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恋姫†無双~慶次伝~  作者: RH
第4章 邂逅
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第5節 演武

「なかなか難しいな。この『青龍偃月刀』なるもの」

「そうでしょうか」

「うむ。やはり、槍とは勝手が違うわ」


 慶次郎が愛紗に青龍偃月刀の使い方を教わり始めて、一刻(二時間)が過ぎようとしていた。


 観客は、星と冬華のみ。二人は慶次郎愛用の敷物に座り、お茶を飲みながらこちらを見ている。慶次郎は何度か彼らに目をやった。二人は、にこにこと微笑みあいながら話している。


 慶次郎は心密かに胸をなで下ろした。長老が去った後、慶次郎たち一行は、程昱、戯志才、星と合流した。その際、冬華が慶次郎のことを自分の「主人」と紹介したために、星との間に一悶着あったのである。


 その後、お互いを自己紹介させたのだが、二人は屋敷に来るまで目すら合わせようとしなかった。しかし、何とか打ち解けたようだ。


◆◆◆


 愛紗は、戸惑っていた。慶次郎を訪ねてきた理由、それは彼の実力を計るためであった。そのために、失礼とは承知で手合わせを願い出たのである。しかし、慶次郎はそれを丁重に断った。


「わしはそれほどの武人ではござらん。それより、一つお願いが」

「何でしょうか」

「徐州に武名轟く関羽殿に、ぜひ青龍偃月刀を教えていただきたい」

「は?」


 意外であった。


 もう一人の「天の御遣い」の存在は一刀の障害になるかも知れない。そのように考えていた愛紗である。もしその人物が自らを天の御遣いであると主張したならば、その時は。そうした覚悟を決めて、彼女はここに来ていた。


 しかし、その本人は自らを天の御遣いではないという。東方から流れてきた旅人に過ぎないと。そればかりか、自分に頭を下げ、武術の指導まで仰いでいる。


 程昱や戯志才は、自分たちをだましたのだろうか。しかし、ご主人様があれほどまでにこだわっていた男である。やはり、ただ者ではあるまい。


 そんなことを考えながら、愛紗は青龍偃月刀の使い方を教え始めた。ちなみに、慶次郎が今使用している青龍偃月刀は、愛紗が練習用として使っているものである。部下に命じて、宿舎まで取りに行かせた。その刃は、潰されている。愛紗が普段手にしている青龍偃月刀よりも、若干重い。


 もともと、根が真面目でおせっかいの愛紗である。教え始めると熱が入った。また慶次郎自身、良い生徒であった。素直に指示には従い、質問は的確であり、憶えるのも早かった。


「それでは、最後に一連の動作を組み込んだ演武をお見せします。よく、観察されよ」

「よろしく頼む」


 慶次郎は頭を下げた。一呼吸をおいて、愛紗が演武を始める。


 それはまさに「武の舞」であった。決して軽くはない青龍偃月刀が、流水のようにしなやかに、滑らかに動く。空気を斬る重い音だけが、それがどのような武器であるのかを知らせた。星と冬華も、話を止めて眺めているようだ。


 慶次郎は、関羽の演武をほれぼれと眺めた。日本の戦国時代の武将にとって、唐土の英雄たちは一種の憧れである。武将たちは唐土の書物を読み、その地の英雄たちの活躍に思いを馳せた。慶次郎とて、例外ではない。


 そうした唐土の英雄の中でも、関羽は別格の存在である。その死後、神にまで祭り上げられた武将など他にいない。その本物が、今目の前にいるのである。だからこそ——その姿形は別として——教えを受けることを願い出た。このような機会、二度と訪れるとは思えなかった。


 そしてわかったのは、妙齢の女性としての姿とは裏腹に、その武もまた本物であるということであった。その身体は慶次郎に比べればはるかに小さく、細い。にもかかわらず、その膂力は慶次郎に勝るとも劣らず、その速度はおそらく慶次郎を超えるだろう。それは、星に対して感じた感覚と一緒であった。単純な肉体的能力で言えば、自分は彼女らに「敵うまい」。


 長生きはするものじゃて。つくづく、慶次郎は思う。彼女らの力は、彼の元いた世界の感覚では計りきれない。いわば、反則的な力である。そして、だからこそ面白い。つい気持ちが高ぶる慶次郎であった。


◆◆◆


「……ふう」


 愛紗が演武を終えた。その額には、うっすらと汗が浮かんでいる。慶次郎が手を叩いた。


「お見事!この慶次郎、まことに感服いたした」

「いえ、それほどでも」


 ほんの少し、顔を赤らめて愛紗は謙遜した。警戒している相手であるとは言え、ここまで素直にほめられると悪い気はしない。しかも、慶次郎の目は少年のようにきらきらと輝いており、その賛辞が心からのものであることが伝わってきた。少々、気恥ずかしい。そんな気持ちをごまかすように、愛紗は慶次郎に最後の課題を与えた。


「お、おほん。それでは、先ほどの私の演武をできるところまでで結構ですので、再現していただけませんか。それをもって、前田殿の腕前を評価させていただきたく」

「おお。お頼み申す」


 慶次郎は、愛紗に向かって神妙に頭を下げる。そして、一息つくと演武を始めた。愛紗は目を見張る。


 それは、美しかった。


 慶次郎は、愛紗の演武から感じたものを表現している。それは愛紗の演武そのものでありながら、「武」よりもはるかに「舞」に近かった。愛紗の目に、それはまるで一流の舞踊のように映った。


