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恋姫†無双~慶次伝~  作者: RH
第6章 対峙
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第1節 対峙

 慶次郎は朱槍を右手に持ったまま、屋根から飛び降りた。猫科の猛獣を思わす動きである。体の大きさとはうらはらに、ふわりと地面に立った。


「おぬし、孫乾といったか」

「……」

「駆け落ちするのは構わぬ。だが、こそこそするな。おぬしも男であろう」

「……」

「それとも、後ろめたいことでもあるのかね」


 左慈が無言で右手を挙げて振る。ぶん、と鈍い音がした。風がやみ、静寂が訪れる。


「庭一帯に、結界を張った。これで、邪魔は入らない」

「ほう」

「慶次!」


 冬華が慶次郎に向かって叫ぶ。その顔は無表情である。だが、その頬は小さく震えていた。


「どうして、ここに」

「星がの。おぬしの様子がおかしいと言ってきた」

「でも、その槍は」

「ああ。これはわしの『勘』かな」


 そう答えるやいなや、慶次郎はその朱槍を左上方に振り上げる。重く、鈍い音がした。左慈の上段回し蹴りが槍に阻まれている。右手がしびれた。朱槍を振るわねば、確実にその脚は慶次郎の左側頭部をとらえていただろう。


「左慈!」

「状況が変わった。消すしかない」

「そんな!」


 左慈は冬華から目を離すと、慶次郎をにらむ。そして、呪詛を吐いた。


「もともと、気に食わないんだよ。お前」

「ずいぶんと嫌われたもんだな」

「俺の『友』の道を妨げる。俺の『仲間』の心を惑わせる。この世から消してやる」

「そう簡単にいくかね」

「ふん、人間風情が。調子に乗るなよ」


◆◆◆


 左慈は、北郷一刀の「友」にずっとなりたかった。


 一刀は、未来から呼ばれた単なる若者に過ぎない。そのことを誰よりも知る左慈である。そして、その若者がどんな時でも身に合わぬ大役を引き受けることを、どんな時でもあきらめないことを、そしてどんな時でも大切な誰かのために命をかけることを、彼は誰よりも知っていた。


 「凡人」が「英雄」となる。その不可能を可能にしたのは、一刀の真摯さであり、不屈の精神であり、そして優しさであった。その心のありように、左慈はいつしか惹かれていた。万能の管理者だからこそ、その凡人の生き様に憧れた。


 繰り返される外史の中、何度も一刀たちにとどめを刺されながら、左慈は叶わぬ夢を思った。ああ、北郷。いつの日か、お前の友になりたい。語り合いたい。そして、一緒に馬鹿をやりたいぜ――冷え切った彼の精神の中で、それだけが唯一の熱源であった。


 そして、その夢が実現する機会がこの外史において遂に訪れた。貂蝉から天の伝言を聞くやいなや、左慈は後先を考えずに行動を起こした。一瞬たりとも、この可能性という名の時間を無駄にはしたくなかった。その行動の結果が、今の一刀の立場である。


 その友の立場を脅かす男。そして、仲間の心を惑わす男。もはや、迷いはない。この場で、確実に消しておかなくては。


 左慈は慶次郎に向かって、左半身の姿勢を取った。


◆◆◆


 慶次郎は内心驚いていた。昨日の昼間に会ったとき、この孫乾、冬華が「左慈」と呼ぶこの若者は、いかにも秀才の文官といった雰囲気であった。年は若く、色は白く、体も細い。


 だがその姿形とはうらはらに、先程の回し蹴りはその速度といい、重さといい、角度といい、まず一流といって良かった。そして夜という条件を考えれば、あの蹴りを避けることができる人間は限られるのではなかろうか。


 慶次郎はこの世界で反則的に強いのは「女性」に限ると考えていた。しかし、その考えは訂正する必要があるかも知れぬ。そもそも、「左慈」といえば仙人であったはず。そして、若者は自分を「人間風情」とのたもうた。ただ者ではないことは確かなようだ。慶次郎はゆっくりと腰を落とした。


「ふっ!」

「!」


 一息で左慈との距離を詰める。そして朱槍を左から右へ思い切り振るった。


 それを避けて、左慈は後方へと跳ぶ。そして、慶次郎から二〇歩ほど離れた場所にふわりと着地した。驚異的な跳躍力である。そして、口元を歪めて笑った。


「ふん。なかなかやるじゃないか」

「そうかね」

「だが、この程度、で……!」


 がくり、と左慈の体が傾く。慌ててバランスを取ろうとする。


 その右足が、ゆっくりと太ももから離れて地面に倒れた。


◆◆◆


「しぶとい奴だな」

「なかなかと死なないようにできておってな」

「不便な体だ」

「まったくよ」


 戦いを始めて一刻(二時間)。左慈と慶次郎は笑い合った。左慈の姿は、戦いを始める前とまったく変わらない。しかし、対する慶次郎は満身創痍であった。傷は少ない。だが、その体は至るところで内出血を起こしていた。無論、その表情はそれを微塵も感じさせない。


