第一部
「ぶえっくしッ!」
寒さを感じて目が覚める。ゆっくりと半身を起こして大きなあくびをひとつついた。
「さむ…ってどこだここ?」
自分が屋内ではなく、外で寝ていたことに気づいた。周囲には石柱が円状に立っている。その中心にある石の床に彼はいた。そこはストーンサークルのようだった。
「なんで俺、外で寝てんだ?」
彼の名前はケンジ。ケンジはゆっくりと立ち上がって体に異常がないか確かめる。
「家の近くにこんなとこあったっけ?」
眠らされて連れてこられたのかと、悪い考えも含めていろいろと予想する。しかし体に異常はないようだった。
空を見上げると少ないながらも雲がある。太陽も出ていた。その状態で自分のいるところがどこなのかは見当がつかない。
「とりあえずここがどこなのかって誰かに聞いてみるか…」
ケンジはストーンサークルから出て、小道にそって歩き出した。
俺の異世界田舎暮らし奇譚
ストーンサークルから続いていた小道を出ると、人通りのあるそうな大きめの道に出た。そこで周囲を見渡すケンジ。
「畑、かな? この辺は」
道の外には作物がなっている畑が連なっていた。それは人がいる証拠でもある。ケンジはその道を畑仕事をしている人がいないかと探しながら進んでいく。
「すげー田舎だな…つーか、建物が遠くにも見えないけどマジでどこなんだここは?」
自分で言ってて不安になってくるケンジ。そんな彼をよそに小鳥は甲高く鳴きながらケンジの頭上を横切っていく。
やがて、畑仕事をしている人を見つけた。ケンジはそれに少しの安堵を得て近寄っていく。
「すいませーん」
「はい?」
畑仕事の手を止め、ケンジに顔を向けたその人は女性だった。彼と大差ない年齢だろうと伺える。
「えっと…」
ケンジはイキナリここはどこかと聞くのはおかしいかと思い、言葉に詰まってしまった。
「あの、道に…迷いまして…」
かろうじて出た言葉はそれだった。
「まあ、それは大変ですね。どちらに向かうのですか?」
「あーっと、まあ、自分の家なんですけど…。ここがどのあたりかも分からなくて」
「そうですか。ここはアスタルの東方の村、ウェバークの近くですよ」
「え? あす…た?」
ケンジは女性の言葉を聞いて混乱する。その国も村も聞いたことのない名前だった。
そしてよく見ると女性の格好も田舎にしても見たことのない服だった。
「なんだか遠くに着ちゃったみたいですわ…ははは」
「?」
いろいろと考えても答えが出ないケンジは、これは夢だろうと思いつつ自分に対して笑う。
「気づいたら向こうにあるストーンサークルみたいなところで寝てたんですわ」
「えっ? あのストーンサークルから来たんですか?」
女性の目がケンジを見つめた。
「そうだけど…」
「それじゃあ異世界から来た人なのかしら…。村に魔導師さんがいますので聞いてみたらいかがでしょう。案内しますよ」
「え? 異世…?」
ケンジは、ああこれは夢なんだと思った。ちょっぴりリアルな夢なんだと。
女性は作物をかごに入れてそれを背負う。
「こっちです、ついてきてください」
「あ…へい」
ケンジは道すがら、この辺について聞こうと思ったが、何を聞いたらいいのか混乱して分からないでいた。
やがて、女性の言う村に近づいてきた。それほど遠くではなかったその村は、木より高い家がない、とても田舎なものだった。
「なるほど、遠くから建物が見えないわけだ…」
その風景に納得しながらケンジは村へと入った。
「こっちです」
「へい」
女性に連れられてその家へと向かうケンジ。そしてドアがノックされる。
「魔導師様、いらっしゃいますか?」
しばらくの間をおいてそのドアが開いた。
「おお、セリナか。どうかしたのかの?」
「魔導師様、こちらの方、気づいたらあのストーンサークルにいたとのことなんですが…」
「なんと、では異世界から…?」
魔導師と呼ばれた老人の金色の目がケンジに向けられる。
「ここではなんじゃ、入りたまえ」
「ども、おじゃましやす」
「じゃああたしはこれで」
ケンジはその魔導師の家に招かれた。
「おぬし、名はなんと言う?」
「ケンジっス」
魔導師は近くの椅子に座りながら聞いてきた。
「あのストーンサークルは魔力のたまり場での。時折異世界から色々な物が勝手に召喚されるのじゃよ」
「魔力…魔法っスか」
「うむ。大抵はなにかしらの物なのじゃが、おぬしのように人が召喚されるのはめったにない。ワシもこの村に住んで長いが初めてじゃ」
