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11 とりあえず伯爵令嬢かしら?

 いやー、まさかまさかの大逆転でしたね、ハムちゃんさん?


 ほーっほっほっほっ。私は最初からこうなるとわかっておりましたわ。何十万の軍勢が相手でも、必ず勝利できると開戦前にも断言いたしましたでしょう?


 えっ!? そんなことおっしゃってましたっけ? よくこれで開戦に踏みきったわね、みたいなことをおっしゃってませんでしたか?


 そんなこと言いましたっけ? それ、記録に残ってますの? 証拠はございますの?






 という脳内ひとりボケひとり突っ込みはさておき、騎士同士の決戦はあっという間に決着がついた。


 なんと、王太子軍が突撃してすぐ、プルッキア帝国軍が降伏したのだ。


 逃亡した部隊もいるにはいたようだけど、ほとんどの敵兵が武装解除して王太子軍の捕虜となったらしい。


 この世界の戦争というものがまるっきりわかっていない私は、なぜ? とボーッとしながらヒマワリの種を食べていた。





 魔王との戦いで最大の防波堤となっていたティトラン王国。


 その勇者様御一行が、なんとか魔王(魔王城)を倒し、人類共通の敵を打ち破ったところを裏切るような形で攻め込んできたプルッキア帝国軍。


 魔王という共通の敵がいる間は、大陸中の国家が不可侵条約を結び、お互い協力し合っていたのだ。


 条約違反ではないが、魔王が倒された次の日に隣国に攻め込むとはあんまりではなかろうかと、もともと戦意が高くなかったらしい。


 とはいえ、魔王との戦いで疲弊したティトラン王国軍に、隣国の大軍勢を押し返す力が残っているはずもなかった。


 プルッキア帝国軍は連戦連勝を重ねた。


 そして、おそらくは最後の大規模な戦いになるであろうと臨んだ戦場も、楽勝ムードで進んでいた。



 ところが――



 楽に勝てるはずの戦場。


 そして、最終決戦となるはずの戦場。


 そこに、なんと大天使が現われたのだ。


 ドラゴン二頭を含む召喚獣と精霊は、瞬く間に全滅。


 さらには、騎士隊を囲む防御膜をすべて破られて、魔術師もほとんどが起きあがれない状態にされた。


 ただ、この状況が騎士同士の戦いの始まりを意味するだけなら、まだ戦いは続いただろう、トールは言った。


 お互い、精霊と召喚獣という、飛び道具がなくなっただけで、騎士は無傷で残っているのだ。


 ティトラン王国王太子軍1万に対し、プルッキア帝国軍10万。


 まともに当たって、勝てるわけがない。


 でも、双方、ひとりの死傷者も出さず、決着はついた。

 

 理由はただひとつ。


 プルッキア帝国軍が大天使を敵に回した、ということらしい。


 大天使がティトラン王国軍に力を貸したということは、今回のプルッキア帝国軍の軍事行動が神の怒りに触れたということなのだ。


 これ以上戦闘を継続すれば、まちがいなく、さらなる神罰をくらうであろうと、敵の指揮官は判断したそうだ。


 今回は召喚獣と精霊だけの被害ですんだ。


 だが、次の戦いでは騎士団を攻撃されるかもしれない。


 さらには、プルッキア帝国本土が大天使の攻撃を受けるということも、当然考えられる。


 魔王や魔族が存在し、聖剣の力でそれに立ち向かっている世界で、神を敵に回しては国家の存亡にかかわる。


 そんなわけで、速攻で白旗降伏となったらしい。


 今もって、よくわかっていないけど、みんなの話をまとめると、そういうことらしい。


 異世界ってよくわからないね。





 あっさりと、戦いに勝利した後、私は王太子様の手のひらから離れて、トールの元に来ていた。


「それで、相談というのは何なんだ?」


 配下の召喚獣術師との打ち合わせが終わったトールが、私のことを思い出したようだ。


 いかつい顔をぐるんと回して、ようやく、肩の上に乗っている私に視線を向けた。


 戦いが終わったとはいえ、敵の捕虜の拘束や逃げた敵兵の追跡などで、誰もが忙しそうに働いている。


 トールの仕事が一段落するのを、私は今後の作戦を練りながら待っていたのだ。


『ねえ、トール。ぼちぼち王様と王妃様がこっちにやってくるんだよね?』


「そうだな。あと小一時間ほどで到着する予定だが」


 トールはそれがどうかしたのか、といった表情を浮かべて歩き出した。


『それなんだけどね。御両親にあいさつするのに、手ぶらっていうのもどうかと思ってね。手みやげとか持っていったほうが、私の印象もよくなるよね?』 


 はっ? と妙な形で口を開けっぱなしにして立ち止まるトール。


 ちょっと照れながらも、私は矢継ぎ早に思念を伝えた。


『ほら、私ってばぽっと出の庶民なわけじゃない? それがいきなり王太子様の婚約者だなんて言ったら、どうしても、うちの息子はやらーん、みたいなことになるでしょう? そうなったら、王太子様としても意固地になって、じゃあ、駆け落ちしますみたいなことになるじゃない? でも、王太子様はまだ十歳でしょう? 働くっていっても就職先にも困るし……あっ! でも、王太子様は治癒魔術のスペシャリストなのよね? じゃあ、病院とかで働けばいいかしら? あー、とはいっても、やっぱり小さいうちは親御さんと一緒に暮らすのがいちばんよね――』


