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恋姫†無双~慶次伝~  作者: RH
第9章 昇竜
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第1節 銅貨

 慶次郎が、席に戻る。麗羽たちは無言である。目の覚めるような「舞」であった。一瞬で目を奪われた。とはいえ、「詫び」として示されたそれに称賛の声を送るわけにもいかない。それゆえの無言であった。


 ようやく、麗羽にこの男に対する関心がわき始めた。ただの無礼者ではないのは確かである。それに「前田慶次郎」という名、どこかで耳にしたことがあるような気がする。


「あ、あの」


 そこに、店主がおずおずと現れた。今日の売上が入ったザルを手にしている。慶次郎が声を掛けた。


「どうした、店主?」

「へ、へい。この方たちのお昼のお代の分は、すでに働いていただきまして」

「ほう」

「これは僅かばかりではございますが、お代を超えた分の給金にございます」


 店主はそういうと、麗羽たちにそれぞれ、数枚の銅貨を渡した。麗羽は不思議そうな顔で、その錆びた金属の塊を見る。光っていない金属を見るのは久しぶりだった。何だろう、これは。思わず、隣の男に問うた。


「慶次さん、これって何かしら」

「決まっておろう。金じゃ」

「お金?でも、光っていませんわよ」

「知らんのか。これは銅貨じゃ」

「銅貨?」

「おぬし、筋金入りの『箱入り娘』のようじゃのう。そうじゃな。金貨を拝むには、少なくともそれが千枚分は必要ではないかな」


 麗羽は改めて、その手の上の銅貨を見た。昼の食事分を差し引かれているとはいえ、午後一杯働いてこれしかもらえないとは。腹が立つより、それはもはや不思議の域であった。


 隣で、慶次郎が自分の働いた分を給金として店主から手渡されている。彼は昼のうちに自分の食事分はすでに払っていた。したがって、その給金は麗羽たちよりはだいぶ多い。慶次郎はその手に乗せた給金にちらりと目をやると、そのまま店主の手に戻した。


「店主。今、食えるもんはあるかの」

「うーん、そうですねえ……」


 ほとんどの食材は使ってしまっている。だからこそ、今日は店を閉めたのだ。店主は首を傾げて考えていたが、ふと思い出してぽんとその手を叩いた。明日の朝のため、すでに仕込みが終わっている「あれ」がある。


「少しお時間をいただきますが、『ニラまんじゅう』なら」

「いいな。それを頼む。わしの給金で四人前、足りるか?」

「ちと足りません。でも、大目に見ましょう」


 そう言うと、店主は笑いながら厨房に戻っていった。


◆◆◆


 四人の前に、大皿に山と積まれたほかほかのニラまんじゅうがある。慶次郎は、麗羽たちの四人掛けの食卓に移動していた。慶次郎の左に麗羽、そして麗羽の前には斗詩、その隣に猪々子である


「わしの奢りじゃ。好きなだけ食うが良い」

「やったー!兄貴、ありがとー!」

「いただきまーす!」

「……」


 午後はずっと働きずくめだった。すぐさま、猪々子と斗詩は手を伸ばす。麗羽だけが手を伸ばさなかった。当然、腹は減っている。しかし彼女の目に、「それ」はあたかも泥まんじゅうのごとく映った。こんな下卑なものを、正直食べる気にはなれなかった。


 そんな彼女を横目に、慶次郎が手を伸ばす。そして、一手でニラまんじゅうをその口に放り込んだ。


「うむ。美味い」


 咀嚼しながら、慶次郎がにっこりと微笑む。その笑顔を見て、麗羽も恐る恐るそれに手を伸ばした。そして、目を瞑って一口食べてみる。その目が見開かれる。


「どうじゃ、麗羽」

「……美味しい」


 思わず、声が出た。麗羽はその頬を押さえる。


「こんなに美味しいおまんじゅうを食べたのは初めてですわ。もしかして、名物だったりするのかしら」

「こんなこと言うとるぞ、店主」


 慶次郎は店主に話を振る。店主は恥ずかしそうに答えた。


「も、もったいないお言葉にございます。ですが、うちはどこにでもある酒家でございまして」

「だ、そうじゃ」

「でも……」


 言葉を継ごうとする麗羽の前で、慶次郎は微笑んだ。


「働いた後の食事じゃ。まずいわけがなかろう」


 麗羽は何も言えなかった。


◆◆◆


 その夜、麗羽は夢を見た。


 真く透ききった空と、赤く荒涼とした大地。気づけば、その境目に一人たたずんでいた。


 青空を貫くように太陽が輝いている。それを目を細めて見上げていると、その白い光の中に黒い点が見えた。その黒い点は、大きさを増して近づいてくる。見れば、それは馬であった。呆れるほどの巨体で、黒毛をなびかせている。


