表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の異世界田舎暮らし奇譚  作者: 須磨 隼人
2/2

第二部

 翌朝、ケンジは先日のように井戸から水をくむ仕事を始めようとする。

「じゃあ、よろしくお願いしますね」

「まーかせて」

 と、玄関のドアを開ける。すると、外には数人の人が列を作っていた。

「なんだ?」

 列を作っている人はセリナの家から出てきたケンジを見るなり駆け寄ってくる。その先頭は老婆だった。

「おお、あんたじゃろ? 異世界からきたって若者は」

「え? まぁそうだけど…」

 老婆は杖をついて、腰が悪いようだった。

「うちの屋根板が壊れての、雨漏りするんじゃ。ちょっくら直してもらえんかの」

 ケンジは村長の言っていた頼み事はこういうことか、と思った。

「ちょ、これから水汲みだから終わってからでいいっすかね」

「そうか、わかった。ほんだら待ってるけの」

 そう老婆が言うと、列を作っていたほかの村人が声を上げる。

「うちの庭の柵も直してくれ!」

「うちは家の階段!」

 この異世界であるアスタルにきて、いきなり忙しくなるケンジだった。

 セリナの家の水汲みを終え、老婆の家の前に来た。

「おそらく屋根板に穴が開いてるんじゃろ。付け替えてくれんか」

「やってみるよ」

 老婆から金づちと木の板を受け取る。立てかけられたはしごを上って屋根に上がる。

「どの辺っすかねぇ?」

 ケンジは屋根を見渡しながら老婆に聞く。

「煙突の近くじゃと思うんじゃが」

 家の屋根といってもそれほど高いものではなかった。ケンジはゆっくりと煙突に向かう。

「お、あれかな?」

 屋根板が少しではあるが凹んで割れているのを見つける。

「さて…」

 大工仕事は初めてのケンジだった。家の屋根は木の板を段になるように重ねていき、雨が入らないようにしている。

「引っこ抜けるかな?」

 割れた板に手をかけ、ケンジは思いっきり引っぱってみる。

「ぐっ…いけそうだ…」

 板はケンジの力に合わせてゆっくりと引き抜かれる。

「よっと…」

 屋根板を引き抜いたケンジはそれに釘が使われていないことを理解した。

「釘使ってないんだな…。それなら変えもこのまま差し込むのか」

 もらった木の板を段の隙間に差し込む。

「よし、トンカチで打って入れるか」

 目標の場所をまたいで金づちを振り下ろす。

「ははは、大工だよ俺」

 カンカンと木を打つ音を響かせて少しずつ木の板が差し込まれていく。

「よし、こんなもんだろ」

 最後に一打ちして作業を終えるケンジ。半身を起こして見下ろすと、老婆の他に数人の人がケンジを見上げていた。

「…みんな頼み事持って待ってんのかな…ははは…」

 屋根での仕事を終え、ケンジははしごを降りる。そこに老婆が寄ってくる。

「どうじゃった? おかしなとこはあったかのう」

「へい。こんなんなってる板を変えておきやした」

 ケンジは割れた木の板を差し出す。

「おお、そうか。助かったぞい」

「また雨漏りしたら呼んでくだせえ」

 老婆との話を切り上げると、待っていた村人が声を上げる。

「うちの庭の木の枝払いをおねがい!」

「部屋に棚がほしいの!」

「ペットの小屋を作って!」

 静かな村が突然騒がしくなり、ケンジの周囲に人だかりができてくる。

「へいへい! 順番っすよ!」

 こうしてケンジは村の便利屋としての生活が始まるのだった。

「あらあら、ケンジさん大人気ね」

 セリナがそんなケンジのそばにやってきた。

「ああ、セリナ。今日の畑は行けそうにないわ」

「いいですよ。あたしひとりで行けますから。それよりケンジさん、朝食を食べてからにしませんか?」

「おお、そうだった。みんな! ちょっくらメシ食ってくるからまた後で来てくれ!」

 ケンジの声に村人が返す。

「わかったわ。じゃあ広場で待ってるから!」

 そしてケンジはいったんセリナの家へと戻る。

「突然こんなことになって、ケンジさんびっくりでしょう?」

「村の男手はみんなどうしたんだ?」

「はい。大抵は町に出稼ぎに行ってます」