 慶次郎が踏み込んだ。一瞬で距離を詰めると、朱槍を左から右に横なぎにふるう。左慈が上に飛んだ。慶次郎はその膂力をいかして強引に朱槍の軌道を変える。下から上に振り抜いた。左慈の右腕が吹き飛ぶ。それは地面に落ちると、軽く跳ねた。


 しかし、左慈の体からは一滴の血も流れない。落ちた右腕は霞のように消えた。同時に、左慈の右腕は何もなかったかのように「復元」する。ご丁寧に、服まで元のままだ。


 世界からバックアップを受けている管理者は、その意思がある限り無限に復元することが可能である。それこそが、管理者にかなう者が「この世にはいない」理由。どんなに強くとも、「有限」である人間は「無限」に勝つことはできない。


 そしてこの一刻の間、同じような光景が繰り返されていた。慶次郎が打ち込む。左慈の体のどこかが吹き飛ぶ。復元する。そして打ち込みの幾つかは時にはかわされ、その都度左慈の蹴りが鈍い音と共に慶次郎の体に当てられた。その度に、まるで鉄棒で打ち込まれたような衝撃が慶次郎を襲う。


 打ち合いならば十中八九、勝っている。しかし、確実にダメージを蓄積しているのは慶次郎の方であった。


「きりがない、の……」


 ぐらり。慶次郎の体が初めて傾いだ。思わず、冬華が声を掛ける。


「慶次!」

「手間かけさせやがって。そろそろ、引導を渡してやる」

「左慈!」


 冬華は左慈と慶次郎の間に割って入った。瞳に涙をためて、左慈をにらみつける。


「管輅。そこをどけ」

「いやよ」


 そういうと、冬華は懐から黒柄の小刀を取り出した。慶次郎は目を見張る。それは、この世界に来る直前、彼が髭を剃るのに使った小刀であった。柄には龍の紋様が入っている。彼がこの世界に来る契機ともなった小刀でもあった。鏡池でほかの武具と一緒にあったのを、半ば強引に冬華がねだったものだった。


 冬華はその鞘を払うと、慶次郎に背を向けて左慈に対峙する。慶次郎は、思う。冬華では相手になるまい。この左慈という男、冬華のことを「仲間」と呼んでいた。よもや殺すことはないだろう。しかし、万が一と言うことがある。時を稼がねば。慶次郎は左慈に問いを発した。


「なあ、おぬし」

「何だ」

「今さらで悪いが、教えてくれぬか。なぜ、わしを殺そうとする」


 もはや勝利を確信しているのだろう。左慈は鼻で笑った。


「冥土の土産に教えてやろう。お前はこの世界に存在してはならないからさ」

「ほう。それはなぜかな」


 慶次郎は続けて問う。この機会を生かして、息を整えている。


「この世界に、『天の御遣い』はただ一人と決まっている」

「ふむ。北郷殿か?」

「そうだ。だから、お前は天の御遣いじゃない。いわば『病原菌』さ」

「びょうげんきん?」

「ふん、田舎者にはわからないか。お前はオレたちの、この世界の『敵』ってことだよ」

「なるほどな。おぬしの言うことが本当ならば、わしは『天に徒なす奸賊』といったところか」


 左慈は口元を歪ませた。


「そんな立派な言葉を許すかよ。良くてお前は『害虫』といったところさ」

「『一寸の虫にも五分の魂』という言葉を知らぬようだな、若造」


 慶次郎は、完爾と微笑んだ。


 冬華は思う。ああ。なぜこの人はこんなときに、こんな顔ができるのか。


「冬華。そこを下がれ」

「で、でも」

「おぬしがそこにおっては、その男を倒せぬわ」

「!」

「わしを信じろ」


 慶次郎はにかりと笑う。慌てて、目に涙を浮かべたまま冬華も微笑む。笑わなくっちゃ。それでも堪えきれず、その瞳から一筋の涙が流れた。と、同時に崩れ落ちる。


「!」


 冬華を左慈がそっと抱きかかえた。首筋を手刀で打ったようだ。そして、ゆっくりと地面に横たえた。


「せめてもの情けだ。この女が気を失っている間に駆除してやる」

「おなごを泣かす男は許せぬな」

「ッ……泣かしたのは、てめえだろうが!」


 怒りの表情を浮かべて、左慈は慶次郎に向かって突っ込んだ。これまでで一番の速さである。慶次郎も朱槍を構えると、迎撃のために腰をかがめた。と、左慈が眉をひそめて足を止める。


「?」

「そこまでです」


 ずん。


 次の瞬間、鉛の棒を打ち込んだような衝撃が慶次郎の頭を襲った。

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