4 えっ? 結婚? 婚約?
その時だった。
王太子様の頭の上にぴかーんと光る輪っかが現われた。
さすがは王太子様だね。
頭に天使の輪っかみたいなのが浮かんでるよ。
うん?
これって、髪がきれいだから光って見えるの?
「殿下、契約の輪です。やっぱり、このハムスターは召喚獣だったようです」
「えっ? そうなんだ。ハムちゃんと僕が契約したってこと?」
なんとっ!
王太子様ってば、私のことをハムちゃんと呼んでくれるとは。
でへっ。
お姉さん、感激だよ。
名前がありきたりだけど、そこは、まあしょうがないよね。
あれっ?
私の頭の上にも小さな輪っかがあるね。
ひょっとして、これって結婚指輪みたいなものなの?
えっ?
ぷぷっ、いいの?
でも弟みたいなものだし、結婚はどうかなー?
でも、血が繋がってるわけじゃないし、それもありかな。
あっ!
じゃあ、私って王女様になるの?
「殿下、契約したということはステータスが見れるはずです。見てもらっていいですか?」
「えーっと、ステータスって念じればいいんだっけ。あっ、見えた」
えっ?
ステータスってあれよね。
私の情報よね。
ひょっとして、スリーサイズとか書いてる?
ちょっとー、王太子様といえども、さすがに乙女の情報を垣間見るのはダメよ。
あー、でも結婚したんだし、ちょっとだけならいいかな。
「読んでください、殿下」
「えーっとね、決戦用ハムスターLV1で、あとは絶対結界と半径1KM完全消滅(自爆)って見える……」
うん?
それだけ?
案外情報少ないんだね。
私がやってたゲームだとHPとかMPとかいろいろ見えるんだけど……
あっ!
でも、私ハムスターだからスリーサイズがわかっても問題ないよね。
よかったー。
「半径1KM完全消滅ですか。つまり、こいつを魔王城にぶつければまわりの空間ごと消し飛ぶということですね」
「ちょっとー、それすごいじゃないの! トール、あんたのこと見なおしたわよ! さすがは大陸一の召喚獣術師ね! ドラゴン以上の能力じゃないのよ! よっしゃー! さっそく実行よ!」
「そうだな、それいっとくか。四天王に囲まれて退路も断たれている以上、俺が聖剣で倒すってわがまま言ってる場合じゃないしな。王太子殿下、そうしましょう」
えっ!?
なんつった!?
この三バカコスプレおたくどもめ!
えっ!?
まさか、王太子様はそんなこと言わないよね!?
そう思いながら、恐る恐る王太子様を見つめると、王太子様はニコッと笑って、手のひらに追加のヒマワリの種を乗せてくれた。
あー、そうだった。
お腹がすいてたんだ。
さすがは王太子様、私の愛しい結婚相手だね。
私はすっかりご機嫌になって、ヒマワリの種をボリボリと食べ始めた。
あっ!
でも、さっきの輪っかは婚約指輪かもしれないな。
なんたって王太子様だからね。
いきなり結婚はないよね。
そうだね、婚約だね。
じゃあ、私と王太子様は婚約者ってことで。
ふふっ、玉の輿一直線だね。
「殿下、ワイバーンにこいつを乗せて、一直線に魔王城に向けて飛ばしましょう。こいつを中心に絶対結界が展開されてますから、そうすればこちらは魔導砲に対して死角になります。その間に、グリフォンに乗った我々は精霊に守られてまっすぐ直線上に撤退します。四天王が攻撃を仕掛けてくるでしょうが、そのくらいはなんとかなるでしょう。魔王さえ片付けば、後はなんとでもなります」
「でも、そんなことをしたらハムちゃんが……」
あっ!
そこそこ、王太子様、そこ気持ちいいですよ!
耳の裏!
ふふっ、王子様ったら、手が小さくてやわらかいんだからー!
もっと撫でていいですよ!
「王太子様、そのための召喚獣ですよ! ここで魔王を倒さなければ、王国は滅ぶのですよ! ハムスター一匹で世界が救われるのです! お安いものです!」
えっ!?
なんつったこの女?
えっ!?
今、どういう状況?
ふー、いかんいかん、このハムスター脳はすぐ目先のことに釣られてしまう。
気をつけねば。
私はボリボリとヒマワリの種を齧りながら、今までのことを整理することにした。
なにせ、元人間だ。
二十九年の経験と実績を使えば、ハムスターよりましな思考ができるはず。
まずは、魔王城。
こいつは足が遅いが、じわじわとこちらに向かってきている。
私が張っているらしい絶対結界とやらに守られているが、バンバン魔導砲とやらを撃ってきている。
次に魔族四天王。
この連中は正面にいる魔王城に対して、右、左、右斜め後ろ、左斜め後ろと、退路を断つ形で包囲している。
さらには、さっきから剣や鞭を振り回して結界を攻撃している。
ぜんぶ弾き返されてはいるけど、しつこく攻撃してきている。
そして、最後に私。
絶対結界とやらを張ってはいるが、張り続けるには食料が必要。
残り十五分って、さっき言ってた。
あとは、半径1KM完全消滅(自爆)って、さっき言ってたね。
これが、つまりは私の持っているもう一つの能力ってことなんだろう。
問題は、かっこの中の自爆という文字。
さすがは決戦用だよ。
あの頭輪っかの翼持った女の仕業か。
自爆ってどういうことよ。
いや、意味はわかるよ、意味はね。
ハムスターだけど、そのくらいはわかるよ。
私はチラッと王太子様の様子をうかがった。
目がウルウルだ。
泣きそうだ。
それはそうだ。
私の理想の弟くんはやさしくて、かわいくて、それに私の婚約者だ。
昨日拾ったばかりのハムスターと、自分の国を天秤にかけてくれるなんて、お姉さんうれしくて涙が出るよ。
でも、この状況ではいずれは全滅だ。
私だけが死ぬか、みんなが死ぬかのどちらかだ。
うんうん、短い人生ならぬハムスター生だったけど、いいよいいよ。
お姉さんが一肌脱ごう。
愛しい婚約者がつらい判断をする前にね。
そう決心した私は、王太子様の手のひらからトールの服に飛び移り、肩へとはいあがった。
トールの目をじっとのぞきこむ。
「そうか、行ってくれるか。すまんな」
さすがは大陸一の召喚獣術師だ。
話が早いね。
よしっ!
行ってくれ!
ワイバーンが再召喚され私を背中に乗せる。
グリフォンも現われ、四人が背中に乗った。
「ハムちゃん、ごめんね。ごめんね、ごめんね……」
かわいい王太子様の涙に見送られ、私はワイバーンとともに飛び立った。
あー、王太子様の涙っていいよね。
萌えたね。
これから燃えるんだけど、最後に萌えてよかったね。
そんな能天気なことを思いながら、私とワイバーンは魔王城の顔の部分に向かって突っ込んだ。
最後に、私が魔王城の口に向かって放たれ、舞い上がるワイバーンの姿が見えた。
それが、私の最後の記憶となった。