 馬は静かに、麗羽の前に降り立った。馬には、これまた巨躯の偉丈夫がまたがっていた。黒光りする異形の鎧を身にまとい、右脇に長大な朱槍をかいこんでいる。太陽を背にしたその男の顔は見えない。しかし、その顔を見たことがあるような気がした。


 天から降りてきたその男は、無言で麗羽に握ったままの左手を差し出した。麗羽は両手を上に開いて差し出す。そうしなければならない気がした。男の左手が開かれ、麗羽の手のひらに何かが落ちてきた。数枚の銅貨であった。それは銅でありながら、例えようのない輝きを帯びていた。例えるなら、太陽の光。


 麗羽は問う。


『これは?』

『――』


 聞き取れない。男は柔らかく微笑んだ。


◆◆◆


 雀の鳴く声がする。目を覚ますと、麗羽は豪華な天蓋のある寝台でまどろんでいた。窓から朝の光が差し込んでいる。寝室の扉の前では、二人の侍女が彼女の声がかかるのを待っていた。いつもの朝の風景である。


「夢、でしたか……」


 麗羽はぼんやりとした頭のまま身体を起こすと、夢で会った男を記憶に探る。顔は見えなかったが、確かにどこかで会ったことがあるように思えた。


 そんな彼女の視野の隅で、鈍く光るものがある。目をやると、それは寝台側の卓上にある数枚の銅貨であった。その中央には、四角い穴が空いている。思わず、目を見開く。これは夢の中の――。しかし、すぐに思い出した。


<この私が、こともあろうに酒家の給仕として働くとは>


 だが、その記憶は決して不快なものではなかった。これまでの生活こそが仮初めのものだったと感じられるほど、その記憶は実感を伴って彼女の中にある。麗羽は右手を伸ばすと銅貨を手に取った。たった数枚であるのに、それはいやに重く感じられた。


 手のひらに乗せたまま、銅貨を窓辺にかざす。それは太陽の光を浴びて、黄金色に輝いた。その輝きは、夢で見た男の顔の影を取り去っていく。麗羽はゆっくりと目を閉じた。


<ああ……>


 数秒後、麗羽は目を開けると軽く左手を上げた。侍女たちが小走りで近づいてくる。


「おはようございます、袁紹様。御用でしょうか」

「紐を持ちなさい」

「は?紐、でございますか?」

「ええ。今すぐに」


◆◆◆


 それから二刻(四時間)後。練兵場で、猪々子は腕を組んで小さな櫓の上に立っていた。目の前で、彼女が率いる兵士たちが一心不乱に剣を振っている。


「文ちゃーん!」

「ん?」


 見れば、斗詩がこちらに向かって駆けてくる。彼女は櫓の階段を登りながら、その頬をぷうと膨らませた。


「文ちゃん!今日の月例会議、どうしたのよー!」

「あ、わりー。忘れてたわ」


 猪々子は、頭を掻きながら答える。実際には、忘れていたわけではない。ただのサボりである。猪々子は月に一度開催されるこの会議が大の苦手であった。


 あの重臣の爺いども――田豊、審配、沮授、逢紀といった輩が、互いに腹を探り合いつつ机上の空論をぶったり、意味のない正論を延々と繰り返すのを見ているだけでげんなりする。


 比較的若輩である郭図は郭図で、いつも無表情で何を考えているかわからない。そのくせ、爺いどもと裏で何やら仲良くやっているようである。そんな彼らを見ていると、さっとその首を斬りたくなるのだ。


 そして、そんな彼らにやすやすと乗せられる麗羽の姿を見るのも嫌だった。軍のことは、自分の代わりに斗詩が出ていれば何とかなる。


 そんな猪々子に、斗詩は興奮気味に告げた。


「もう!今日は本当に大変だったんだから!」

「大変?」


 聞けば、今日の麗羽は会議に出てきた時からいつもと違っていた。華美な装飾品は控えられ、最低限の装飾しかない官服で現れた。そして、その首には紐が通された数枚の銅貨がいつもの装飾品の代わりにかけられていたという。