「そうなのか。でも爺さんなら結構見かけるけど」

「そうですね…。でもお爺さんたちは腰が悪かったりする方が多いですから」

「なるほどね。まあ、居させてもらうからには何か役に立たないとな」

 こうしてケンジの便利屋生活が始まるのだった。


 その日の夜、晩御飯を終えたケンジはセリナの入れたお茶を飲んでくつろいでいた。

「あー働いた…」

「ふふっ、大丈夫ですか?」

「まあこのぐらいなら平気だぜっと」

「頼もしいですね」

 と、そこへ玄関のドアがノックされる。来客には遅い時間だった。

「誰かしら? はい!」

「今日はもう店じまいだぜ?」

「ふふっ。…あら、ザケントさん」

 セリナがドアを開けると杖をついた老人が立っていた。

「すまんのセリナ、夜更けに」

「いえ。どうかしましたか?」

「なに、村のみんなの頼みごとを引き受けてる若いもんがいると聞いてな」

「はい。ケンジさんですね。今いますけど」

 セリナは身を引いて家の中が見えるようにする。

「ん? 俺に用なのか?」

 ケンジはそのセリナを見て椅子から立ち上がる。

「おお、お前さんがそうか。…ワシはこの村で大工をやっておったのじゃが、みんなからの頼みは大工仕事が多かったじゃろ」

 その話を聞きながら、ケンジは玄関へ向かう。

「うん。慣れてないからちょいと大変だったっすわ」

「そうじゃろ。今まではワシがやっておったのじゃが、この通り腰が悪くなってな。加えて利き腕も痺れとるんじゃ」

「…村の爺さんはほとんどそんな感じだって聞いたけど」

「そうじゃの。…それでじゃが、明日ワシの家に来てくれるか。大工仕事を教えてやろう」

「おっ、そりゃ助かりますわ。釘使わないで作るとかちょいとできそうにないんで」

「そうじゃな。釘は安いもんじゃないからの」

「そうなのか…」

 そして大工のザケントはセリナの家をあとにした。

「大工仕事ができるようになったら、店でも構えるか」

「ふふっ」

 そしてその日は就寝へと移る。

「久々の力仕事だったけど、明日ちゃんと起きれっかな…」

 ケンジは明日からいろいろと仕事が来るだろうと多少の心配があったが、それに反して強い睡魔に導かれたのだった。



 翌日、ケンジはザケントの工房にいた。

「そうじゃ。いい具合じゃの」

「へい」

「室内で使う木は乾燥して縮む。それを踏まえて組み上げるんじゃ。それで釘を使うのを抑えるんじゃな」

「なるほど…」

 こうして、午前中はザケントの下で大工を習い、午後に村人からの要望に応える日課になっていく。

 数日が過ぎるとケンジは村になじみ、ちょっとした人気者になっていた。

「ケンジくん、今度うちにご飯食べにいらっしゃいな」

「へい、ゴチになりやす」

「ケンジ兄ちゃん遊ぼうぜ!」

「おっと、この仕事が終わったらな!」

 ケンジの一日はこうだった。朝起きてセリナの家の水汲み。そしてザケントの下で大工の修行。

 その後、昼食を取って村人の頼み事に対応する。三件ほどこなすと日が落ちるのでセリナの家に帰る。

 さすがに小さい村なので、これを十日も続けると頼み事も少なくなっていた。

「慣れてきたせいか、疲れも溜まらなくなってきたな」

 一仕事終えた午後、そんなケンジのもとに村長がやってきた。

「ケンジよ、精が出るの」

「ども、村長さん」

「手が空いたならちょっといいか?」

「へい」

 村長はケンジを家の庭に通した。そこには数人の老人が待っていた。

「まあ座りなされ」

「あいさ」

 ケンジが木の椅子に座ると村長がその対面に座る。

「ケンジよ、お前はここにきてから肉を食べてないじゃろ」

「突然ですな…。そういえばそうかも」

「それでなんじゃが、明日に狩りに行くのを手伝ってもらえんかの」

「狩りですか。未経験ですけど、行きやすよ」

 ケンジは周りの老人がその狩人なんだと理解した。しかし、狩人というには少し頼りなさげに見えた。おそらく年のせいだろう。

「狩り自体は皆に任せるといい。お前は主に荷物持ちじゃな」

 そういいながら、村長は家の壁にかかっている剣を手にした。

「一応これを持っていけ」

「おお、剣だ。初めて見るわ」