「……いかがかな」

「はっ」


 気がつけば、慶次郎の演武は終了していた。愛紗は夢から覚めたような心地である。


「お見事です。もはや、私が教えることなどございませんな」

「いやいや。関羽殿の演武をただ、真似ただけのこと。あまり、持ち上げて下さるな」

「前田殿は、舞踊のたしなみもおありなのですか?」

「うむ。『能』……いや、わしの故郷の伝統芸能をいささか」

「そうですか」


 愛紗は頷いた。戯志才が言ったように、高い教養を持っていることは事実であるようだ。そして、この前田慶次郎という男、実に気持ちが良い男であるということもわかった。裏表がない。このような人物であれば、ご主人様の障害になるようなことはあるまい。ようやく、愛紗の警戒感は薄れようとしていた。


「最後に、関羽殿に一つお願いがあるのだが」

「何でしょう」

「うむ。今度は、わしが好き勝手に演武をしてみる。それを見て、意見を述べて欲しいのじゃ」

「そのくらいでしたら」

「恩に着る」


 慶次郎は愛紗に頭を下げると、先程よりも愛紗から離れて立つ。そして、演武を始めた。ぶん、と青龍偃月刀を振る音が響き渡る。風が巻き起こった。


 愛紗は改めて目を見張った。先程の慶次郎の演武が「優美」であるというならば、今度の演武は「苛烈」。例えるなら、それは竜巻であった。


 愛紗の肌に鳥肌がたった。それは「恐怖」ではない。「歓喜」である。


 何という武、なのだ。正直、胸が躍った。どれほどの武人なのか。本気で打ち合ってみたい。それまでの雑念は消えた。ただ純粋に、この男と戦ってみたい。


「構えなされ」

「?」


 演武を終えた慶次郎は、目を見開いた。先程までとは、愛紗の雰囲気が一変している。その全身から、闘気が溢れているのを感じた。背後の空気がゆがんで見える。


「卒業試験、といきましょうか」

「……わしは、そんなに優秀な生徒だったか」

「ええ、実に。——本気でいきます。覚悟されよ」


 愛紗は右足を一歩引くと、青龍偃月刀を構えた。


◆◆◆


 面白い。実に面白い。慶次郎は、そう思った。この世界、圧倒的に「女」が強い。彼女らは決して受身ではない。この世界の主人公として、男にも刃を向ける。腹を立てれば、殴りかかる。


 そして、彼女らは自由だった。欲しいものがあれば、獲りにいく。そのためには、戦いをも厭わない。


 前の世界にはいなかった女たち。女同士で刃を向け合うのも、当然の雰囲気。彼女ら、英雄たちはいずれ「天下」を臨んで戦うのだろう。


 そうした彼女たちの在り方に、違和感を覚えないといえば嘘になる。しかし、それに違和感を覚える思考こそ、この世界では間違っているのだろう。彼女らを守るべき存在であるとしたならば、逆に失礼であると思われた。「やまとなでしこ」という言葉が、鼻で笑われる世界。


 すでに「傾きおさめ」をしている慶次郎であった。いまさら、自ら戦いを求める気持ちはない。なる程、今の自分は若返っている。だからといって傾きおさめに至った心境を否定するつもりはなかった。


 戦うだけ、戦った。殺すだけ、殺した。生きるだけ、生き抜いた。だからこそ、傾きおさめをした。隠棲する気になった。


 しかし今、目の前で青龍偃月刀を構える関羽を見て、血がたぎるのを抑えることはできなかった。『三国志』の英雄が、後の世に「武神」とも呼ばれた存在が、自分に本気をぶつけようとしている。しかも、それはうら若き女性である。前の世界なら、「絶対」にありえぬ状況。自分の常識からかけ離れた、このなんとも面白い世界で、隠棲したままで良いのだろうか。この世界に来た「意義」を問わなくて良いのだろうか。


 そんなことを考えながら、慶次郎も青龍偃月刀を構えた。そんな慶次郎を見て、愛紗は小さく頷く。


「それでは」

「いざ!」


 両者がその一歩を踏み出したとき。


「お、遅くなりましたー!」


 一刀が駆け込んできた。


◆◆◆おまけ


 目の前で、慶次郎が愛紗から青龍偃月刀の手ほどきを受けている。そんな二人を見ながら、星と冬華は並んで座っていた。日頃、慶次郎が寝転んでいる敷物の上である。二人の間には、湯飲みが乗ったお盆があった。湯飲みには、星が入れた茶が入っている。


 星が、笑顔で冬華に尋ねた。


「水仙殿」

「何かしら、趙雲殿」

「先程のような冗談は、皆に迷惑を掛ける。今後はお止めになられたほうが良いのでは」

「はて。冗談、とは?」


 冬華も笑顔で答える。星はさらに笑顔になると、少々語気を強めた。


「はははは。慶次殿を『主人』とお呼びになったことですよ。慶次殿も迷惑されていたご様子」

「うふふふ。これは慶次と私、二人の問題。首を突っ込まないでいただけるかしら」

「いやいや。これは慶次殿と私、二人の問題でもある。主の障害を取り除くのは部下の務め」

「まあ。鈍感な人って哀れね」


 二人は顔を見合わせて、笑った。


「はははは。だから、たった一週間で嫁さん面すんなと言ってるのですよ」

「うふふふ。一ヶ月もの間、一緒にいて何も起きなかった人に言われたくないですね」

「はははは……」

「うふふふ……」


 二人はさらに笑顔になる。そう。笑顔とは本来、威嚇である。


「さっさと出て行け」

「あなたこそ」

「ここは慶次殿と私の住処だ」

「じゃ、私が慶次を連れて出て行くわ」

「慶次殿はあなたの持ち物ではない」

「あなたの持ち物でもないわね」

「……」

「……」

「はははは……」

「うふふふ……」


 かたかたかた。


 地震でもないのに、お盆の上の湯飲みが震え始めた。

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