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4話 エイ

その後、辺りを慎重に――特に下方を――伺いながら、かなりの距離を進んだ。

これは比喩でもなんでもなく、僕の感覚が正しければ実際に五百メートルは歩いた筈である。

奥に進むにつれ、なるほどここは確かに図書館なんだなぁという実感のようなものが沸いてくる。

異状に異常だったのはどうやら入り口付近だけで、三十メートルもあるけば、本がぎっしり詰まった本棚が、所狭しとひしめき合っていた。


ふ、と。

眺めるともなく本を眺めながら歩いていると、何か黒い影が動いているのが見えた。

一瞬蝙蝠こうもりか何かかと思ったけれど、どうやらそれは人間らしく。脚立の上で作業をしていた。

栞にその事を伝えると、彼女はやれやれといった感じで呼びかけた。

「おい、頴娃えい君。ちょっと下りて来てくれないか?」

「その声は栞さんですか? 珍しいですね、僕の部屋に来るなんて、いや、僕に会いに来るなんて、って言った方がいいかもしれませんね」

「ふん。私だって別に用がなければわざわざ来たりしないよ」

「でしょうね。貴方は僕の事を嫌いではないようですが、苦手としているようですから」

全身を黒い服で覆った少年が、脚立きゃたつから下りてくる。

見た感じだと、僕より二・三歳下のように思える。余りにも纏っている服が黒すぎて、「実は僕は吸血鬼です」とか言われたら信じてしまいそうだ。というかマントとか初めて見た。だから勘違いしそうになったのだろう。裏地も黒いマントは、しかし彼によく似合っていた。ただ、暑くるしく、或いは邪魔じゃないのだろうか。

本を左手に三冊ほど抱え、器用に片手で脚立から下りてきた。

「大体の人間はそうだろう? 千鶴子君は別としても。私なんかは嫌ってないだけ、まだマシな部類だと思うけどね」

「いやいや、まったく、その通りです。だから僕は栞さんの事が好きですよ」

「ふん。どうだか。あいにく私は君みたいな【能力】は持ってないからね。本当の所は分かりかねるよ」

「あはは。そう言われても困るんですけどね、で、栞さん。そちらの方は」

言って頴娃君がこちらを向く。黒い服と対照的に、その肌はやけに白くえていた。

「ああ、今日は彼の紹介に来たんだ。言わなくても君なら分かってるとは思うが、彼の名前は茉莉君だ」

「嫌だなあ、栞さん。言われなければ分かる訳がないじゃないですか」

「ふん。よく言うよ」

「茉莉さん。どうぞよろしくお願いします」

言って、右手を差し出してくる頴娃君。僕も習って右手を差し出し、しっかりと握手した。

「こちらこそ、よろしくお願いします…………ん?」

何時まで立っても手を離そうとしない。

……何となくだが、千鶴子さん風に言うなら、何かを吸われている感じがした。

失礼かもとは思ったが、あわてて手を振り解いた。

「おっと失礼しました。……茉莉さん。ちょっと驚いてしまって」

「「驚いた?」」

何故か栞と声がハモった。

「ええ。順番が前後して申し訳ないですが、僕の【能力】は人の心を【視る】事なんですよ」

って、いや。何を勝手に。先に説明してくれよ。ん? てことは今のこれも【視られてる】のか?

とか考えていると、まさに見透かしたかのようなタイミングで頴娃君が言った。

「心配しなくても、僕が人の心を【視る】事が出来るのは、その人に触れている時だけですから」

そうなのか。それはよかった……のか?

「それで少し茉莉さんを驚かせてみようと思って。黙っていてすみませんでした」

「いやまあいいけ……いいですけど」

「おや、茉莉君。私とは普通にタメ口なのに、どうして彼に敬語を使うんだい?」

「うん。いや。僕はいままで年下と余り接点がなくて。どう接していいのか正直分からないんだ」

「へえ。ふぅん」

意味深に納得する栞。

「貴方の楽なように話してください。敬語なんて使われるとこっちが困ってしまいますから」

対して頴娃君はやたらと丁寧に話しかけて来る。

だからかもしれない、と思った。余りに丁寧に話しかけてくれるから、こちらもそれに合わせないといけないような気がしたのかもしれない。

「分かった。どうあれ、よろしくね、頴娃君」

「ええ……ただ……」

頴娃君は何かをいいあぐねているようだった。それを助けてなのかどうなのか、栞が僕に聞いてくる。

「君は怖くないのかい?」

「何が?」

「心を【視】られて、さ」

「……別に怖くはないかな。いや、ごめんそれは嘘になる。少しは怖いけど、だからと言って彼を避けようとかは別に思わない」

「…………ふうん。だそうだよ、頴娃君」

「ありがとうございます。そう言って下さると、助かります」


何となく、気まずい感じの空気が流れる。

さすがに空々しかったか? あるいは偽善的すぎたか? 僕の言葉は、ほぼ本心だったのだけれど。

栞が、今までと変わらぬトーンで訊【たず】ねた。おそらくだけど、雰囲気を変えようとかそういう思いは別に無いように思う。

「ところで頴娃君、驚いた事、というのは」

「え、ああ。それはですね。ほとんど【視え】なかったんですよ」

「茉莉君の心が、かい?」

「ええ、はい。こんな事は初めてかもしれません」

その頴娃君の言葉を受けて、栞が、

「千鶴子君の事といい、やはり君も何かしらおかしいらしいな」

と言ったのが、やけに耳に残った。


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