「昨日のニラまんじゅうに、当たっちゃったかな?」

「文ちゃん!不敬だよっ!」

「冗談だって。それにしても、麗羽様は影響されやすいな~」


 猪々子は苦笑いを浮かべる。昨日の酒家での経験が、今日の麗羽につながっていることは容易に想像できた。庶民の生活に触れることで、贅沢に過ぎる自分の生活を反省したといったところか。まあ、これまで麗羽はお金に無頓着すぎるところがあった。これで多少なりとも倹約に気を使ってくれるなら、ありがたいことだ。


「でね、来月に施行予定だった『華麗なる袁紹軍』計画、覚えてる?」

「もちろん。確か袁紹軍の兵士たるもの、華麗に、雄々しく、勇ましく、優雅に……ってやつだろ。鎧も剣も、ぜーんぶ金メッキしちまおーってやつ」

「うん、それなんだけど。麗羽様、全面撤回しちゃったの」

「ええー!あんなにご執心だったのに」


 思わず、猪々子は口を開けた。そこまでするとは思っていなかった。先に斗詩から聞いたように、質素な服を着る程度のことで終わるだろうと高をくくっていたのである。


「で、代わりに麗羽様が代案として示したのが『堅実たる袁紹軍』計画」

「なんじゃ、そりゃ」

「軍兵からすべての華美をとり、質実剛健にせよっていうの」

「はあー!?」

「それだけじゃないの。官庁にも同様の指示が出て大変だったんだから」

「そんなの、麗羽様じゃねえよ……」


 猪々子は嘆息した。たった一日で、こんなにも人は変わるものか。


 確かに、麗羽の判断の速さはずば抜けている。常に即断即決である。ただ、これまでその判断の方向は常に明後日の方向を向いていた。それでも、袁家は巨大な勢力であるがゆえに何とかなってきたの。それが正しい方向に向いた途端、この有様だ。


 ふと思いついて、猪々子は斗詩に尋ねた。


「でもさあ。それじゃ予算、ずいぶんと余っちゃうんじゃないの?」

「うん。郭図さんの計算によれば、今すぐ五万人の兵士が追加で雇えるって」

「ってことは、その気になれば今年中に十五万人の兵力が揃うってわけか」

「うん、それだけじゃないよ。税金も年貢も減らすって。それでも余るお金を市場の拡張とか農地の改革に使えば、来年からも毎年五万人づつ、三〇万人までなら兵を増やすのは余裕だって郭図さんが」

「マジかよ……」


 開いた口がふさがらないとはまさにことのことだ。猪々子は天を仰ぐ。


「それじゃ、うち最強じゃん」

「そうだね」

「黄巾賊なんて、目じゃねえな」

「ないね」

「……今さら皇帝なんか奉じなくても、新しく国を興せるんじゃねえの」

「もう文ちゃん、不敬だよぅ。でも、麗羽様がその気になったら楽勝かも」

「うわ、めんどくさいなー。今でも人手が足りないのに」

「そんなこと言わないの。これから、文ちゃんも忙しくなるよー」


 斗詩はうれしそうに胸を張る。そんな彼女に、猪々子はぼそりとつぶやいた。


「なあ。何で、こうなったんだ?」

「さあ。でも、多分ね」

「ああ。多分な」


 猪々子は眼下の兵士たちに目をやった。明らかに、昨日までと目の色が違う。彼らは、酒家で目にした光景に感動していたのだった。君主が給仕服に身をやつし、彼らのため給仕に勤しんでいたその姿に。


 麗羽からすれば単純に慶次郎との勝負のためであった。しかし、彼らの目には君主が兵士たちを労る姿に映った。彼女の強運がなしえたことである。


 猪々子は、あの風変わりな大男のことを思い浮かべた。あの後、夜にもかかわらず予州に向かうと店を出て行ったあの男。昨日の昼、あの男が麗羽に投げかけた一言。それが、今や袁家を大きく変えようとしている。


