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その男は悪。僕たちは正義を成すのです。

 「――という理由で、まだ決めてないんですが…」

 夕暮れに染まる放課後の職員室。

 俺は綾瀬先生という女教師(45歳)に説教を食らっていた。具体的に言うと、なぜ部活を決めていないのかという話。仕方ないので、今朝の話を事細かに説明してやった。

 この女、本当は若い男と話がしたいだけなんじゃないのか。とも考えていたのだが、友人の話によればこの人は結婚して高校2年生の子供もいるらしい。若い頃は綺麗だったのだろうと思われる面影はあるが、高校生の俺から言わせれば、小皺の多いクソババアとしか言い様がないし、俺の嫌いな英語の教師という点でもマイナスだ。…まぁ、この教師があと20歳若かったら、俺の英語の成績が良くなっていたかもしれない。もう英検1級とか余裕で取得できるレベルになれただろう。惜しかったな、俺の人生。

 「あなたは、学校に来てから毎日の予習をやってるの?」

 「え? はい。そうですけど…何か、問題がありましたか?」

 「予習復習は家に帰ってから…まぁ、今はいいわ。それより早く部活を決めて頂戴。まだ決めてない人の中で、見学にも行ってないのはあなただけよ?」

 ほう。

 ということは、あいつは部活の見学には参加しているのか。今度会ったら、話でも聞いてみるとしよう。どこの部活にどんな女子がいたのかを聞かなくては、決まる物も決まらん。

 俺は先生に謝罪の言葉を述べてから、職員室を後にした。

 扉を閉め、大きく伸びをする。

 「んー…どーっすかなー…」

 北を向いている窓からは、赤と紫と黒の綺麗な空が見える。この時間の空は綺麗だが、同時に漠然とした不安を感じさせるからあまり好きではなかった。星空にも曇り空にも青空にも、不安なんて感じないのに、この夕闇の迫る空はどうしても好きにはなれない。意識を空から外せば、遠くで運動部の掛け声が聞こえてくる。その中にいるであろうクラスメイトらのことを考えると、少しだけ気が重くなった。

 ポケットに手を入れ、教室に向かってとぼとぼと歩みを進める。今日は何だか疲れた。弁当箱は重いし。部活は決まらないし。年増教師には説教されるし。踏んだり蹴ったりだ。どうせなら運命ではなく、女の子に踏まれたり蹴られたりしたいものだ。

 こういう時は帰って寝るに限る。いや、帰ったらとりあえずゲームの続きをしなければならなかったな。昨晩は、結局ボスが倒せなくて寝たのだった。まずは嫁パのレベルを上げて基礎能力値の底上げと、回復アイテムの購入、あとはスキルの見直し。露出の多い装備のみでクリアするにはやる事は山積みだ。

 廊下に人影はないが、少し隔てた所から響いてくる部活動の音は、確かに人の存在を知らせてくれて、少し気持ちを切り替えただけで奇妙な安心感を与えてくれた。

 だから、正直このタイミングで来てもらわなくても良かった。

 むしろ来ないで欲しかった。

 「あ、いたいた。ちょっと面白い話があるんだ」

 「面白くなかったら首絞めるぞ」

 俺はいつも通りの人好きのする笑顔を振り撒きながら廊下の曲がり角から駆けて来る昔馴染みの姿を捉えた。こいつの“面白い話”が、本当に愉快だった例は今まで一度もない。どちらかというと、俺にとっては厄介な事ばかりだった。

 俺の言葉を微塵も気にした様子のないこいつは、いつもの笑顔でいつもの“面白い話”を滔々と語り始める。

 「うん。あのね、この学校には演劇部が2つあるらしいんだよ。第1演劇部と第2演劇部」

 この学校、そんなに演劇部の人数が多いのか。それとも態々2つに分ける事情があるのか。そんな疑問も浮かんだが、それより俺が気になったのは、その話のどこにこいつが興味を示したか。案の定昔馴染みの話は続く。

 「第1演劇部は普通の演劇部なんだけど、第2演劇部はただたむろして遊んでるだけで、しかも部員が全員不良。新入生が第1演劇部と間違えて第2演劇部を見学しに行ければ最後、不良の部員に絡まれて、良くてカツアゲ、悪ければ人に言えないようなことまでされるんだって。登校拒否になった女子生徒もいるとか」

 「ほー…そりゃ、気をつけなきゃな」

 俺はその話を半分も信じてはいなかったが、それでも危険だという話があるのなら近付かないに越した事はない。

 君子危うきに近寄らず。選択肢は、行かない、の1つしかないだろう。

 「うん。行ってみようよ。第2演劇部」

 「うん。言うと思った」

 「あはは」

 「はっはっは」




 「行かないって、言ってんだろ…!」

 「行こうよ、行こうよ。きっと楽しいと思うよ。だって、そんな噂が流れるほど、変な部活なんて聞いたことがないよ」

 俺の体は思い切り関節を決められながら、着々と第2演劇部部室へと近付いていく。

 昨日は時間も遅かったので日を改めさせたが、やはりというか結局というか、俺はこの運命からは逃れられないらしい。半分諦めて、俺は段々と感覚のなくなっていく腕の心配をすることに専念していると、いつの間にやら第2演劇部の部室に到着してしまったらしい。

