抑えながら言った。

「そうゆうの無し!!技とか無し!!!」

冬哉が目を丸くしている。

「俺、気持ちいいを1番大切にしたくない。お互いを感じることを1番大切にしたい。一方的なのは無しね。」

冬哉は赤くなるとウンと頷いた。

これが俺が冬哉に主導権を握らせたくない理由だ。

俺は冬哉に「仕事」をさせたくない。「奉仕」をさせたくない。

俺は客じゃない。

きっと本当の満足ってそこには無いと思うから。

童貞が何言ってんだって感じだけど。

俺はただ冬哉を感じたいんだ。

ただそれだけ。

冬哉にもそう思ってほしい。

俺はもう一度目を閉じて、冬哉の唇に唇を重ねた。


(完)


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