−少女− 第4話
私は俄かには信じることができず、聞き返していた。
「現世じゃないって? それに君と一緒に時を過ごしたって?」
沙羅はうなずいた。そして、何も覚えていない私に対して悲しげな表情を浮かべた。
沙羅は私を諭すような口調で話し始めた。
「その石は金剛石というものなの。その石を私たちを哀れんだ、あの御方がくださったの。再び、巡り(めぐ)逢うことができるようにと……」
「金剛石って、ダイヤモンドのことだろう。そんな貴重な物を誰がくれたんだい?」
《この石は、ダイヤモンドだったのか。そんな物を拾っていたなんて。いや、ちょっと待てよ、確か日本ではダイヤモンドは採れないはずだ。すると、沙羅の言っていることは本当のことなのか……》
私の頭の中は、また混乱してきた。沙羅は、押し黙っている私の気持ちを察したかのように話しだした。
「金剛石は、仏教に出てくる金剛界つまり、この世ではない精神世界に存在した石で、どの物質よりも硬いとされたの。それ故に征服できない、懐かない、という意味があるわ。金剛石とダイヤモンドを同じと考えるようになったのは、地上で一番硬い物質とわかった後のことなの。だから、ダイヤモンドと金剛石は厳密には別の物なの」
「この世ではない世界って……。それに沙羅、君とこうしていると何故だかとても切ない気持ちになるんだ。どうしてなのか自分でもわからないんだ」
私は、今の自分の正直な気持ちを打ち明けた。すると、沙羅は元の明るい表情に戻って、満面の笑みを浮かべた。
「私も同じ気持ちよ。だから、夕暮れに実物のあなたを見つけた時はすごく嬉しかったわ。だって、あなたをずっと探し続けてきたんですもの……」
私は段々と何故、金剛石を見て沙羅に対するのと同じように切なくなったのか、わかりだした。それは、きっと二つの金剛石がお互いの気持ちを伝えていたからなのだろう。これで、過去に見た夢のことも合点がゆく。夢に出て来た女性は、全て沙羅の分身か前世での姿だったのだろう。
《しかし、二人に金剛石を分け与えてくれた人物とは誰なのだろう》
私は、沙羅に今一度、尋ねてみた。
「沙羅、この金剛石をくれた御方とは誰なんだい?」
すると、沙羅は黙って自分の金剛石を、私のものに重ね合わせたのだ。二つはパズルの破片を組み合わせたかのようにピタリと合い、一つの塊となって眩いほどの光を放ち始めた。その光は徐々に熱を帯び、やがて閃光が迸ったかと思った瞬間、私は弾かれるような感覚と共に現実の世界へと引き戻された。
目が覚めてからも尚、まだはっきりと掌に熱い感覚が残っているような感じがした。その手の中には、夢で少女が金剛石と呼んでいた石を握り締められたままっだった。
ふと、空腹を覚えて時計に目をやると時間は既に午後九時を回っていた。私はいつもより少し遅い夕食を済ませると、今度はきちんとベットに横たわり、夢の中での出来事を回想してみた。
「あの少女の名は沙羅というのか…… また逢えるだろうか……」
そう呟き、実際に少女の名前を直接、訊ねてみたいと考えた。だが、少女との出逢いが余りにも印象的だった為に、あのような夢を見たのかもしれないなどと、あれこれ考えを巡らせているうちに何時しか、また意識は暗闇に吸い込まれるように朦朧とした状態に陥っていた……。