ケンジは軽く家を見渡して一番聞きたいことを聞いてみた。
「帰る方法はあるんスかね?」
「あるにはあるのじゃが…」
魔導師はそこで言葉をとめる。
「なんです? まさか生贄でもいるとか?」
「魔法の道具が必要となるんじゃ。名はフェニックスの羽という」
ケンジはそれを聞いて少し安心した。しかし魔導師は続ける。
「これがかなり高いものでの…。こんな村に住んでたら一生かかっても買えん代物なのじゃよ」
「はあ…」
ケンジは分かったような分からないような返事をした。
「とにかく、それがあれば帰れるんスね?」
「そうじゃの、逆召喚の儀式はワシが行うが、まだ経験はないのじゃが」
「帰れる方法が分かっただけでもいいっスよ」
魔導師はそう言うケンジに片眉を上げて言う。
「しかし、おぬしずいぶん落ち着いておるな…。見たことのないであろう世界に来て焦っているものかと思ったのじゃが」
「はは…まあ、夢だと思ってるんで」
「ホントに夢ならいいがの…」
そしてケンジは魔導師に礼を言ってその家を後にした。
村の中央にある広場に来たケンジ。改めて村を見渡す。
「電線とかないもんな…。すげー田舎ッ!」
ケンジの前を子供たちが駆けていく。
「さて、これからどうすっかね」
などといいつつも、何も考えていないケンジだった。
そこへ、村に案内してくれた女性がやってくる。
「魔導師様とお話されましたか?」
「あ、どうも。とりあえず帰るには魔法の道具がいるそうですわ」
「そうですか…」
そして女性は続ける。
「寝泊りはどうするんです?」
「へ? あぁ…考えてませんでしたわ。まぁ寒くもないですし、その辺に寝ればいいんじゃないスかね」
「そんな…。よかったらうちにきませんか?」
「え、いいんですかい?」
「困ってる人をほおっておけませんし」
ケンジはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、断れない状況にあると感じた。
「じゃあ、お邪魔しやす」
「はい!」
女性は笑顔で答える。
そしてケンジは女性の家へと向かうことになった。
「あ、あたしセリナです」
「俺はケンジっス。よろしく」
こうしてケンジはセリナの家に居候をすることとなった。
ケンジの言う田舎くさい家へと招かれる。当然のように木造の、まるでコテージのような家だった。おそらくこの村はどこもこんな感じなのだろう。
「手伝えることがあったらなんでも言ってね」
「はい、力仕事なんかお願いしちゃうかも」
「へい、おまかせを」
ケンジはこうして異世界の田舎村に滞在することとなった。
翌朝、ケンジは適当な時間に目が覚めた。
「何時だ?って時計はないんだった」
セリナの父親の部屋で寝ていたケンジはリビングへ向かう。
「あ、おはようございます」
ケンジに笑顔で挨拶をするセリナ。
「おはよう」
「よく眠れましたか?」
「うん」
そのセリナは朝食を作っているようだった。とりあえず寝すぎたわけではないとケンジは感じた。
「さて、何か手伝えることはあるかな」
「はい、じゃあこれに水を足してくれますか。井戸から水を汲んできてください」
「りょーかい」
台所にある大きな壷に水を入れるようだ。それが一日分の量なのだろう。
「桶は出しておきました。玄関でたらありますから」
「あいよ」
そしてケンジは水汲みに従事することとなる。
村には数箇所井戸がある。村人はみな朝に水汲みをするようだ。
「おっ、すげー。本物の井戸だぜ」
ケンジは絵に描いたようなそれを見てはしゃぐ。
「これを放り込むんだな」
備え付けの桶を井戸に放り込み、しばらくしてロープを引いた。
「結構深いんだな…」
思ったより桶が上がってくる時間が長かったが、やがてそれが見えてくる。
「よっと」
持ってきた桶に水を移す。
「セリナはこれを毎日やってんのか」
二つの桶に水を入れ、それを家へと運ぶ。
「この桶ももう少し大きかったら往復する回数も減るだろうに。…あぁでもセリナには重いか」
ケンジはその水汲みで井戸と家を何往復かしてやっと水の壷がいっぱいになる。
「水道って素晴らしいんだな…」
「ごくろうさま。朝ごはんにしましょう?」
「あいよ」
そしてセリナと朝食を始める。ケンジはテーブルに着くと焼きたての香りがするものを見た。
「ナンかな、これは」
「いいものは出せませんが…」
「いえいえ、ありがたくいただきやす」
