第1話 俺の世界
広い広い空。
一度は、誰もが飛んでみたいと思う。
固い固い大地。
空と対立するかのように、存在する。
そして
小さい小さい俺。
病院の屋上にいることによって、余計にちっぽけに感じる。
「はぁ…。」
ガシャンとフェンス独特の鈍い音が屋上に広がる。
フェンスの穴から地上を見下ろすと、たくさんの人が動いている。
だが、いつもより、人が少ない。
理由は、ハッキリしている。
俺は、埼玉から、この石川に引っ越してきたからだ。
「なんで中三で引っ越しなんだよ…」
どうせなら、卒業後がよかった。
まぁ、今更もう遅いか…。
思い出が走馬灯のように駆け巡る。
改めて、地上に目をやる。
「…即死だな。」
生唾を飲み込み、フェンスに体重をかけ、恐る恐る登る。
風が思いのほか強く、一瞬グラつく。
「ウオッ!!」
先ほどより人が小さく見えるのは、気のせいじゃない。
覚悟を決める。
早く、人が来る前に…。
ガゴンッ
錆び付いた白色の重いドアが開いた音。
「っ!!」
慌てて、フェンスから飛び降りる。
勢いが余ったのか、冷たいコンクリートの上にしりもちをついた。
しりもちなんて、何年ぶりだろう…。
首を捻ると、屋上のドアが目に入る。
ドアノブは、完全に180度回っていると思う。
ギィッと音をたて、ゆっくりとドアが開いていく。
肩がまず見えて、その後は足。
普通はここで、右側の顔が見えるのだが、怖くて見られなかった。
どんな目で自分が映っているのだろう。
驚きと恐怖の顔が脳裏によぎる。
引っ越し初日に何やってんだろ、俺。
情けねぇ。
ドアが完全に開いた。
顔を伏せ、できるだけ見られないように。それから、少し体をズラし、自分なりに整える。
できるだけ、普通にしていたと思わせるように…。
足音が聞こえる。
だんだんと近づいて来るのがイヤでも分かる。
足音に負けないかのように、鼓動が大きくなる。
初めてだ。
自分が、今、猛烈に生きているって感じたこと。
やがて、足が視界に入ってきた。
スニーカー、しかもかなり古い。
男か?
瞳だけ動かすと、紺色のスカートのひだが目に入った。
女子か…。
少しだけ、ドキッとしてしまう自分がいる。
さすがに、目だけでは、顔は見えない。女とわかった以上、本能的に顔を見たくなる。
顔を上げようか上げまいか模索しているときだった。
「お兄さん、流行の最先端ですねぇ。」
柔らかい声が耳に入ってくる。
埼玉とは、違う。
ソフトなイントネーション。
それが引き金となり、勢いよく首を上げる。
太陽の光が目を、支配する。
目を細め、女の顔に意識を集中させる。
太陽の光に目が慣れ、女の顔が一瞬にして鮮明に見える。
女にしては、短い黒髪に、おくぶたえの目、柔らかそうな唇。
ブスではない。
だが、綺麗でもない。
どちらかというと、可愛い系。
まぁ、いわゆる普通の分類。
正直、少し失望感はある。
女の顔を見つめながら、ぼーっとしていたため、女の表情が変わる。
特徴的な唇が、動いた。
「すいません。」
女は、笑った。
その笑顔は、すごく幼かった。
もう、それしか言えない。
幼いの一言だけだ。
5分後、口がやっと開いた。
「アンタ、見たのか?」
少し声が裏返った。
喉がすごく渇いている。
ツバを口にため、潤すように喉に流す。
女の返事が聞こえない。
(やっぱり、見られた)
そう思った時、
「何をですか?」
「何って…」
自殺シーンなんて言えない。
「しりもちついたときですか?」
「その前…は?」
その言葉を聞いて女は、しばらく黙りこみ、真顔でこちらを見ている。
俺が視線に耐えきれず、目を泳がした。
「自殺っぽいことしようとしてた時ですか?」
「…」
「あ、あれ自殺行為だったんですか。」
「…」
俺は黙ったまま、目をコンクリートにやった。
見られてしまった。
俺は、今の状況より、親に知られたときのことを考えていた。
そんななか、女はしゃべりだした。
「最近、やたら自殺、多いですよね。」「理由は、多分しょーもないことなんですよ、みんな。」
少しムカッとした。
だから、思わず口を開いてしまった。
「しょーもないって感じるのは、人それぞれだろ。そいつには、重要なんだよ。
そんなこともわからねぇのか。」
頭に浮かんだものが、次々に言葉になっていく。
正直、
「勝った」と思った。
しかし、女を見ると、笑っていた。
「そんなもの分かりたくないですね。」
さっきと同じ笑顔だった。
幼い笑顔だ。
なのに、何故背中からこんなにも汗が流れ落ちてくるのだろう。