深淵少女と願い紐
今日は家にシーナが来たので妹のルネと三人でお茶会。その最中、シーナがクッキーをかじりながら話し始めた。
「リリー、駅前にアクセサリーショップ出来たの知ってた?」
「いいえ。駅前に新しく店が出来るのも珍しくないし」
「ルネしってるよ! 『マナのマジカルストーン』でしょ?」
「そう。ルネちゃん賢いね」
「何で知ってるの?」
「フランとアスタがいってたの!」
フランとアスタはうちで使っている従者人形だ。人間に変身して買い物に行ったりするから家の外の情報もある程度持っている。
「それで、その店がどうかしたの?」
「明日ちょっと行ってみない?」
「……ルネと従者人形だけで留守番はさせられない」
ルネはまだ人間で言う5歳児。従者人形たちも普段は人形のまま仕事をしているから、留守番は苦手だ。
「いいじゃーん、イサンドラ来るから彼女に任せたらー」
「いきなり軽いノリにならないで。イサンドラが留守番してくれるなら……まあ、いいかしらね」
わたしがそう言うと、シーナは椅子から立ち上がり鞄を取った。
「オッケー。じゃ、イサンドラに話つけとくわね」
「……まだ話してなかったのね。よろしく、もう帰るの?」
「いやー、わたし最近こっちの学校行き始めたからさ、課題が……」
「……ああそう」
学校……十代の子達が行く場所。わたしも行きたいと思うけど、ルネのこともあって行ってない。
「じゃ、明日。学校終わったら来るわ」
シーナを玄関まで見送る。ルネもついてきた。
「シーナおねえさま、かえるの?」
「大丈夫、また明日来るからねー。んじゃ」
「気を付けて帰りなさいよ」
シーナが見えなくなるまで見送って。お茶会の片付けしなきゃ……
翌日。朝から書斎に篭って本を読んでいた。
何時間も分厚い本を読み続けて。フランの声で顔を上げた。
「リリー様、イサンドラ様が来てるぜ。応接間でアスタが相手してるからあたしが呼びに来た」
「ありがとう、フラン。あと言葉使いは直したほうがいいわよ」
フランは口調が少々乱暴だ。見た目は愛らしいビスクドールなのに勿体無い。
「あたしはこれが性に合ってるんですよ、リリー様」
昔、パンクギャルという人種が持ち主だったことが原因だろうか?
「待たせてごめんなさい、イサンドラ。今日もまた美少女ね」
彼女はわたしたち“死せる魂の守護者”“地魔”の中でも精神寄生をする“翼の地魔”だ。今日の身体はストレートロングの黒髪美人だった。この国の人間だろう。
「やほ、当分は彼女を借りるよ。で、今日はシーナとデートの間、ルネちゃん見てればいいのね?」
「デートって……そんなんじゃないわよ」
えー、と残念そうなイサンドラ。時計を見ると4時。
「シーナの学校はいつ終わるの?」
「ん? もう終わってる時間だね。多分そろそろ来ると……」
キンコローン。呼び鈴が鳴った。
「アスタ、出て。シーナだったらここに連れてきなさい」
「はいですぅ」
足元をアスタが走り抜けていく。
「あの子達、よく働くねー」
「丈夫なのよ。さすがはあの“エレンタリア・ドール”なだけあるわ」
「“エレンタリア・ドール”は元々アナベルが妹に頼まれて子供のために作った人形らしいからね」
「来たよー。行こうか」
シーナが部屋に入ってきた。制服らしきブレザーとプリーツスカート姿だ。
「ちょっと待って、着替えだけしてくる。イサンドラ、ルネのことよろしく」
そう言って、応接間から出た。
廊下を歩きながら、何を着るか少し考える。
昔手にいれたブラウスと赤チェックのスカートでいいかしら。あれなら制服っぽいから多分シーナと一緒でも大丈夫ね。
「おー! リリーかわいい!」
「おねえさまかわいい!」
着替えて応接間に戻った瞬間、シーナとルネからの賛辞。
「じゃ、行ってくるわね」
「はいよ。ルネちゃん、ボクと遊ぼうか」
イサンドラは子守りが上手い。ルネは大丈夫だろう。
「行ってらっしゃいませですぅ」「気ぃつけて行ってこいよ」
アスタとフランが見送りにきた。
「大丈夫よ。留守番よろしくね」
家から駅前までは歩いて十分ほど。まあ家が住宅街のど真ん中だから仕方ない。
「リリーは学校行かないの?」
「ルネのことがあるって昨日も言ったわよね?」
「あ、うん……昨日帰ってからイサンドラと話したんだけど、リリーが学校行きたいなら留守番してもいいって言ってたわよ。リリーはずっとルネに付きっきりで面倒見てて……あの子今年でいくつだっけ?」