「これを乗せてどうぞ」
セリナがジャガイモをふかしてすりつぶしたようなそれをケンジに差し出す。香りもジャガイモのそれだった。
「ほいっと。いただきやーす」
ナンに似たパンに乗せてそれを食べるケンジ。パンには少しの甘みが、ジャガイモに似たそれには塩味がした。どこもおかしいものではなく、逆においしいと思えるものだった。
「うん、ウマイっすよ」
「よかった」
セリナもそれを食べ始める。
「よかったらケンジさんのいた世界のこと、教えてくれませんか?」
「ん? そうだなぁ…」
ケンジは朝食を飲み込んで話を続ける。
「魔法はなかったよ。代わりに、といって言いか分からないけど科学ってのが発達しててね」
「かがく…どんなものですか?」
「そうだなぁ…家にあるものほとんどが電気で動くんだよ。掃除も掃除機、洗濯も洗濯機、あと料理も電気で暖めたりね」
「そうなんですか…それが魔法じゃないなんて不思議」
「あとは水なんかも水道が整備されててね。井戸ははじめて見たぜ」
「水道は大きい町なんかに行くとありますよ」
セリナと話しながらの朝食を済ませる。
「片付けたら畑に行きますね」
「おっけー」
手早く食器を洗うセリナ。食器は木製が多いようだった。
「はい、それじゃあ行きましょう」
「あいよ」
作物を入れるかごを持って家を出るセリナにケンジは続いた。
畑は村を出て少し行ったところにある。ケンジがはじめてセリナと会ったところだ。
「けっこうたくさん採るんかな?」
「いえ、二日分くらいですので、少しですよ」
畑への道すがら、ケンジはセリナのかごを見て話す。
「小さな村なので、地下室とか作れないんです。だから食べ物の保存がきかないんですよ」
「なるほど」
「畑で出来たものを採って、また種をまくって繰り返してるんです」
セリナの言うように、こうして畑仕事が毎日必要な理由だった。
「つきましたよ。二人ならすぐ終わりますね。そこのを掘り返してみてください」
「おっけ」
ケンジは言われた所を軽く掘ってみるとジャガイモのような野菜が出てきた。
「おっ、これは?」
「ポルトです。今朝食べましたね」
「ほうほう」
「あと二箇所くらい採ってくれますか」
「ほいさ」
土に触れるのが久しぶりなケンジは楽しそうにそれを続ける。
「いやー土いじりなんて何十年ぶりだろ」
「ふふっ、ケンジさん貴族みたいな生活してたんですね」
「そうなのかなぁ」
セリナは違う野菜をとりながら話す。そんな畑仕事はしばらく続いた。
「ポルトの種を植えたらおしまいです」
「あいさ」
十五日ほどできるポルトの種を植え、畑仕事が終わる。
小一時間ほどで畑仕事を終え、村へと戻る。ケンジの腹時計での小一時間だが。
「そうそう、村長さんに挨拶しときましょう」
「ほう」
「若い男の人が来たって喜びますよ」
「そりゃまたナゼ?」
「村の男の人はお爺さんばっかりですからね」
「なるほど。男手が足りないのか」
やがて村へと着き、その足で村長宅へ向かう。ケンジは村長というからには厳格な人なのかと少しばかり緊張する。
「あ、村長さん」
セリナがその家の庭にいるその人に声をかけた。
「…おお、セリナか。元気そうじゃの」
「はい。先日異世界からきた方をお連れしました」
「おお! 話は聞いておるぞ」
村長は二人の元へきながら言った。
「若いの、名は何という?」
「へい、ケンジっす」
「ケンジか。小さい村じゃがゆっくりしていくといい」
「どうも、助かりやす」
ケンジは村長が結構いい人だと感じてほっとした。
「ときにケンジよ」
「へい」
「体力には自信あるかの?」
「まぁ、体力くらいしか取り柄はないですが…」
「そうか。それなら村の皆の頼みを聞いてやってくれんか。見た通り村には男手が足りなくての」
「いいすよ。俺にできることなら」
「そうか、助かるぞ!」
何を頼まれるのかという不安は少しあったが、頼りにされるのは悪くないと思うケンジだった。
そして夕方になり、ケンジとセリナは家に戻る。夕食まで少し時間があった。
「うまいな、このお茶…」
ケンジはセリナが出してくれたお茶を飲んでいた。
「ケンジさん、明日お洗濯しますから、お父さんの服ですが着ててくれますか?」
「マジすんませんな」
セリナから畳まれた服を受け取るケンジ。
「それじゃお夕飯にしましょうか」
「待ってやした」
「ふふふっ」
こうして、ケンジの異世界田舎暮らしの初日が終わるのだった。