◆◆◆


「こんなところにいたんですの」


 その声の方向に猪々子が目をやると、櫓の下に麗羽が従者を連れて立っていた。確かに、その衣服はこれまでとはまるで違う。胸元には、首飾りのように紐に通された銅貨が見える。それは太陽の光を浴びて、まるで黄金のように輝いていた。


 麗羽は従者にその場に残るように命じると、櫓の上に昇る。猪々子と斗詩は慌てて膝をついた。麗羽が怪訝な顔をする。


「何ですの?」

「いやー、何となくと申しますか」


 猪々子はぎこちなく敬語を使って笑ってみせた。この主従、非常に緩い関係にある。主従以上、友達未満。この三人でいるとき、猪々子は主従の礼をあえて示したことはなかった。そして、それを麗羽が咎めたこともない。しかし、先程までの斗詩の話を聞いてそうもいかなくなった。何というか、これまで通りでは失礼にあたるような気分になってしまったのだ。


「猪々子さん、斗詩さん」

「「はは」」

「私がこれまで見てきたのは、すべて私にとって都合の良い『張りぼて』でしたわ」

「「……」」

「皆さんが、私のためを思ってそうしてくれたことには感謝しますけど」

「「……」」


 猪々子は思い出す。斗詩と猪々子が麗羽とその身分も関係なく遊んでいた幼少期、麗羽は「天才」と呼ばれていた。一を知って十を知るその類い希な理解力。即座に状況を把握する抜群の判断力。そして、生まれもった「強運」。まさに、王になるために産まれてきたような子どもであった。


 それを知った彼女の回りの大人たち、現在の重臣たちはその英邁さを恐れた。この子どもを、政治に関与させてはならない。自分たちの居場所が危うくなる。そこで彼らは、蝶よ花よと麗羽のことを徹底的におだてることにした。また、あらゆる娯楽を彼女に与えた。そして、実に「素直」な性格でもあった麗羽は、いとも容易にそれに染まっていった。


「昨日の出来事がなかったら、私は勘違いしたままでしたわ」

「そりゃ、仕方ないですよ」


 いつもの口調に戻して、猪々子は頭を掻きながら立ち上がる。


「麗羽様を叱れる人間なんて、この冀州にはいないんだせ」

「……」

「諦めて下さいよ。それが人の上に立つってことです」


 猪々子の言葉を聞いて、麗羽は思う。確かに、私を叱る人間など誰もいなかった。だからこそ、私は自分が正しいと信じた。そして、自分に優しくしてくれる人の言葉を信じた。人を疑うことは、卑しいことであると信じた。


 けれども、私は「知ってしまった」。ならば、君主としてするべきことは決まっている。私は、民の顔に「華」を咲かすのだ。


◆◆◆


「猪々子さん、斗詩さん」

「ん?何ですか」

「何でしょう」


 斗詩も立ち上がる。いつになく真剣な顔の麗羽に、二人は心配顔である。


「私、やはり君主を叱れる人間は必要だと思いますの」

「麗羽様。だから、ここにそんな人間は――」

「ここにいないなら、外から連れてくるまでですわ」

「外から?」

「ええ。考えてみれば、『あの男』が私に示した無礼は、あの程度の詫びで繕えるものではありませんでした。もっと『罰』を与えなくては」


 猪々子は首を傾げた。あの男に、罰を与える?見れば、麗羽が面白そうに笑みを浮かべている。なるほど、これが本題か。猪々子も笑ってみせた。


「麗羽様。その意見には賛成だけど、そううまくいくかな」

「どういうことかしら?」

「慶次の兄貴が、麗羽様の『お目付役』っていうか、『安全装置』っていうか、『貴重な犠牲』っていうか、『暴走の足枷』に適役だってのは同感だけど」

「猪々子さん、そこに座りなさい」

「まあまあ」


 猪々子は咳払いをすると、真面目な顔になる。


「兄貴は、言うなれば得体の知れない東方からの旅人だろ?そんな人間が麗羽様の隣に立つことを、田豊とか、審配とか、あの爺いどもが認めるかな?また、家柄がどうのこうの騒ぐんじゃねえの?」


 猪々子は袁家最大の弊害をさらりと述べる。あくまで家柄を重視する袁家では、能力があっても出世することは並大抵のことではなかった。そんな猪々子の面前で、麗羽はにやりと微笑む。


