−夢の追憶− 第2話
私が、真剣に考えている様子を見た女性は、少し心配したような様子で尋ねてきた。
「さっき、街で電車に轢かれそうになった人がいると噂になっていたけど彼方?」
その話しを聞いて、青年のことを思い出した。そして、この女性がもしかしたら彼のことを知っているのではとの思いから、青年の風貌を説明して尋ねてみた。
〈さよ〉と呼ばれる女性は、以外なほどあっさりと答えてくれた。
「ええ、知っているわよ」
私は、嬉しくなって更に青年が何処にいるのかまで尋ねた。すると、女性の表情は益々(ますます)心配そうになって、こう言った。
「私の目の前にいるわ。だって、それは彼方だもの」
そして、こう続けた。
「今までのは、冗談で言っていたんじゃないのね。事故の影響かしら……。少し休んだ方がよさそうね」
そう言うと店の奥に戻っていった。
《私があの青年だって! どういうことだ……》
私は自分に問いかけた。そして、混乱している頭の中を整理しようと努めた。
しばらくして、女性が水の入ったコップを持って私の前にやって来た。コップをテーブルの上に置いたそのすぐ後ろには、先ほど私を笑い飛ばした男性が一緒にいた。
「これを飲んで気持ちを落ち着けて。それと、先生に見てもらった方がいいわ」
どうやら、男性は医者らしかった。コップの水を飲み干すと、私の目を視察したり、脈をとったりした。そして、口を開いた。
「事故に遭ったのは、兄ちゃんだったのか。知らなかったとはいえ、からかって悪かったな。今、見たところでは特に異常はなさそうだが、頭を打っているかもしれねえからな、記憶が欠落したのはそのせいかもしれん。しばらく用心した方がいい」
そう言って、また奥の席へと戻っていった。
〈さよ〉という女性は、心配そうにこちらを見つめている。そこで、自分が体験したことを順を追って話してみた。
まず、自分が上空から景色を眺めていたこと。何故か青年が目に入ったこと。青年が事故に遭いそうになり、目を瞑った次の瞬間には地上にいたこと。青年の姿が消えていたこと。青年を探している途中で此処に立ち寄ったこと。そして、自分がその青年だと言われたこと。
最後まで話しを黙って聞いてくれていた女性がこう言った。
「まるで、私がよく見る夢に似ているわね。私、時々違う世界の上空を飛んでいる夢を見るのよ。もっとも、彼方のは夢ではないらしいけど」
彼女の話す表情を眺めているうちに、懐かしくも切ない感情が涌き上がるのを感じ、親近感を覚えた。
私は、初めて逢ったにも関わらず、そういった感情を抱かせる彼女自身にも興味を持ち始めていた。もっとも、彼女は私を青年と思っているのだから、初対面とは思っていないのかもしれないが……。
そこで、それとなく疑問に思っていることについて質問をしてみることにした。
「さよさんは、私を知っていると仰っていましたが、此処にはよく来ていたのでしょうか?」
「ええ、そうよ。毎日のようにいらしてくれたわ」
彼女はうっすらと笑みを浮かべながら答えた。
「毎日。そんなに頻繁に……」
「もっとも、最初は先生に会われる為にいらっしゃったのよ」
「先生というのは、先ほどの男性のことですか?」
「ええ……」
彼女の顔から笑みが消え、寂しそうな表情でこちらを見つめていた。おそらく、私〈青年〉が記憶を失ったことを改めて実感したのだろう。