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婚約破棄されたので辺境で静かに暮らすつもりでしたが、冷酷公爵様の溺愛が止まりません

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/11

婚約破棄の瞬間って、もっとこう……劇的なものだと思っていた。


 けれど実際は違った。


 王城の大広間。


 豪奢なシャンデリアの下で、私はただ静かに立ち尽くしていた。


「エレノア・ヴァレンシュタイン。お前との婚約を破棄する」


 王太子アルベルトは、そう言い放った。


 隣には、腰に手を回された女。


 ミレイユ・オルディス。


 男を誘惑することしか能のない女だと、社交界では有名だった。


 私は静かに目を細める。


「……理由を、お聞きしても?」


「惚けるな。お前はミレイユを虐げた。それだけではない。お前は陰で男遊びをしていたそうだな」


 は?


 一瞬、本気で理解できなかった。


 けれど次の瞬間、ミレイユが涙を流し始めた。


「エレノア様が怖かったんです……っ。殿下に近付くなって……何度も……!」


 嘘だった。


 全部。


 というか。


 男遊びしてたの、お前じゃなくてアルベルトでしょうが。


 私は知っている。


 王太子がミレイユ以外にも何人もの女と関係を持っていたことを。


 知らないと思っていたのだろう。


 馬鹿だ。


 本当に。


「証拠は?」


 私が淡々と問うと、アルベルトは顔をしかめた。


「……は?」


「私が男遊びをしていた証拠です」


「そ、それは……」


 ない。


 当然だ。


 していないから。


 会場がざわつき始める。


 貴族たちの視線がアルベルトへ集まった。


 追い詰められた王太子は、苛立ったように怒鳴る。


「うるさい!! とにかく婚約は破棄だ!!」


 ああ。


 終わった。


 この男、本当に終わってる。


 私の中で何かが冷め切った。


「……承知いたしました」


「え?」


「婚約破棄、謹んでお受けします」


 今度はアルベルトが固まる番だった。


 たぶん泣いて縋ると思っていたのだろう。


 無理。


 浮気男とか普通に無理。


「では失礼します」


 私は一礼し、そのまま大広間を後にした。


 背後でミレイユが何か喚いていたけれど、知ったことじゃない。


 王都なんて滅びればいい。


 本気でそう思った。



 三日後。


 私は辺境へ送られていた。


 名目は“静養”。


 実質的な追放である。


「最悪……」


 馬車を降りた私は、吹雪を見て顔を引き攣らせた。


 寒い。


 死ぬ。


「おい」


 低い声。


 振り向くと、そこには黒髪の男が立っていた。


 長身。


 鋭い灰色の瞳。


 威圧感が凄い。


「お前がヴァレンシュタイン侯爵令嬢か」


「……はい」


「レオルド・グランチェスターだ。この領地を治めている」


 辺境公爵。


 冷酷無慈悲。


 戦場の死神。


 そんな噂を聞いていた。


 けれど。


「とりあえず中に入れ。凍死されると面倒だ」


「……ありがとうございます」


 思ったより優しかった。



「なるほどな。王太子が浮気した挙句、お前に罪を被せたわけか」


「はい」


「最低だな」


 即答だった。


 私は思わず吹き出した。


「ふふっ……」


「何だ」


「いえ。そんなにはっきり言う人、初めてだったので」


「事実だろう」


 レオルドは紅茶を飲みながら鼻を鳴らす。


「女一人守れん男に価値はない」


 その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。


 優しいんだ。


 この人。


 不器用だけど。



 辺境での暮らしは穏やかだった。


 雪景色。


 暖炉。


 温かな食事。


 そして。


「寒くないか」


「大丈夫です」


「そうか」


 毎日のように気遣ってくるレオルド。


 怖い顔してるくせに、めちゃくちゃ優しい。


 しかも距離が近い。


「……レオルド様?」


「何だ」


「近いです」


「嫌か?」


 その顔でそんなこと聞くの反則でしょう。


 心臓が壊れる。


「……嫌では、ないです」


「そうか」


 嬉しそうに目を細めるの、やめてほしい。


 本当に。


 好きになってしまう。


 いやもうなってる。



 半年後。


 王都から知らせが届いた。


 アルベルト王太子が失脚した。


 理由は女性問題。


 しかもミレイユが複数の貴族と関係を持っていたことまで発覚したらしい。


「因果応報ですね」


「ああ」


 レオルドは書簡を暖炉へ投げ込む。


「興味もない」


「……そうですか?」


「俺に必要なのは、お前だけだ」


 どくん、と胸が跳ねた。


「エレノア」


 低い声。


 真っ直ぐな視線。


「お前を愛している」


 涙が出そうになった。


 あんな裏切りの後だったから。


 もう誰も信じられないと思っていたから。


「……私もです」


 震える声で答える。


「私も、レオルド様を愛しています」


 次の瞬間。


 強く抱き締められた。


「っ……!」


「二度と手放さん」


 耳元で囁かれる。


 熱い。


 心臓がおかしくなる。


「お前を泣かせた奴らは、全員後悔させる」


 その声音は、戦場の死神そのものだった。



 一年後。


 王都は混乱していた。


 失脚したアルベルト。


 没落したオルディス家。


 そして辺境公爵家の台頭。


 社交界では皆が噂していた。


『氷の公爵が、妻を溺愛している』


 と。


「レオルド様、近いです」


「夫婦だから問題ない」


「あります」


「ない」


 即答だった。


 私はため息をつく。


 けれど嫌じゃない。


 むしろ嬉しい。


「エレノア」


「はい?」


「愛してる」


「……はい」


 毎日言う。


 本当に毎日。


 冷酷公爵って何だったんだろう。


「お前は?」


「……愛しています」


 答えた瞬間、また抱き締められる。


 重い。


 愛が重い。


 でも。


 悪くない。


 婚約破棄されたあの日には想像もできなかった。


 こんな幸せが待っているなんて。


 だから私は今日も笑う。


 世界で一番大好きな人の隣で。

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