「ふっふっふっ」

「麗羽様?」

「おーっほっほっほっ!」


 麗羽はいきなり高笑いを始める。猪々子と斗詩は顔を見合わせると、思わず肩の力を抜いた。いつもの彼女だ。この高笑いを聞かないと、どうにも落ち着かない。


「猪々子さん、斗詩さん。慶次さんの名前に、耳覚えはなくて?」

「兄貴の名前?」

「あーっ!」

「何だよ、斗詩」

「『天の御遣い』!」

「天の御遣い?」

「思い出した!どこかで聞いたことがあるなーって、ずっと思ってたけど。郭図さんから聞いた天の御遣い候補の中に、確かに慶次さんの名前があった!」


 三ヶ月ほど前の月例会議。そこで、諜報の責任者である郭図から徐州に現れた天の御遣い候補たちについての報告があった。管輅の予言の日を境にして、徐州には雨後の竹の子のように自称「天の御遣い」が現れた。徐州に間者を派遣していた袁家もまた、あわよくば御遣いを手中にしようと密かにその手筈を整えていたのである。


 もっとも、北郷一刀が下邳で天の御遣いとして黄巾賊を撃退して名声を博したのを機に、自称御遣いたちの多くは姿を消した。しかし、その中に候補としての条件を揃えながら、自らを御遣いではないと否定した候補が一人だけいたのだ。


 麗羽が斗詩の言葉をつなぐ。


「そう。まさに予言の日、前田慶次郎と名乗る者が小沛の街に現る。白き光とともに街の東に現れたと噂される。しかし、当人は自らが御遣いであることを頑なに否定している――そんな、報告がありましたわ」

「そーでした!さすがは麗羽様!」

「天の御遣いであるならば、この私の隣に立っても遜色ないでしょう?」

「でも、本人が否定しているんですよね?御遣いであるとは限らないんじゃ」

「いーえ。この私の幸運に引き寄せられたとするならば、きっと『本物』に違いありませんわ」


 麗羽は確信する。あの方と私の出会いが偶然であるはずがない。だからこそ、あの場所で出会った。だからこそ、夢の中で出会った。そう、これは天啓。あの人と一緒に歩めと天が私に命じている。


 ほんのりと紅潮した麗羽の顔を見ながら、猪々子は思う。他を圧倒する国力。覚醒した君主。そして、その隣に天の御遣い。あれ?マジで国を興せるんじゃね?面白くね?


 猪々子は、麗羽に向かって満面の笑顔で告げる。


「まだ、そんなに遠くまで行っていないんじゃないかな」

「猪々子さん」

「任しておいて下さいよ、麗羽様。あの男の首根っこ、ひっつかんで連れてくる」


 そういうと、猪々子は意気揚々と櫓の階段を駆け下りていった。


◆◆◆


 猪々子が、馬場に向かって駆けていく。その背中に、斗詩が手を振っている。麗羽が満足げに微笑んでいる。そんな彼らを、城壁の上から静かに見つめる人影があった。郭図――于吉である。


 その影を、より大きな影が覆い隠した。振り返らなくてもわかる。


「久しぶりね、于吉」

「貂蝉」

「何だか、面白いことになっているわねえ。今のところは大勢に影響はないし、放っておいても大丈夫かしら」


 貂蝉は足を進めると、于吉の隣に立った。そして于吉の表情を見ると、申し訳なさそうに告げた。


「ごめんね。辛いと思うけど、これも『お役目』なの」

「わかってますよ」


 無表情に于吉が答える。


「粛々と、私は管理者としての役割を果たすのみ。管輅を起こす時期は、予定通りでいいのですね」

「ええ。一年後にお願いするわん」

「承知しました」

「――于吉」


 いつもの彼とは違う。心配になった貂蝉は、于吉の顔をのぞき込もうとした。しかし、それを避けるように彼は背を向ける。そして、城壁を降りる階段に向かって歩き出した。そして降り口手前で立ち止まると、背を向けたまま後ろの筋肉男に問いかけた。


「貂蝉。あの『約束』、忘れてはいないでしょうね」

「もちろんよ。今回の外史に限り、私はご主人様にかかわらない。すべて、左慈に任せるわ。ちょっと、妬けちゃうけど」

「ならば、良いのです」


 そう答えると、于吉は階段を下りていった。




 そして、半年が経過した。

 竜たちが、動き始める。

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