「いやいや、ちょっと待て、ハムスター。落ちつけ、ハムスター」


 肩をびくんと震わせて、こちらをガン見するトール。


 振動でトールの肩から転がり落ちそうになりながらも、私はそのまま念話を続けた。


『うん? 落ち着いてるわよ。落ちついてないのはトールでしょう。まあ、先のことは後で考えるとして、とりあえず手みやげ用意できないかな、トール?』


「えっーーっとーーおぅ? そのーーおぅ? まず……第一に……お前、王太子殿下と婚約しているのか?」


 急に一オクターブ高くなったトールの声に、私はあれっ? と首を傾げた。


『私が王太子様の指をチュッてして婚約輪っか浮かび上がったでしょう? あの時、トールもいなかったっけ? うん? よそ見でもしてたの?』


「いやいや、それは見てたぞ。契約の輪っかのことだな。そのーーおぅ? えーっと、あれはハムスターの世界では婚約なのか?」


『うーん、私的には結婚なんだけど、王太子様はまだこどもだし、それに王太子様も結婚じゃないって言ってたから、まあ、婚約ってところかな。でも、トールが結婚だって言うなら、私は別に結婚でもいいんだけど――』


「いやいやいやいや、婚約だな、婚約。ふむふむ、私も婚約だと思うぞ。結婚ではないな」


 なにやら緊迫した面持ちで口をはさんできたトールに、私もうんうんと、うなずきを返す。


『だからね、トール。婚約相手の親御さんに初めて会うわけじゃない? 私の住んでた世界とは風習とかしきたりとか違うだろうけど、手みやげって必須じゃない?』


「ふむふむ、なるほど、それはそうだな。しかし、お前はこの戦い最大の功労者だ。手みやげは勝利ということで充分だ。十倍もの敵を打ち破ったんだ。それ以上の手みやげはないだろう」


 おー、トールってばいいこと言うね。


 うんうん、勝利が手みやげね。


 そうだね、相手は王様と王妃様だからね。


 それでいいか。


 できれば、ケーキとか持っていきたかったけど、このあたり、お店なさそうだしね。


 念のため、私は地平の向こうまで広がる草原をぐるっと見回して、こじゃれたケーキ屋が建っていないか確認した。


 うーん、やっぱりなさそうだね、と再びトールに視線を戻した私は、もうひとつのお願いを念じた。


『あとね、トール。この世界って王様がいるわけだから、貴族とかもいるよね? さっきも言ったけど、実は私って貴族じゃなくて庶民なのよ。ひょっとして王太子様の婚約者としては身分が低いってことにならないかな?』


「えっーーっとーーおぅ? そこが気になるのか? 身分とかを気にする前にもっと……いやいや、なるほど、気になるのかもしれんな。しかし、お前、大天使様と友達だとかなんとか、殿下がおっしゃってたな? それはすごい身分というか地位ではないのか? 庶民ということにはならんだろう?」


『あー、あの翼女ね。たしかに、ハンコ押されて行ってこいとは言われたけど。友達ではないよね、絶対に』


「なにっ!? つまり、お前は大天使様に直々に命令されてこの世界に送り出されたってことか!?」


 トールは顔色を青くしたり赤くしたりしながら、全身をかちんこちんに硬直させた。


 さすがに、大陸一の召喚獣術師も、大天使という名の悪魔が恐ろしいとみえる。


 それもそうか。


 精霊や召喚獣たちを一匹残さず消し去った悪魔が恐くないわけがない。


『あー、そうだけど、大丈夫だよ。またなんかあれば呼べって言ってたけど、あんな恐い奴、二度と呼ぶ気ないから。あー、そういえば、勇者にこの役立たずが、って言っとけって言われてたけど、勇者も恐がるだろうし、言わないほうがいいよね?』


「そうか、そういうことか……つまり、魔王にしてもプルッキア軍にしても勇者だけでは手に負えないとお考えになられたのか。それで、神の使いを送り込まれたということか……」


 トールがブルブルと全身を震わせながら、天に向かって手を合わせ、何やらブツブツと拝み始めた。


 よくわからないが、トールの奴め。


 私に身分を与えるのが嫌なのか。


 自分の懐を痛めず、神の使いというわけのわからん称号ですまそうとしているのか。


 そう思った私は、トールの耳を思いっきり引っ張った。


『トール、大天使とかどうでもいいから、私は王太子様の婚約者にふさわしい身分が欲しいのよ。小説とかでよくあるでしょう。公爵とか伯爵の養女にしてもらって、王太子様の身分と釣り合いがとれるようにするってやつよ。ねえ、トールの知り合いに貴族っていないの?』


 呻き声をあげながら耳を押さえて、こちらを涙目で見たトールが、えーっ、と声をあげる。


「神の使いってことで充分だと思うんだが……」


 と言いかけたところで、私に手をつねられたトールは、あわてて言いなおした。


「では、父に頼んで養女ということにしてもらおうか? こう見えても、私の父は伯爵だからな。それとも、シーラの家が公爵家だからシーラに頼んでみるか?」


 伯爵という言葉を聞いて、私の耳がピクンと跳ねる。


 なんですとー!? 


 まさかの灯台もと暗しですね!


 こんなすぐ傍にご貴族様がいらっしゃるとは!?


 よしっ、将来はまちがいなく王妃親衛隊長にしてやるからなと、私は心の中で喜びをかみしめながら、トールの手をバシバシ叩いた。


 シーラの公爵家も魅力的ではあるが、あの性悪女が義理の姉となれば、国政に口を出されるかもしれない。


 王太子様の政権を安定させるためには、温厚なトールのほうが親戚としては有益だろう。


 ハムスター脳を高速回転させて決断を下した私は、トールにできるだけ上品な笑顔を向けた。


『では、伯爵令嬢ということでお願いしますわ、お義兄様。できるだけ早急にね』

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