8 決戦は敗北確定?
さあ、いよいよ世紀の一戦が開幕いたしました。ティトラン王国軍1万に対しプルッキア帝国軍10万。どう思われますか、解説のハムちゃんさん?
そうですわね。まさか、10倍もの兵力差があるとは思ってもみませんでしたわ。
それも問題ではありますが、圧倒的多数の敵の召喚獣と精霊をどう思われますか?
そうですわね。これも厳しいですわね。しかも、敵にはドラゴンも二頭いるようですし、この兵力差でよく開戦に踏み切りましたわね。
おーっとー、ハムちゃんさんは先日、何十万の敵がいようと打ち破ってみせると豪語なされていましたよね? おやおや、あれは出まかせだったんですか?
そんなこと言いましたっけ? それ、記録に残ってますの? 証拠はございますの?
という脳内ひとり実況ひとり解説はさておき、状況は最悪だ。
まず、この世界の戦いだけど、騎士同士が剣をふるって戦うようなことは、ほとんどないらしい。
要するに、飛び道具を持っている相手に、剣で突っ込むようなことはしないということ。
飛び道具というのはつまり、召喚獣と精霊。
戦いは主に召喚獣と精霊の優越で決着するらしい。
じゃあ、騎士は何が仕事かというと、土地を占領したり治安を維持したりという後方任務が主なのだ。
召喚獣と精霊が戦っている間、騎士は基本待機。
待機中は魔術師が大勢で、防御膜と呼ばれるドーム状のバリアみたいなものを張って、被弾しないように騎士を守っている。
まあ、そう言われてみればそうだよね。
戦闘機がミサイルを放ち戦車が砲撃しているような戦場で、剣を持った騎士が走り回っているほうがおかしい。
唯一、例外なのが勇者。
勇者は聖剣エクスカリバーを持ち、離れた場所から斬撃を放つことができる。
さっきから、私の張っている絶対結界から一歩踏み出しては斬撃を放ち、また結界内に戻って休憩するという動作を繰り返している。
開戦したばかりの頃は、他の精霊や召喚獣もそうやって敵と戦っていた。
そうしなければ戦力差が大きすぎて、あっというまに敵に囲まれてしまうからだ。
昨日、会議でトールが力説していたとおりの戦い方だった。
王太子軍が敵に対して唯一勝っているところは、私の張っている絶対結界だけなのだ。
絶対の防御ということに加え、私が味方として認識している者は出入りが自由。
普通の防御膜は出入りが不可能だが、結界と名のつくものは出入りが可能。
そういうことらしい。
その代わり、一万人もの騎士をドーム状の絶対結界に収容している私は、ヒマワリの種をずっと食べ続けなければならない。
愛しい王太子様の手のひらの上とはいえ、次から次へと補充されるヒマワリの種を食べ続けるのが、私に与えられた任務なのだ。
一番活躍しているはずなのに、活躍している感じがまったくしない。
全軍を視野に入れるために造られた、三階建ての巨大な馬車。
その馬車の上に指揮官として立っている王太子様の手のひらの上が私の持ち場であり、まわりには、トールやシーラといった召喚獣術師や精霊術師が集まっている。
ただ、今現在かろうじて戦っているといえるのは、トールの召喚獣であるワイバーンとシーラの呼びだした風の精霊シルフぐらいだろうか。
あとは、勇者が前線でなんとか頑張っている。
それ以外の精霊や召喚獣は消えるか逃げたかで、トールとシーラ以外の術師はただ茫然と立ちつくしているだけだ。
トールのフェニックスも、すこし前に消滅した。グリフォンはずいぶん前に大ケガをして召喚を解除された。
シーラの水の精霊ウィンディーネは敵の集中攻撃を受けて、雨粒の大きさまで小さくされて、姿が見えなくなった。
地の精ノームもずいぶん前にドラゴンの炎を浴びて、地面の中に姿を消した。
敵の召喚獣と精霊は千匹前後いるのだろうか。
多すぎて数える気すら起きない。
びっしりとまわりを埋めつくした敵は、絶対結界のまわりを退屈そうに飛び回っている。