 ケンジはそれを受け取る。ズシリと重いそれはケンジの腕の長さほどあった。鞘から引き抜くと刀身が光る。ショートソードだ。

「狩りは行く時期を決めて出とる。三十日ごとくらいにな」

「なるほど」

 ケンジが剣を鞘に納めると老人の一人が口を開く。

「若いの、木登りは得意か?」

「え? 木登りっすか? いやー木に登ったことなんてないっすけど…」

「そうか…。まぁ若いから足で何とかなるかのう」

「?」

 老人のつぶやきにケンジは荷物を持って走るのだろうかと思った。

「…罠とか仕掛けて捕るんですかね?」

「いや、ワシらが弓で射るんじゃよ。捕るものはそれほど大きなものではないわい」

「分かりやした」

 そして、翌日の朝から狩りに出かけることになったケンジ。その日は少し早めにセリナの家に帰った。

 夕食までの間、ケンジは借りた剣を眺めていた。

「うーん、ロマンだな」

「初めてですか? 剣を持つのは」

 セリナが台所で晩御飯をこしらえながら言う。

「うん。…まぁ、こういう物が必要な世界じゃなかったというか…」

「そうなんですか…。ちょっと想像できませんね」

 やがて晩御飯ができあがり、いつものように二人で食べることとなる。

「…ふむ」

 ケンジがシチューに似たものの器を眺めて手を付けない。セリナはそれを日替わりとはいえ、同じものなので飽きたのかと思う。

「すいません、同じものばかりで飽きたでしょう?」

「あ、いや…そういうわけじゃないんだ」

 手を付けなかったのを勘違いされて、ケンジは慌ててスプーンを手にする。

「この世界は。肉って貴重なのかな」

「お肉ですか? それほど貴重ってほどでもないですけど」

「そうなのか」

「食べたいですか? お肉」

「どっちかというと、こっちの世界の肉はどんなものかって興味があるかな」

「お口に合えばいいですけど」

「…俺が捕ってくるんだけどね。あ、俺は荷物持ちだったか」

「ふふっ」

 そしてその日は早めに休んで翌日の狩りに備えるケンジだった。



 森に入るのは初めてのケンジだった。歩いてすぐに深い森があるのはケンジ的に田舎と言わざるを得ない。

 すでに小動物を数匹、弓でしとめていた。ケンジの担ぐ棒にその小動物がぶら下がっている。

「いたぞ」

 高齢の狩人の一人が獲物を見つけ、狙いを定めるのもつかの間、矢が獲物に刺さる。

「がってん」

 ケンジはやがて息を引き取った獲物を取りに行く。

 特にこれといって大変なことではないと思った。この狩りに。しかし、しいて言うなら狩人の老人たちの様子が少しおかしいと感じる。

 獲物を持って老人たちの元へと戻ってきたケンジ。おかしいと感じることを聞こうと口を開いた。

「じいさんたち、なんか緊張してるようなんすけど…気のせいすかね?」

「分かるか…それはな」

 答えようとした老人の声を遮るように、一人の老人が声を上げる。

「待て」

 全員がその老人のほうを見た。その老人はしゃがんで地面の何かを見ている。ケンジはその老人に歩み寄る。

「どうしたんす?」

 老人がしゃがんでいるところにはキノコが生えていた。そのいくつかはむしり取られたように傘がなくなっている。

「キノコすか。…食べたらうまいんすかね」

「…いや、これはヌシが食ったあとかもしれん」

「ヌシ?」

 ケンジが聞き返しながら老人たちのほうを振り向くと、みな緊張した面持ちだった。

「この森に棲むデカイ獣でな。これに襲われて亡くなった村人もおるんじゃよ」

「…じいさんたちがなんか緊張してるのはそいつのせいだったのか」

「そうじゃ。見つかったらワシらじゃ到底逃げ切れるものではない」

 村の老人たちが頻繁に狩りに出られない理由がそれだった。

「ヌシの可能性があるなら切り上げて村に戻るかの」

「ああ、そうじゃな」

 そのとき、近くの草むらががさついて、唸るような音が聞こえてきた。

「まさか!」

 そこからゆっくりと出てきたのは一頭の獣だった。そそり立つ牙が口の両端から出ている。ケンジはそれをデカめのイノシシと見た。

「食って寝とったんか!! みんな、木に登るんじゃ!!」

 そう言うや否や老人たちは近くの木に身軽に登っていく。

