表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫†無双~慶次伝~  作者: RH
第2章 御遣
9/69

第3節 周瑜

「私の名は周瑜。こちらに我らが主君、孫策様がご滞在と聞き、参上いたした」


 雪蓮が訪れた翌朝。入口の鐘が鳴る音を聞いて応対に出た慶次郎は、二人の女性と向かい合っていた。眼鏡を掛けた褐色の肌の女性と、昨日天井から飛び降りてきた黒い長髪の少女である。


「確かに、ここにいるぞ。おーい、雪蓮!」


 冥琳はその流麗な眉をひそめた。あのばかめ、真名を許しているだと。


 ほどなくして、奥の部屋からしどけない格好の雪蓮が出てきた。


「どうしたの?冥琳」

「……」


 冥琳は目を瞑ると、小さなため息をついた。


◆◆◆


「こんなところにいたのか。探したぞ」


 冥琳は語気を強めた。


 雪蓮、冥琳、そして明命の三人は庭のあずまやにいた。彼女らが囲む丸い卓の上には、茶の入った三つの湯飲みがある。先程、慶次郎が置いていった。意外においしいので、冥琳は驚いた。


 庭に向かう部屋の縁側近くの床に、寝転がって書物を読みふける慶次郎の姿が見える。そんな男を見ながら、雪蓮は冥琳に問うた。


「結論は?」

「ああ。『本物』だ。下邳の天の御遣いとやらは」

「ふーん」


 気乗りのしない声で雪蓮は答えた。冥琳は話を続ける。


「かの者が下邳に到着するやいなや、諸葛亮と鳳統が現れて主従を申し出た」

「あの、伏龍と鳳雛が?」

「ああ。それだけではないぞ。他にも魏延、黄忠、厳顔……いずれも知るものぞ知る、猛将たちが主従を申し出ている」


 冥琳はお茶をすする。


「彼が下邳に来て二週間後、黄巾賊八千が来襲。州牧の陶謙は心労で倒れてしまった」

「それで?」

「下邳の兵士はそのときわずか二千。しかし、倒れた陶謙の前に『たまたま』いた天の御遣いの指揮のもと、徐州軍は黄巾賊を奇襲によって見事撃退。まあ、これは軍師の指揮によるものだろうが」

「ふーん」

「そこで名を挙げたのが、その黄巾賊を指揮していた波才を見事討ち取った関羽。そして、それに負けじと武威を示した張飛だ」


 さらに、と冥琳は続ける。


「彼女らの長姉である劉備は、その類いまれな魅力で下邳の『偶像』(アイドル)となっている。いや、彼女だけではない。関羽、張飛、諸葛亮、鳳統……皆、街では大人気だ。彼女らの似顔絵が、市の至るところで売られている。

それにともない、黄巾賊を恐れていた商人どもが、どっと集まった。黄巾賊を討つための義勇兵もぞくぞくと集まっている。その兵力は、少なく見積もっても既に三万。……そして御遣いが来て三週間後、陶謙は息を引き取った。徐州を御遣いに託してな」


 そこまで言うと、冥琳はもう一度お茶をすすった。


「結論として、天の御遣いは下邳に来てわずか三週間で徐州を得たことになる。誰にも恨まれず、誰からも称賛されるかたちでだ。そして今、徐州の首都である下邳は空前の繁栄を迎えつつある。

すべてが、御遣いの力によるものとは思えない。けれども、御遣いがいるからこその繁栄であることは確かだ。正直、私は恐ろしい。天が味方しているしか思えない。御遣いは、まさしく『天運』の持ち主と言うべきだろう」

「天運……」

「だが、これで我らの側に引き込むことは難しくなった。もはや、やつは徐州の英雄だ。我々が御遣いの『種』を得たいと申し出ても、容易に引き受けることはなかろう。特に、やつの回りの連中はな」

「そう」

「管輅の予言に頼りすぎたな。いくらその予言が外れたことがないとはいえ、小沛に気を取られすぎた。明命もこちらに配置していたし。とにかく、仕切り直しだ。何とか、天の御遣いとのつながりを作らなくては」