「209よ。地魔にしては成長が早いほうね」
わたしたち地魔は寿命が長く、成長も遅い。209で五歳児並みというのはかなり早い部類だ。わたしは人間で言う15歳だが、生きた年数は億を越えている。
成長速度には個人差がある。シーナは17歳ぐらいに見えるけれどわたしより年下。
「200年も面倒見てるんだから、数年のお休みぐらいいいんじゃない?」
「……学校の件は、考えておくわ。ところで問題の店は?」
「ああ、もうすぐよ」
あれ、と指差した先には、どことなくアンティークの品のようなオーラを放つカントリー調の建物。
店先に釣り下がった小さな看板には「マナのマジカルストーン」の文字。
シーナが木製の扉を開ける。からんころん、とドアベルの音。
店内も外観に違わず、白い壁紙に木製の棚やテーブルにアクセサリーが並べられている。店の一角には石が種類ごとにわけて入れられたビンが並んでいた。
「それね、最近パワーストーンって流行ってるでしょ? 効能にあわせて石を繋いでブレス作ったりアクセサリーにしてくれるんだって」
石のビン詰めの棚を眺めているわたしに、シーナが言った。
「パワーストーン……迷信でしょ」
「迷信でも信じれば救われるんだよ。それがこの世界の人間のチカラ。リリーもなんか試してみる?」
「遠慮しておくわ」
「ま、なんか欲しいのあったら言って。一個ぐらいなら買ってあげるから」
そう言って、シーナは別の棚のアクセサリーを見に行った。
石の力なんて信じてないけど、パワーストーンとして出回る石は綺麗だから好き。シトリンの優しい黄色やハウライトトルコの鮮やかな青。
せっかくだし、他のものも見てみようかしら。
「きゃ!」「わわっ!」
横の棚を見ようとした瞬間、すぐ横にいた人にぶつかってしまった。弾きとばされ、床にしりもちをつく。
「すみません、大丈夫ですか?」
「あ、はい……」
ぶつかってしまったのは20ぐらいの男性だった。脇には12ぐらいの女の子。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
女の子に手を差し出され、それにつかまって立ち上がる。
「お兄ちゃん、気を付けなきゃダメでしょ?」
「うん、ごめん、瑠美亜……ところでこれで合ってる?」
妹に説教される兄か……昔を思い出すわね。
もうわかりあうことはない兄。次に会うときがわたしか兄の最期。
そんな兄も、昔は気弱でよくわたしや姉様にお説教されていたわね……
どうして、変わってしまったのかしら。
「リリー?」
ぼうっと考えていたら、シーナが後ろから話しかけてきた。
「……どうしたの?」
「いや、わたしもう決まったけど、リリーはなんかあった?」
「ううん、いいのはなかった」
「……そ。じゃ、ちょっと待ってて」
そう言ってレジに向かうシーナ。さっきの兄妹はもうどこかに行っていた。
「あの店、店長がアクセサリーデザインしてるんだって」
わたしの家に帰ってきて。シーナは早速買ったアクセサリーの袋を開けていた。
「リリー、手ぇ出して」
五個目を開けた時、シーナがいきなり言った。右手をテーブルの上に置く。
シーナはわたしの腕をつかんで、ピンクの紐を腕に結び付けた。
「何これ?」
「“ミサンガ”っていうお守りの一種らしいの。その紐が切れたら願い事が叶うんですって。わたしからリリーにプレゼント」
「別によかったのに」
「お茶入ったのですぅ」
お茶のお盆を頭の上に掲げたアスタがぴょこんとテーブルに飛び乗ってきた。
「リリー様、その腕のリボン可愛いですぅ!」
「ありがと。シーナ、ちょっとそれ片しなさい」
アスタの頭を撫でる。「にへへ」と満足そうな笑みを浮かべるアスタ。
シーナは「はあい」と残念そうに出していたアクセサリーを袋にしまった。
“ミサンガ”か……しばらくはつけていようかしら。願い事を託す気にはならないけれど……
どうも、雪野つぐみです。
まず謝罪します。締め切り破りましたごめんなさい。
今回は書く内容が全く定まらなくて困った…最初に書いてた話とは全く別物になりました。
主催パートナーの文群さん、今回この話を読んでくださった皆様、締め切り一週間後のイベントのために贈り物をくれた先輩に、感謝を。