「ケンジもはよせいッ!!」

「ええッ!?」

 老人たちの登った木は手足をかける枝のない、まっすぐな木だった。

「そんな、こんな掴むところのない木になんて登れないっすよ!!」

「ケンジ!! 後ろじゃ!!」

 老人の声に危険を察知してケンジはすぐさま振り向くとヌシが突進してきていた。

「うひょう!!」

 ケンジは素早く横っ飛びでその突進を回避した。正しくはなんとか回避することができた。

「ケンジィ!!」

「ラーセム!! たいまつに火をつけるんじゃ!! 早く!!」

「やっとる!! アイハンはケンジから離れたらヌシを狙え!!」

 老人たちの焦る声を聞きながら、ケンジはヌシから目を離さずにゆっくりと起き上がる。

「くそっ。走って逃げられる相手じゃなさそうだしなぁ…」

 ヌシは数回前足をかき、再びケンジに突進してきた。

「うおっ!! はえぇ!」

 ケンジは再び横っ飛びで回避する。しかし今回はかなりギリギリだった。

「ケンジ!!」

「…生きてるっす!!」

 老人の声にこたえながら、ケンジは起き上がる。

 その時、老人たちの放つ矢がヌシに刺さった。

「じいさんたち!」

 しかし、ヌシが体を振ると刺さっていたはずの矢が払われる。毛の中の皮膚は相当な硬さのようだった。

「マジか…! 矢は効かねえってことかよ…!」

 ヌシはさらにケンジを襲おうと、唸り声をあげる。

「くそっ、どうすれば…っ!」

 そう歯噛みしたとき、わき腹に違和感を感じたケンジ。見ると服が破れ、切り傷を負っていた。

「あっ! これセリナの親父さんの服なんだぞ!?」

「ケンジ! 大丈夫かっ!?」

「かすり傷っす!」

 そう答えながらケンジは逃げる方法を模索していたが、それをやめることにする。

「このケンジ、腹に傷を負ったことよりも、セリナにもらった服が破れることを怒るタイプ!!」

 ケンジはヌシの突進を木に衝突させる作戦で行くことにした。ヌシから目を離さずに、ゆっくりと近くの大きな木を背にする。

「ケンジ、何をするんじゃ!」

「…」

 集中するケンジに老人たちの声は届かなかった。ケンジはヌシの動きを頭でシミュレーションする。

「…生き物相手の場合、早さよりも落ち着くことを第一に考えろってジョータローさんが言ってたな…」

 ヌシがケンジのほうを向き、再び前足をかき始めた。

「来いッ!」

 ヌシが突進を開始した。まさに猪突猛進というべきものだ。

 ケンジは全神経を足に集中して、接近するヌシが間近に来たところで木を蹴って横っ飛びをした。

「どうだっ!?」

 ドン、と強い振動が周囲に響く。ヌシは気に頭から突っ込んだ形になった。

 ケンジは次の手を考えながら起き上がろうとする。しかし、そこへヌシが痛みの咆哮を上げながらケンジのほうへ飛びかかってきた。

「うおっ!?」

「ケンジぃ!!」

 ヌシに押し倒されてケンジはその体重の大きさを改めて知る。

「おっ、重てえッ!!」

 ケンジはこのままだと押しつぶされるという危機感の中、腰にある剣のことを思い出した。

「…やるしかねえッ!! 食らえッ!!」

 かろうじて自由な左手を握り、ヌシの目に向かって繰り出した。

 ヌシは目を傷つけられ、痛みと怒りの咆哮とともに、ケンジに牙を突き立てようと頭を横に振った。

「今だッ!!」

 ケンジは素早く剣を鞘から引き抜き、ヌシの喉元に突き刺した。

 ブヅンという感触が手に伝わってくる。どうやら頸動脈を切ったようだ。しばらくもない間に、ヌシはそのまま絶命した。

「くっ、重てえっつの…」

 ヌシの下から出てくるケンジ。そこへ木の上にいた老人たちがやってくる。

「ケンジ! 無事か!?」

「…へい、大したケガはないっすよ」

「やったな! ヌシを!」

「これで狩りもやりやすくなるわい」

 ゆっくりと立ち上がり、ヌシを見るケンジ。

「これ、食べられるんすかね?」

「そうじゃな。せっかくのケンジの獲物じゃ。皆で担いで帰るとするか」

 こうして、ケンジの初にして波乱の狩りが終わるのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