「そうねー」


 気のない返事を返し続ける雪蓮に、流石に冥琳は声を荒げた、


「おい、雪蓮!」

「何よ」

「空返事はよせ。真面目に聞いているのか?」

「聞いてるわよ」

「お前が思いついた、天の御遣いの血を入れて……計画。ほぼ、潰えたのだぞ」

「考えてみると、お馬鹿な計画よねー」

「……お前がそれを言うか」


 冥琳はがっくりと肩を落とすと、ため息をついた。そして、雪蓮の視線の先を追う。


「そんなに、いい男か」

「そんなに、いい男よ」

「……」


 雪蓮は慶次郎の姿を見つめ続ける。冥琳がその横顔を睨み続ける。張りつめた時間が過ぎていく。その二人の前で、明命は顔を真っ青にしている。自分でも気づかぬうちに、息を止めてしまっているようだ。彼女がぷるぷると震えだしたとき、ようやく冥琳が声を発した。


「まさか、後を蓮華様に譲るとでも言うのではあるまいな。冗談でも許さんぞ」

「蓮華に後を譲る……」


 雪蓮は冥琳の言葉を繰り返す。そして頷いた。


「譲ってもいいわ。それで、あの人が振り向いてくれるなら」

「雪蓮!」

「でも、だめね。……せめて『王』にはならないと」

「雪蓮?」

「呉に帰るわ。早く、王にならなくては」

「しぇ……」


 冥琳は言葉を止めた。


 昨晩、慶次郎は雪蓮を抱かなかった。酔いつぶれた雪蓮を奥の寝室に運ぶと、戻って独り、酒を飲み続けていた――らしい。起きたとき、当然あるべきと考えていたその温もりは隣になかった。その時に感じた寂しさ、そして……。


 雪蓮の瞳には、狂気にも似た光が宿っていた。


「あの人を、振り向かせるわ」


◆◆◆


「慶次、世話になったわね」

「なに。旨い酒が飲めた」

「こちらこそ」

「そういえば、雪蓮」

「なあに?」

「おぬし、何をしに来たのだ?」

「忘れちゃった」


 雪蓮はちろりと舌を出すと、くるりと背を向けて足早に屋敷を出て行った。冥琳と明命は慶次郎に一礼すると、すぐさま雪蓮の後を追いかける。彼女の足は、速い。


 一刻も早く、呉に帰ろう。


 そして、袁術を潰す。


 そうしたら——。


 彼らが街の中央部に至ったとき、雪蓮がくるりと振り向いた。猫のような笑顔である。既に、先ほど冥琳に見せた一瞬の狂気は消えている。そんな彼女を、冥琳はじろりと睨んだ。


「何よ、冥琳。怒ってるの?」

「当たり前だ。さっき、自分が言ったことを忘れたのか?」

「私が言ったこと?」


 雪蓮は右手の人差し指を顎に当てて、首を傾げる。


「ああ、蓮華に後を譲るって言ったこと?」

「そうだ。たかが男のことで、そのような大それたことを」

「ただの男じゃないわ。天の御遣いよ」

「ふん。天の御遣いが二人もいてたまるか。それに」

「それに?」


 こちらの方が、より重要なのだろう。冥琳は息を整えると、静かな目で雪蓮を見つめた。


「好いた男を振り向かせるために、王になると言ったな」

「そんなこと、言ったかしら」

「しらばっくれるな。そんなこと、私はともかく」


 そう言うと、冥琳は一瞬、明命に視線を移した。明命はびく、と身体を震わせる。


「……他の連中に聞かれてみろ。許されん」

「わかってるわよ」


 雪蓮は両手を腰に当てると、静かに言った。


「私が王となるのは、お母様の無念を晴らすため。そして、孫家を奉じ、命をかけてくれる者たちの居場所をつくるためよ」

「わかっていれば、それでいい」

「だけど」

「だけど?」

「理由は幾つあっても、いいわよね?」

「雪蓮……」


 ぐきゅるるる。


 緊張を引き裂く緩慢な音が響いた。雪蓮と冥琳が同時に振り向く。その音源は、明命のお腹辺りであった。


「も、申しわけありません!」

「いいのよ。そういえば、もうお昼ね。どこかで食事でもしましょうか」

「あ、それでしたら」


 明命がうれしそうに答える。そして、ある建物を指さした。


「あそこはいかがですか」


 そこには、五階建ての真っ赤な建物があった。店先から、絶え間なく人々の笑い声が聞こえてくる。なかなか繁盛しているようだ。


「『流流楼』という、この街一番の高級料理店です」

「流流楼……」

「何でも、一年前にできたばかりということで。ここ小沛でも、人気のお店です。私も一度食べたいと……」

「……ほかの店にしましょう」

「しぇ、雪蓮さまぁ~」


 肩を落とす明命を尻目に、雪蓮は再び歩き出した。


 妙に、気に入らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