開戦初期に火を吹きまくって大暴れしていたドラゴン二頭も、することがなくて暇そうだ。
うーん、敗戦濃厚というか、敗戦確定だね。
どうやって撤退するんだろうね。
私は眉をしかめたまま、ボリボリとヒマワリの種を食べ続けていた。
「ねえ、ハムスター。何とかならないの?」
苛立ったような声に視線を向けると、シーラがこちらをにらんでいた。
「あんたの結界に守られて逃げられたとしても、もう私たちにこの次はないのよ! ボロボロになった精霊や召喚獣が回復するのに最低でも一カ月はかかるわ! 一カ月もあれば、この国は完全に敵の手に落ちるわ! そうなったら、もうおしまいよ! 私たちだけが生き残っても何の意味もないのよ!」
シーラのつり上がった目に涙が浮かんでいる。
他の術師たちも拝むような目でこちらを見ている。
「シーラ、やめないか。このハムスターの絶対結界がなければ我々はすでに全滅している。それに、絶対結界を張りながら、さらに攻撃することなどどう考えても無理だ」
トールが諭すように語りかけたが、シーラはかまわず、悲鳴のような叫び声を上げた。
「王太子様さえ生き残れば、私たちが全滅してもかまわないのよ! ハムスター、お願いよ!」
私はヒマワリの種を食べるのをやめて、ため息をついた。
『王太子様、ちょっと私のステータスを見てくれる?』
「えっ!? いいの、ハムちゃん?」
『みんなには内緒にしてね』
王太子様がうんうん、とうなずきながらステータスと念じるのが聞こえる。
えっへん。
婚約者である王太子様と私は、強く念じれば意志を通わせることができるのだ。
他の人とは接触していないと意思の疎通ができないから、トールもシーラも詳しい内容まではわからない。
ただ、何か話してるんだろうな、とは思ってるだろうけど。
さっそく、私のステータスを見たらしい王太子様が、強く念じて教えてくれる。
『えっとね、レベルが2になってる。それとね、決戦用支援部隊召喚っていうのが増えてる』
うん?
どういうこと?
というか、魔王倒してレベルが1しか上がってないってどうなんだろう?
ああ、そういえば、死んだから百分の一しかレベルが上がってないんだっけ?
「ねえ、ハムちゃん! ひょっとして援軍が呼べるんじゃない? ハムちゃんが何匹か助けに来てくれるんじゃない? それなら絶対結界を張ったままでも大丈夫なんじゃないかな?」
王太子様が見開いた目をパチパチと瞬きながら、思いついたように大きな声を出した。
あっ、という顔で口を抑えた王太子様に、シーラがすぐさま飛びつく。
「王太子様、それはこのハムスターの新しい技ですよね! よっしゃー! さっそく実行しましょう!」
なっ!?
シーラめ、いつもながらすぐ私を使おうとしやがる。
というか、私の許可を取れよ。
王太子様の許可じゃなくて。
「なるほど、援軍ですか。試してみる価値はありますな。お願いできますか、殿下」
お前もか、トール。
トールとシーラをにらみつけた私に、王太子様がおずおずと尋ねてくる。
「ねえ、ハムちゃん、どうかな? 決戦用支援部隊召喚って試してみたいんだけど、いいかな? ハムちゃんがケガをする訳じゃないみたいだしね?」
ウルウルとした瞳で私を見つめる王太子様に、私の胸が撃ち抜かれたようにキューンとなる。
うーん、王太子様に頼まれたら、望みを叶えてあげなくちゃって思っちゃうね。
でも――
『――どうやったらいいのかな? 召喚ってどうやればいいの?』
と念じた私に、うーん、と困ったような声を返した王太子様は、トールに、どうやったらいいかな? と尋ねた。
「そうですな、召喚獣の技のひとつだとすれば、強く念じるとかでしょうな。声は出せないわけですし」
ふーん、案外簡単だね。
そう思った私はすぐさま心の中で、決戦用支援部隊召喚! と念じてみた。
その瞬間、私の斜め上の空間がぐにゃっと歪んで、あたり一面がまばゆい光に包まれた。