 そこは、暗幕の張られた空き教室だった。

 中からは何やら話し声が聞こえてくる。その声は緊張感に満ちていて、とてもじゃないが入れるような雰囲気ではない。

 「失礼しまーす」

 「え? は、入るの…?」

 と思っていたのは俺だけのようで、ガラリと扉を開け放って部室内へと何の躊躇も無さそうな顔で進入していく友人、その背に遅れぬように、俺はその後ろで小さくなりながらも部室へと入っていった。

 「あぁ。そうだ。王国騎士団第3特別部隊の、麗しき仲間だろう?」

 王国騎士団第3部隊?

 俺が声の方向を見遣ると、2人の男女が向かい合っている。男子生徒が女子生徒に悪い笑顔のまま顔を近づける。女子生徒の方は銃を持って憤怒の表情で男を睨みつけていた。

 「お前がその名を語るな…ッ! この下衆ッ!」

 女が一足で男の拘束から逃れて距離を取りつつ、銃口を男へと向けた。

 女はその動作の途中で俺達のことを一瞬見遣った。一瞬考え込むような顔をしてから、それはすぐに戸惑いの表情へと変わる。

 「い、一般人? ここは危ないわ! 逃げて!」

 男は女の言葉に笑みを更に深めた。

 「…ふっ…状況が飲み込めていないようだな」

 「何…?」

 「これで…3対1だ」

 「くっ…謀ったわね…私も殺して最後の仕上げって所かしら」

 女の表情が戸惑いから更に苦悶へと変わり、男は誇らしげに両手を広げた。

 「さぁ、お前の愛しい仲間の所へ送ってやるぞ」

 1歩、また1歩と男が歩みを進める。

 そこで、そいつは声を上げた。

 「残念ですが、2対2のようですよ。…まぁ、1人はもう使い物になりませんが」

 「お、お前、何のつもりだ…!」

 俺の関節はもう1度あらぬ方向へと曲がり始め、きしきしと悲鳴を上げる。

いつの間にか背後を取っていた友人の悪い笑顔を見て、俺はこいつのやろうとしている事を理解した。そして、心の中でため息を吐く。

 仕方ない。乗ってやるか。

 「何のつもり? 面白い事を仰いますね。見ての通りですよ」

 「き、貴様…! ぐぁっ…!」

 あまり強くはない拘束を、さも痛いかのように腕を捻る友人の動きに合わせて俺も声を上げる。

 「お、お前の妻と息子は俺が預かっている事を忘れたのか!?」

 突然の謀反に男はひどく動揺し、完全に体をこちらに向き直して非道な言葉を口にする。しかし、彼はそれを聞いても尚、笑顔のままだった。

 「いいえ。覚えていますよ。でも、まぁ…別に構いません。この状況で彼女を助ける方が、あの2人の何倍も価値がある」

 「何だと…?」

 「あの2人を支払って、彼女の味方役を買うんですよ。良い買い物でしょう?」

 俺は首筋に手刀を当てられ、その場に崩れ落ちる。

 …あー…これ、俺死んだのかな? 死んだんだろうな、あいつの性格から察するに。

 「早くその男を殺しては如何ですか? 何を躊躇う必要がありますか。その男は悪。僕たちは正義を成すのです。さあ殺しなさい。さあ! さあ!!」

 「そう…私は、皆の敵を討つの…躊躇う必要なんてない」

 ドサッと音がする。

 目だけでそれを追うと、男が尻餅をついて後ずさっている。他の誰でもなく、今まさに彼が殺そうとしていた彼女から逃れるために。

 「や、止めろ、佐伯…待て、落ち着け…」

 「お前を、許さない!」

 「止めろぉぉおお!!」

 「パァン!」

 銃声、口で言うのか…。

 「ふ、ふふ…これで、皆の敵を討てた…やった…やったんだ…私が…!」

 「はい。お見事でしたよ。…本当に、すごく役に立ちました。ありがとうございます」

 「えっ…?」

 「そして、さようならです」

 軽い音がして、女も床へと崩れ落ちる。

 「はぁ…まったく…こうも面倒だとは思いませんでしたよ。使えない女ですね。仕事は素早く的確にやってもらわねば困ります。…でも、まぁ、これでこの国の主要な騎士を全員殺せましたから、及第点ぐらいは差し上げますよ。これでこの国はもう終わりになるんですからね。クックック…」



****

 「いやー…まさかまさかの展開だったよね。この寸劇」

 「正直、劇に巻き込まれた時は何事かと思いましたよ」

 「3対1だ(キリッ)って言った後に、何のつもりだ! とか言うとは、自分でも思わなかった」

 「でも、楽しかったですよね。最後に僕は立ってたし、1人だけ目的を遂行したし」

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