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おまじない〜左の耳

暑さにやられた訳じゃなくて、夏の少し前、何かが起きそうで、でも何もなくて。それでも何かしようとしている。

 3階の化学室に行く途中、オレはトイレに寄って、輝に噛まれた右耳を確認せずにはいられなかった。

 鏡の前で体を捻って、色んな角度から右耳を見てみたが、跡は付いていなかった。

 マーキングなんて言うから、オレはてっきり、噛み跡をつけられたのかと思っていたんだけど、それがなくてちょっとだけ安心した。

 まぁ、考えてみれば、跡が付くほど強く噛まれた気もしてなかったけど。

 なんとか、落ち着きを取り戻したオレは、扉の前でフーッと息を吐いた。

 化学室に入ると、そこにはオレたちみたいに打ち合わせしている同級生が何組かいた。

 田宮は窓際の一番奥に座っていて、その横に同じクラスの宮﨑が立って話しをていた。

 机の上には、これまで2人でまとめた実験結果を、プリントアウトした紙が広げられている。

 「お、待ち人来たる、だな。」

 オレが入って行くと、まず宮﨑が気がついて、田宮にそんなことを言ってから、オレに向かって右手を挙げると、自分のペアのところに戻って行った。。

 「ごめんね、待たせて。」

 「いや、大丈夫。気にしないで。それより、部活で疲れてるとこ、悪いな。」

 いつものように、優しい言葉とアイドル超えのキラキラした笑顔を向けてこられて、さっきのことを思い出したオレは、なんだかドキドキしてしまった。

 「大丈夫?なんか、顔、赤いけど。」

 「あ、そう?日にあたってたからかな。」

 そんな誤魔化し方しかできない自分か、ちょっと情けなかったけど、そうとしか言えなかった。

 

 予定してた最後の詰めは、30分もかからずに終わったけど、最後に話題になったのは、オレが一番恐れていたことだった。

 「当日の発表、どうする?」

 「あー、えっと。」

 そう言われて、人前で何がするのが苦手なオレは、正直、お願いしたかったけと、すぐには言えず、口ごもった。

 田宮が発表に立てば喜ぶ女子はたくさんいる。でも、それって田宮的にはどうなんだろう。輝はそういうの、嫌だといっていたし。

 そう考えたら、簡単に言い出せなかった。

 「オレ、やるよ。樺沢、ダメだろ?こういうの。」

 広げたプリントを揃えながら、田宮がサラッと、なんてことないように言った。

 「え、いいの?」

 「うん、オレはこういうの、嫌いじゃないから。」

 驚いて、顔を上げて、真正面から見てしまったオレは、久しぶりにすごいオーラを浴びてしまう。

 「ありがと、良かった。そうなんだよな、オレ、苦手で。」

 「そうじゃないかと思った。いいよ、気にしないで。プロジェクターの操作とか、頼む。」

 「あ、うん、それは任せて。」

 良かった、と何も隠すことなくホッとして、肩から力が抜けた。

 「なんだよ、そんな緊張してたんなら、初めから言えばいいのに。」

 田宮がそう言ってオレの頭をくしゃくしゃっと撫でてきた。

 「あ、オレシャワー浴びてないから…。」

 部活後の髪は汗と土埃を浴びて汚いから、と田宮の手を避けようとしたら、逆にガッチリ、頭を鷲掴みにされた。

 「大丈夫。全然、平気。」

 そう言いながら、田宮のキラキラした目で覗きこまれて、思わず目を逸らしてしまう。さっきの輝と同じだ。なんなんだこの感じ。

 その時、また強い視線を感じた。

 この部屋に入ってきた時に見た感じでは、田宮のファンらしき女子はいなかったはず。

 そう思って田宮の腕の間から周りを見回すと、さっきまで田宮の横で話してた宮﨑が、強い目をして、オレたちを見ていた。

 (宮﨑?なんだ?)

 その視線に、何かわからない、でもあんまり気分の良くないものを感じながら、オレは見なかったことにしようと、視線を田宮にもどして、笑顔を返した。

 この前と同じように、田宮はオレの様子に気がついていた。

 オレの頭を優しくなでると、その手を、そのまま下ろしてきて…左の耳を少し撫でたと思ったら、キュッと耳たぶが摘まれた。

 「え、な、なに?」

 「ん、おまじない。」

 え?なんで?なんで輝と同じようなことを?

 オレの頭の中は軽くパニクって、でも、輝の時のようには聞き返すことが出来ず、まるで女子みたいに赤くなって下を向いてしまった。

2026年、初投稿です。

この物語を書き上げることが今年の目標です!

皆さんにとって良い年になりますように!

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