3話 部屋と落とし穴と化石
他の部屋ののドアと、外見上は全く同じなのに、何故かそのドアはギギギという嫌な音を立てながら開いた。
……なるほど。変な人ばかり、か。
部屋を見るなりこの部屋の持ち主が普通ではない事は分かった。
栞みたいな言い草になるけれど、そもそも人は何かしらおかしな部分があるもので、ならばこれもやはり普通の内なのかもしれないが。
部屋の第一印象を一言で表現するなら、ずばり「黒魔術」である。
蝋燭やら魔方陣やら、トカゲやら蜘蛛やら、およそ「図書館」には似つかわしくないものがずらりと並んでいる。
ただ入り口から二十メートル奥に目を向けると、そこは「普通の」図書館なのだった。
「……」
「……どうかしたかい? 茉莉君?」
「……なんだろう、異常過ぎてスルーしそうになったけど、ここって室内だよね?」
「もちろん」
「だとしたら、だとしなくても、いくらなんでも広すぎやしないか?」
「そうだね。……順番が前後してしまうから、気づかなかったら黙っていようかと思ったんだけど……」
「いや気づくよそれは!! 広すぎるし!!」
「そうかい? まあこれは亜空君の【能力】だ、とだけ言っておくよ。詳しい事は彼にあったとき直接聞くといい」
「という事は、この図書館の主はまた別のひとっっ……!!」
最後まで言いきる前に、僕の言葉は途切れた。
前を向いていなかったから、何が起こったのか分からずパニックになりかけた。が、栞が僕の様子を見てもほぼ無反応なのを見て、何故か僕は安心していた。
しかしそれでも右足の下降が止まらないので――片足だけエスカレーターに乗っているような感覚だ――前方を確認する。
ずぶずぶと。
ずぶりずぶりと僕の右足が床に沈んでいく。
否、床にしか見えない部分に。よくよく見てみると水溜りに雨粒が落ちたときのように、僕の足から波紋が広がっていた。
「ぼーっと観察してていいのかい? 言っておいてあげるけど【それ】底無しだよ?」
栞が無表情のままとんでもない事実を告げた。
「いっ!! ええっ!?」
もうちょっと早く言ってくれよ!! 全然抜けないし、むしろ抜こうとあがけばあがくほど、深みに嵌っている感がある……ていうかこれもう手遅れじゃないか!?
「てっ、手伝ってくれ栞!!」
「うん、まあ、さっきのは嘘なんだけどね」
嘘かよ!! 無表情だから分っかんないよ!!
「まあそんな非難がましい目を向けないでくれ。ちゃんとそれは膝の高さで止まるように出来ているよ」
栞の言うとおり、右足の下降はぴったり膝の皿の中心で止まった。どういう仕掛けなんだ?
「ていうか、どうやって抜くの?」
「左足もその沈むエリアの中に入れるんだよ。……いや、そんな目をしなくても、今度は本当だから」
正直半信半疑だったが、セメントで固められたみたいに僕の右足は動かなかったから、なるようになれと左足を気をつけの時のように右足に揃えた。
ゆっくりと左足と同じ高さまで沈んだ後、こんどはエレベーターが上昇するように両足が浮かんで来た。本当にどういう仕掛けなんだ?
くるぶしまで出てきた所で栞に聞いてみる
「一応聞いておくけど、これは図書館の主の製作物?」
「……違うよ。それは鞘香君の【作品】の一つだ」
「【作品】?」
「そう、確か名前は……【微妙に落とし穴】、だったかな」
「……名前は一旦置いておくとして、その子の【能力】がこれを作る事なの?」
「馬鹿だなあ、君は。【作品】の内の一つだって言っただろ? 鞘香君は……まあ、言わばメカニックみたいなもので、色々な物を【作って】いるよ」
馬鹿とか言われても。……まあ栞と口げんかしてもほぼ百%負けそうだから、僕は黙っていた。というかそもそも、教えてもらっている立場もあるし、全然怒っていないのだけれど。それよりも、
「ちょっと心配になって来たんだけど、僕はいつここの主とやらに会えるの?」
「心配しなくてももう特別変な物は……と、一つあったか、文字通り巨大なのが。茉莉君、ちょっと上を見てくれ」
「上?」
言いながら上を見上げると、白色のやたらと大きな物体が天井――厳密には天井が見えない。本当ににどれだけ広いんだこの部屋は――から数十もの紐で吊り下げられていた。
「は? え? な? これ、もしかして、恐竜の――」
「化石だね。ちなみに本物らしい」
「はあ!?」
【此処】に来てから一番驚いたかもしれない。博物館じゃあるまいし、そんなものが飾られているなんて、絶対におかしいと思う。
「安心してくれ。それの持ち主はこの図書館の主、千鶴子君が言う所の支配者である、頴娃君だから」
とは言われたものの、何をどう安心すればいいのか、さっぱりちっとも分からなかった。